短編集

椿森

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自称魔王様の通い妻

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「こちらに、凄腕の弓使いがいると聞いたんだが」

突然現れた、大剣を背負った男といかにも魔道士らしいローブを来た性別不詳の人(フードを目深に被っている)、神官姿の女性。
今、国中、いや世界中で話題に事欠かない勇者一行だった。

「ええと、弓使いですか」
「ああ」

勇者一行の対応をしているのは、この家、ハノーバー子爵家の長男だ。
貧乏ではないが、特別に裕福な訳でもなく、可もなく不可もなくな平凡な貴族家に勇者様御一行が訪れるなど大事件に他ならない。
両親は視察のために領内にはいるが、帰ってくるには一昼夜かかるために嫡男として対応している訳だが、内心冷汗が滝のように流れている。
勇者が来ているということもだが、勇者が求めている弓使いというのが問題だ。

「それで、どこにいるんだ?」

勇者の中ではいること、むしろ一行に同行することも決定事項な気がしていると、長男は思う。
しかし、

「おりません」
「いない?」
「はい、(今は)おりません」

勇者が怪訝そうに、魔道士と神官が顔を見合わせる。

「街では大分噂になっているようだが···」
「申し訳ございませんが···」
「そうか···邪魔したな」
「こちらこそお力添え出来ず、申し訳ございません。ご健闘をお祈りしております」

勇者は鼻を鳴らして、一行を連れて邸を出ていった。
勇者一行ご出ていったことで、邸内の妙な緊張感が緩む。
長男は緊張を解くようにため息を深くつき、ハノーバー子爵家唯一の執事に聞く。

「シュリナはどこに行った」
「···いつもの所かと·····」

2人は再びため息をついた。


***


「エリアス様ー!」

少女が城の外から大声を出している。

「魔王様、また来てますよ」
「エリアスさーまー!」
「私は何も知らん」
「いい加減、お気持ちに答えて差し上げたらどうです?」
「なぜ私が?」
「エリアスさーまー!」
「満更でもないでしよう、あんなに熱烈に求められて」
「黙れ」

エリアスは立ち上がって外へと向かった。
その後ろ姿を見れば、耳が赤いのは一目瞭然だった。


「エリアス様!御機嫌よう」

先程までの元気いっぱいすぎる呼び掛けから一転、少女は淑女らしくスカートをつまみ、礼をとった。

「外から大声を出して呼ぶのはやめろと言っているだろう」
「申し訳ございません···ですが、私はこの城へ1人で入る事が出来ないので···」

叱られた子供のように少女、シュリナ・ハノーバーは項垂れた。
このやり取りはいつもの事で、城の者達は生暖かい目で見守るか、興味なしとばかりに一瞥しただけで我関せずを貫く。

「まあいい、さっさと中へ入れ」
「っありがとうございます!」

よくもまあ続くものだと、エリアスはため息をついた。
シュリナは3日と置かずに度々城へとやってくる。それも始めてから5年は経とうとしている。
城へやって来ては手土産とばかりに初めは街の菓子や装飾品などを持ってきていたが、ここ1、2年ほどは食糧が喜ばれると知って獲物を狩ってくるようになった。

事の発端はなんだったかと、エリアスは思考を巡らす。

「魔の森で助けた事が原因でしょうねえ」

ニヤニヤと笑いながら、男は2人に割って入る。

「ツヴァイトス様。ご機嫌よう」
「シュリナちゃんも懲りないねえ、この朴念仁のどこが良いの?」
「ツヴァイトス、勝手に思考を読むな。話がややこしくなるから話に割って入ってくるな」

ツヴァイトスは至極楽しそうにシュリナの肩を寄せる。エリアスは眉を顰めるが、シュリナはさほど気にした様子もなく、余計に苛立ちが募る。むしろ、瞳を輝かせるばかりだ。

「まあ!1日では語り尽くせない程なのですが、お聞きいただけますの?!ご存知かと思いますが、まずはエリアス様の強さ!言い方は悪くなりますが···この優男のような美丈夫の風貌で山をも砕く力や綿密な魔力操作による美しい魔法をもってして、あらゆる敵をなぎ倒す!格好良過ぎて心臓が痛いくらいにドキドキしますの!」

興奮も最高潮に達しようとばかりに、シュリナは顔を赤らめてニコニコと語る。
その姿やシュリナの語るエリアスの姿にツヴァイトスは肩を震わせている。

「し、シュリナちゃん。エリアスは今はこんな形だけどシュリナちゃんがこわ···」

ツヴァイトスが話終わらないうちに、重い打撃音がした。それと同時に城の壁に穴が開き、ツヴァイトスの姿が消える。

「ツヴァイトス様?まだ最後まで聞いていただいてませんのに···どちらに行ってしまわれたのかしら」

シュリナがキョロキョロと見回しても、その姿は見当たらない。
せっかく聞いてくれたのに、語り尽くせなかったシュリナは消化不良のような気持ちの悪さを感じた。これは是が非でも聞いていただかねば!と決心をしたところで他に意識を持っていかれた。

「えええ、エリアス様?!」

いつの間にか、腰を抱かれて引き寄せられていた。
過去にないくらいに接近し、密着した身体に血液が沸騰したように熱くなる。

「シュリナ、あんな奴は捨て置いて私とお茶をしよう」

手を掬い取られ、指先に口付けをされた。
シュリナは弓を始めてから、淑女らしからぬ硬さの指先を触られた羞恥心と、エリアスに触られた嬉しさとでボンっと音が聴こえるのではないかと言うほどに真っ赤になっていた。

「可愛いな」
「っっっ!」

今までにないくらいに甘い声と笑顔を向けられて、シュリナは腰が砕けた。ついでに言えば、意識も飛びそうだ。

「おっと、力でも抜けたか?」

エリアスはシュリナを軽々と横抱きにして歩き出した。

「も、もう思い残すことはないわ···」

あまりの嬉しさに呟いたシュリナの言葉にエリアスは反応をした。

「それはここに来なくなるという意味か?それは見過ごせないな」

エリアスは獲物を確実に捕獲するための策を思い、魔王らしく笑うのだった。

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