大事に育てた畑を奪われたからこの村は見捨てることにした ~今さら許しを乞うても無駄なんだよ~(完)

みかん畑

文字の大きさ
上 下
23 / 118

23 伸ばした手

しおりを挟む
 大司教と話せたのは有意義だったな。

 ただ、王子はプライドが高く気性も荒いので言葉遣いには気をつけるようにとも釘を刺された。
 まあ、敬語くらいは俺も使える。普段は使う価値を見いだせないだけで。

 部屋を出て司祭に尋ねたところ、ミイナは隣接した孤児院にいるということだった。
 億劫だが、用事も終わったので呼びに行くしかない。
 もう遅い時間だしアルコールも入ったので早めに宿へ戻りたいと思った。

 孤児院へ足を運ぶと、小さな子供が十数人程いた。
 そのなかの一人に、ミイナは絵本を読んでやっていた。

 さすがは王都の孤児院だな。
 大司教のお膝元ということもあり、子供達の身なりは整っている。

 ここにいるんでなければ裕福な家庭に生まれ育った子供と勘違いしそうだ。
 ただ、ミイナが見ている子供は眼帯をつけていた。

 病か虐待か、外で孤児だった時代に負った傷か。
 分からないが、もう片方の瞳はどこか空虚だ。

 絵本の読み聞かせも、聞いているのか聞いていないのかイマイチ分からない。
 子供というのはもっとはしゃいだものだと思っていたが、ところ変わればという奴だな。

 俺は邪魔するのも無粋だと思い、読み聞かせが終わるのを待つことにした。

 手持無沙汰に立っていると、男の子が絵本を持ってじっとこちらを窺ってきた。
 他のシスターは手一杯のようで、一人あぶれてしまったらしい。

 いや、そんな目で見られても俺はシスターではない。
 どうしたものかと思っていたが、どうせ暇なので読んでやることにした。

 向こうがいつ終わるか分からないしな。

「読もうか」

 近くにいたシスターに頭を下げられる。
 まあ、別に構わない。

 文字が読み書きできるというだけでも一定の信頼は得られるようで、俺はシスターと子供に紛れて読み聞かせを行った。

 内容は、寂しがり屋のクマが森から追い出されて猟師に撃たれるというような内容だった。どうしてこんなものを読まなきゃならないんだ……。憂鬱に思っていると、男の子が「かわいそう」と呟いた。

 いや、お前がそんな本を持ってこなければ、俺もこんな哀しみを抱えずに済んだんだからな?
 まあ、読み応えはあって思いのほか悪くはなかった。

 反面教師を知ることで、他人に優しくするよう促すのも児童書の役割だろう。
 ハッピーエンドで明るい読み聞かせだけが子供の心を育てるわけではないのかもしれない。

 そんなこんなで時間を潰していたら、ミイナがやってきた。

「すみません、あなたにまで読み聞かせをお願いしてしまって……。男性の方には退屈じゃありませんでしたか? クオンは何度誘っても来てくれなかったのですが」

 またクオンの話か……。
 少しウンザリしつつ答える。

「子供との触れ合いは心を穏やかにしてくれる。時間があればまた来たいな」
「え、本当ですか?」
「いや、こんなことで嘘なんかつかないだろ。迷惑だったらハッキリそう言ってる」

 ここは意外と、まあ楽しかった。
 悪くない場所だった。

「ありがとうございます」
「別に礼を言われることじゃない。ミイナに感謝されることでもない」
「そうですか。でも、ありがとうございます」

 気持ちが悪いので一応断っておいたが、ミイナはなぜか微笑んだ。

 知り合ってから初めて笑ってるところを見たな。
 無垢な笑顔で可愛いと思った。

 孤児院を出て、星空の下を二人で歩く。
 日本の都会と違い、飲み込まれそうな程の星空が見える。

 まるで恋人のような位置を歩いているが、話の内容は子供達のことだった。

「あの眼帯の子供、苦戦してるようだったな。過去に虐待でもされたのか? あまり心を開いてないように見えた」
「……分かるんですね。あの子はシズクです。国境沿いの、隣国ブルームの民でした」
「亡命してきたのか?」
「村の近くの森でスタンピードが起こって、逃げてきたそうです」

 スタンピード。この世界じゃままあることだな。
 突然魔物が大量に増え、群れとなって近隣の村や街に襲い掛かる現象だ。
 結界が張られている村や町なら害はないが、そうでない場所で起こると地獄を見ることになる。

 恐らく増えすぎた魔物が食糧を求めて人間達の領域を冒しているのだが、なぜそんな風に突然増えるのか、理由は分かってない。

「ラムネアとブルームが手を取りあってさえいれば、防げた事態かもしれません」
「その話、あまり公にするものじゃない。この国の上層部を批判しているようにも聞こえる」
「私は構いません。聖女などと呼ばれながら、ただのお飾りでしかないんですから」
「それでも、ミイナが支えになっている子供もいるはずだ。あまり無理をするな」

 聖女と言えど、王族に楯突けば魔女として処分されかねない。
 ミイナは豊かな胸も含めていい女なので、そんな事態に巻き込みたくはないと思った。

「すみません。普段はこんな話、誰にもしないのに」
「それだけシズクのことを真剣に考えているということだろう。元ブルームの民ということで、余計に苦労しているんじゃないか?」
「……そうですね。引き取り手もなかなか現れなくて。このまま誰も引き取らなければ、手に職をつけて孤児院を出てもらうことになります。ですが……」

 それは、見殺しにするようなものだろうな。
 異国の地で心の傷ついた少女がまともに暮らしていけるとは思えない。

 少女のことを思い返す。
 まるで人形のような子供だった。
 これ以上、彼女が傷つくようなことがあっていいのだろうか?

「そういえば、今回の報酬で屋敷を貰うことになるんだが、人手不足でメイドを雇おうと思っているんだ。さすがに王子から下賜された屋敷を放っておくわけにもいかないからな。奴隷にされていた娘達も希望すれば屋敷で働いてもらうなりしようと思っているんだが、一人くらい増えても俺は構わない。屋敷で引き取って、その気があるならいずれメイドとして手に職をつけてもらうのも悪くないんじゃないか? まあ、本人次第にはなるが」
「え?」

 俺の提案が意外だったのか、驚いている。

「あの、どうしてそこまで親身になってくれるんですか? 今日たまたま見かけただけの子供ですよ? 奴隷を引き取った時もそうでしたが……」
「別に、大層な理由はない。たまたま伸ばせる手があったから伸ばした。それだけだ」

 見知った顔の子供が不幸になるところなど、俺は見たくない。
 少しの施しで俺のストレスが減るなら、面倒を見るのも悪くないと思った。

 本当に、それだけの理由だ。

「クオンが負けた理由が、今になって分かった気がします。最初は女性を手籠めにしてる悪い人だと思いましたが、タクマは器が大きいんですね。私の常識なんかじゃ測れないほど」
「いや、よしてくれ。気持ち悪い」
「失礼ですね」

 ニッコリと微笑まれる。
 マジでやめてくれ、本当に心外だ。
 降って湧いたような幸運を雑に分配しているだけだ。

 居心地が悪くて謙遜しただけだが、ミイナは「私だけは分かってますよ」という笑顔を見せるだけだ。

 安易な気持ちで提案したことに後悔した。
 軽く考えて読み聞かせなど行わなければ、こんな居心地の悪い思いをしなくて良かったのに。

 寄り添うような位置にいるミイナと距離を保ちつつ、俺はクオンに彼女を返品したい気持ちになった。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...