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12 水の魔剣

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 サルマンドの水の精霊は酒に目がない女精霊だった。
 俺は樽一杯の酒を荷車に満載し、それを護衛しながら精霊の住むオアシスへ向かった。

 精霊の住処は聖域とされており、冒険者ですらあまり立ち寄らない。

 俺に同行したカナミとネリスも落ち着かない様子だったが、俺のことを知恵者だと思ってる二人は素直についてくる。

「ようやくついたか」

 聖域などと呼ばれているが、ポツンと湖がある以外は何もない場所だ。
 ただ、魔物がいないのでそれだけで聖域感は出ていた。

 これなら現地人が近づかないのも分かる気がするな。
 さて、なけなしの金で買った貢物を湖の前へ運んでいく。

 ゲームでは水の精霊を呼び出す時に何かお祈りをしているモーションがあったので、俺も精霊に祈っているフリをした。

 すると、湖が煌めき、ザバァァと勢いよく水の精霊が現れた。
 それは人間と変わらない大きさをした美しい少女の外見をしていた。
 抱きたいと思うが、さすがに断られると思うので諦める。

 精霊は祈りを捧げる俺達を見たあと、酒の匂いがプンプンしている樽を穴が空く程見つめた。が、すぐに興味もないという風に視線を逸らして俺達へ向き直った。

「貴様達は何者か。ここは精霊の住処。人間は立ち去るが良い」
「水の精霊アクアス様。私は冒険者のタクマと言うものです。本日は水の精霊様にお願いがあり、この聖域を訪ねさせていただきました」
「……ほう。私は欲深き人間が嫌いだ。貢物を置いて早々に立ち去るが良い。そうすれば命は見逃してやろう」

 早い話がさっさと酒盛りをしたいということだろう。
 人間を欲深いなどといいながら、実のところ自分が一番欲深いんだから救い難い。

「実はアクアス様に折り入ってお願いがあるのです。この聖域から程近い遺跡に、奴隷商と結託して悪事を働くダイババという盗賊が潜んでいます。私はこの砂漠から危険を取り除きたいと考えているのですが、私の力ではダイババに敵いません。どうか、精霊様のお力添えを頂けないでしょうか」
「人間の問題は人間で解決するがよい。女を連れて立ち去れ」

 せっかく酒を運んでやったのに、全く働こうとしない奴だな。
 苛ついた俺は運んできた樽の一つに剣を突き刺した。

「な、何をする!」
「水の魔剣を寄こせ。そうしたら週に一度、酒を運ばせるようサルマンドの連中と交渉してやる」
「人間の貴様が精霊に命令をするか!」
「あ? 偉ぶってるだけで人間の役に立たない精霊なんていらないんだよ」

 樽から剣を引き抜く。サルマンドで一番上等な酒が砂漠を濡らしていく。
 アクアスは堪らず「やめよ! 魔剣ならくれてやる!」と言い寄ってきた。

 その気になれば何本だって作れる癖に、無駄に勿体ぶるから話がこじれるんだ。

 このまま言うことを聞かないようなら樽を全て破壊しようと思っていたが、素直に魔剣を寄こしたので俺は許してやることにした。さっそく鑑定を使ってみたところ、戦力値が10もプラスされる魔剣だった。

 今まで粗末な剣を使っていたこともあるだろうが、精霊の造った魔剣の素晴らしさに感嘆する。

「約束の酒は盗賊王を捕えた後に運ばせる」
「……むぅ。頼んだからな」

 これで戦力値は116か。万能感が増した感覚があるな。

「ずいぶんと強引な方法を取りましたね」
「なんか涙目になってたな。あたし、少し同情しちゃうなー」
「あいつが自分勝手なことばかり言うから悪いんだ。それに、アリシアを救うのは早い方がいい」
「ちゃんと考えているんですね」

 全く、どういう意味だよ。

 それはそうと、今のパーティの戦力はこんなところか。

・俺:レベル29、戦力値116(武器で+10)
・カナミ&ネリス:レベル19、戦力値76

 俺の方はダイババを討つ上で申し分ない戦力値を手に入れた。
 戦力値116など、ゲーム時代ならともかく、プレイヤーのいないこの世界ではなかなか見かけない強さだろう。

 カナミとネリスはそれぞれ76で並んいる。
 というか、俺が並ぶようにしたんだ。
 お互い、ライバルがいた方が励みになるだろうからな。

 今ダイババを狙ってる命知らずな冒険者連中が大体60付近でいることを考えると、76という数値がかなり高いことが分かるはずだ。

 この短期間でこれだけ実力を上げたのは、やはりシステムの恩恵が絶大であることを示している。

 正直、かなりチートなんだよな。
 真っ当に訓練してる騎士とかベテランの冒険者の強さをたった数日で追い抜いてるんだから。

 あとは街で魔法を買って覚えさせれば、それなりに使えるようにはなるだろう。
 ただ、王都から離れたサルマンドにどれ程の魔法が売られてるのか。あまり期待はしない方がいいかもしれない。

 目的を果たして街へ戻った俺達は、魔法を購入する為に魔法屋へ向かった。
 すると、老婆が魔法を一本あたり10,000ゴールドで売っていた。
 高いように思うが、それはゲーム時代にプレイヤーが制作した魔法を買っていたからだろう。
 王都と変わらない相場なので、ここで買おうと思う。

 ちなみにこの世界の魔法は初級、中級、上級とレベルが上がっていくんだが、中級を覚える為には初級が必要といった具合に、一気に魔法を覚えることはできない。

 また、レベルを上げる為には熟練度、つまり経験も必要になってくるので、いきなり高度な魔法を求めることもできないようになっていた。

 ひとまず二人には、初級の攻撃魔法『魔弾』と回復魔法の『ヒール』を買って覚えてもらうことにした。

 老婆から魔導書を二冊ずつ受け取る。これを読んで理解することができれば、呪文に対して魔法が発動できるようになる仕組みだ。

 ただ、魔導書は魔法を覚えさせると力を失って灰になるという設定があるので、ちゃんと合計二冊ずつの四冊を買って読ませる必要がある。ケチな話だな。

 俺達は食事と魔導書を買って宿に戻った。が、ここで大きな問題が起こった。
 なんと、カナミは文字が読めなかったのである。

(……嘘だろ!?)

「お恥ずかしいです」
「いや、分からないのも無理はないが……」

 知的な話し方をしているので誤解していた。

「本当に、本当にごめんなさい」

 ついには泣き出してしまう。

「分からないものは覚えればいいんだ。大丈夫だから、泣くな」
「兄さん……」

 そんなに泣くようなことか? と思ったが、優しく慰めておく。
 よほどショックだったんだろうな。本当は魔導書を買う前に自己申告して欲しかったが、まあ魔導書の仕様をよく分かってなかった俺も悪かった。

 既に買ってしまった後だが、老婆の元を訪ねて相談した。
 老婆は呆れつつ、子供向けの魔導書と交換してくれた。
 こちらは図解なので、文字が読めなくても分かるだろうということだった。

 ただ、中級以上になるとこうはいかないらしい。
 カナミには読み書きを教えなければならない。

 しかし、カナミは俺のことを信頼してくれているが、俺の知識を信頼するあまり、妄信しているきらいがある。

 分からないことや疑問に思っていることについては、都度、尋ねてもらわないといけない。

 俺は帰り道にそういう話をした。
 その後、食事を取って早めに休んだ。
 明日は盗賊王のアジトに潜り込み、首尾よく討伐したら明後日には王都へ戻るつもりだ。
 そして、アリシアだけでも連れて村に帰る。

 依頼を達成したら、予定通り村を出よう。
 その後は三人で冒険者をしながらサクセスストーリーを歩みたいと思っている。

 俺の知識があれば危険もなく安全マージンでクエストをこなすことができる。
 戦力値さえ見極めれば、この世界での暮らしもそう難しくない。

 翌日、目を覚ますと俺は探索の支度をした。
 いよいよ盗賊王を討ちに行く日だ。

 俺は街で買った地図を取り出して、二人に遺跡の場所と作戦を伝える。
 作戦の決行は三時間後にしよう。
 念入りに準備をして、宿を後にする。

 当然ながら失敗する気はしなかった。
 全て、俺は知り尽くしているからな。
 水の魔剣を試すのが楽しみだ。
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