彼女の選んだ未来

椿森

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後編

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 私は、父の侍従の言葉にペンを取り落とした。

「もう一度、言ってみろ」

 声の震えを止められない。

「婚約は解消され、令嬢は誉れを賜られました」

 誉れ、と言えば聞こえは良いが、王太子の婚約者であった令嬢の誉れは毒杯だ。
 しかも、死を確実なものとするため、死亡の確認は毒杯を煽った1日後に行われる。

 つまり、

「王太子殿下!」

 けたたましい音とともに執務室の扉が開かれた。
 入ってきたのは側近の妹だ。最近はマシになってきたというのに、ノックもせず、許可すらなく入室してきたのは焦りもあったからだろう。
 父の侍従はその音源を睨みつけた。

「あ······も、申し訳、ございません」
「よい、お前も聞いたのだろう」

 睨みに萎縮した彼女は、流石に不味いと思ってか下がろうとした。側近もこの部屋にはいるから、さぞかし呆れ返っているだろう。

「次の婚約者につきましては、議会の承認が取れ次第、追って報告がなされるはずですのでお待ちください」

 侍従は言いたい事だけを言って、慇懃に礼をして退室していった。

「殿下、あの······」

 私は彼女の声に返す気力もなく、項垂れた。
 側近は、何も言わない。

「······何故、」

 思わず言葉が漏れ出てしまった。

何故、今日だったのだ。
何故、彼女は死を選んだ。
何故、彼女は何も言ってくれなかった。

 漸く、彼女が忠告してくれていた件の伯爵の処遇の目処がたったというのに。
 あの伯爵は、自身の不正に目をつけた彼女が目障りで暗殺を目論んでいた。だから、苦渋の決断で、彼女との時間を減らした。彼女を危険に晒したくなかった。

「私は申し上げましたよね、殿下」

 そう、側近は言っていた。
 周りの機微に気を配れ、彼女との時間は減らすな、妹に近づきすぎるな、そもそも彼女に話を通せ。と。

「伯爵の件が引き金だったのでしょう」
「···どういうことだ」

 彼女が亡くなったというのに、淡々と、しかし取り繕おうともせずに話す側近に苛立ちが募る。

「どうもこうも。いくら相談があったとはいえ、お前たちは距離が近すぎた。この前の夜会だってそうだ」

 そう、夜会では側近の妹と2度も踊ってしまった。仕方の無い事だったのだ。婚約者でもない女と気付かれずに相談事をするにはダンス中が適していたのだ。

「で、でもあれは仕方なく···」
「仕方がなかろうがなんだろうが、周囲の目からは仲睦まじく見えるものだよ。それに、お前の普段の言動も良くないと散々言ったろう」
「わ、私の何がいけなかったのよ!あの方にお仕えしていただけでしょう?!」

 側近の妹は、私の婚約者を崇拝していたと言っても過言ではなかった。常日頃から、うっとりと彼女を見つめていたほどに。

 しかし、側近は首を横に振った。

「お前は、お前の行動が周囲にどう見られているか理解するべきだった」

 側近の妹は、彼女を崇拝するが故に、彼女の身の回りの世話を好んで焼いていた。もちろん、彼女には彼女の家から連れていた侍女が、

「······侍女でもない令嬢が世話をしていれば命じられたと、」
「そんな!私がお願いしてやらせてもらってたくらいなのに!」
「だから、周りはそう見えなかったんだよ」

 側近の言葉に妹は崩れ落ちた。

「ならば、私も······」
「ええ、妹をこき使う悪女な婚約者に嫌気がさし、妹に癒しを見出した。と思われていたでょうね」

 そんなつもりはなかった、だなんて今更だ。
 今更、周りにあった噂話を彼女が本気にしていただなんて、思いたくもなかった。

 どんなに嘆き悲しんでも、慟哭しようとも、彼女は戻らない。
 彼女の遺した書き置きを見せられて、自死を選ぶことも出来ない。
 彼女は私たちに『輝かしい未来』とやらを託していったが為に。


 
 彼女の選んだ未来に、彼女自身はいなかった。

 そこに、私の明るい未来なんてあるばずもないのに。

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