上 下
2 / 2

後編(ベイク視点)

しおりを挟む
ベイクは近頃ツイていなかった。


仕事では細かなミスが増えたし、そのことで上司に注意される回数も増えた。
上司や先輩社員ならともかく、今日は後輩となった新入社員にまでミスを指摘されてしまった。
ミスした自分が悪いのはわかっているが、後輩に指摘されたことがベイクのプライドをいささか傷つけた。

こういうときは気晴らしに友人達と飲みに行きたい。
だが飲みに行きたくても、誰も誘いに乗ってくれなかった。

学生時代からの友人達は、半年前にベイクがクレアと別れてモモと結婚することを告げてから、徐々に会う機会が減っていった。
距離を取られているのは、ベイクも何となく気づいていた。

会社の同期とはそれほど仲が良くないし、飲みに誘ってくれる先輩も、付き合ってくれる後輩もいない。
社会人サークル等には入っていないし、オンライン上で付き合いのある友人もいない。

己の人望のなさに嫌気がさす。



かといって仕事帰りに1人で飲みに行くのは、何となく寂しかったし『そういうことじゃない』と思った。
ベイクは飲みたいのではなく、誰かに愚痴を聞いて貰いたいのだ。


「はぁ…。だからって、このまま家に帰ってもなぁ…」


家に帰っても誰もいない。
温かい風呂も食事の用意もされていない。

独身時代ならそれは当然のことだったが、ベイクは半年前に結婚している。
結婚しているのにもかかわらず、彼は自宅で1人で過ごしていた。
なぜなら新妻は、2ヶ月前に出産が近いということで実家に帰っていたからだ。



(家にいた頃も、モモが料理を作ってくれたことなんてないけどな…)



モモと正式に籍を入れて同居するようになったものの、彼女は炊事洗濯を行うことがなかった。
つわりが酷いと言われてしまえば、何も言えない。
。彼女の体調不良はベイクのせいなのだ。
モモの体を労り、ベイクは率先して家事を行った。

そんな彼にモモは感謝するどころかケチを付けた。
食事が不味い。部屋の掃除が行き届いていない。夫婦それぞれの洋服は分けて洗濯しろ。
様々な注文を付けていった。
仕事と家事に追われ、ベイクは疲弊していた。


モモが実家に戻った日は、心の底からホッとしたものだ。


最初の内は開放感と独身気分を味わって楽しかった。
その頃は仕事も順調だったように思う。

だが一ヶ月もすぎれば、段々と寂しさが勝ってくる。
独身時代と違い、友人達と遊ぶことがなくなったからだ。
仕事以外で人と話すことなんて、飲食店での注文時くらいだった。



モモに連絡を入れても電話は出ないし、メールの返信は素っ気ない。



――寂しい。
無性に寂しかった。


「――クレアに会いたい…」


思わずそう呟いていた。


(いや、何を考えてるんだ俺は。結婚してるのに元カノに会いたいだなんて…)


最低だ。
軽く両頬を叩き、気持ちを切り替えようとする。
だがクレアの笑顔が頭から離れない。


(クレア…)




その時、電話が鳴った。
吃驚したベイクは、慌てて電話を取る。

相手はモモからだった。


「――はい…えっ、産まれた!? す、すぐ行く」




モモの実家は遠方にある。
電話で上司に有給休暇の申請を願い出ると、列車と夜行バスのチケットを予約し、すぐに家を出た。

連絡を貰った翌々日の朝、ようやく妻の実家に着いた。


産院ではなく実家を訪れたのは、妻が既に退院しているからだ。
移動中に妻から貰ったメールには、先週無事に出産を終え、今日退院した旨が書いてあったのだ。
電話を入れたのも、義実家に帰ってきてからだったようだ。


(産まれたのが先週だなんて…何でもっと早く連絡してくれなかったんだ!)


僅かに憤りを感じるが、それよりも早く我が子に会いたかった。



義母に案内されリビングに通されると、ソファには疲れた顔の妻と、彼女の腕に抱かれた赤子の姿があった。


「モモ!」
「ベイク…。男の子よ…」
「あぁ…よく、よく頑張ったね!」


ソファに駆け寄り妻を労った。
産まれたばかりの小さな命に、自然と目が潤む。


「可愛いな…こんなに小さいんだな…」
「ふふっ。抱っこしてみる?」
「え、良いのかい?」


首が据わってないから気を付けて、と注意を受けながら、恐る恐る小さな体を腕に抱く。
想像よりは重く、しっかりとした存在感があった。

ベイクは感動した。
心の底から言い表せない感情が沸き立つのを感じる。


(この子が…俺の子…)



これからもっと仕事を頑張ろう。
この子が無事に成長していけるよう、守っていかなければ。

――そう決心した矢先。

ぱちり。
赤子が目を開けると、美しいがベイクを捉えた。


「――っ!?」


ベイクは息をのんだ。



エメラルドブルーの無垢な瞳が、ベイクのを見ている。

モモはソファに座ったまま、キッチンに立つ母親と何か話している。
彼女達の瞳の色はだ。

赤子の瞳は、両親のどちらの色でもない。


(…誰の子だ?!)



混乱しながらも、そういえばとベイクは思い出す。
ベイクがモモに手を出してすぐ、彼女は妊娠したことを。

いくら何でも早すぎないか。
絶対違うとは言えないが、本当に、ベイクの子供なのだろうか。


赤子は可愛い。
だが、それは己の子であるからこそだ。

疑いを持ったベイクには、手放しでこの子共を可愛がることが出来そうになかった。


赤子を抱く夫を見て、モモは笑って言う。


「これからよろしくね、パパ」



ベイクはまるで、死刑宣告を受けたような気持ちになった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

今夜、元婚約者の結婚式をぶち壊しに行きます

結城芙由奈 
恋愛
【今夜は元婚約者と友人のめでたい結婚式なので、盛大に祝ってあげましょう】 交際期間5年を経て、半年後にゴールインするはずだった私と彼。それなのに遠距離恋愛になった途端彼は私の友人と浮気をし、友人は妊娠。結果捨てられた私の元へ、図々しくも結婚式の招待状が届けられた。面白い…そんなに私に祝ってもらいたいのなら、盛大に祝ってやろうじゃないの。そして私は結婚式場へと向かった。 ※他サイトでも投稿中 ※苦手な短編ですがお読みいただけると幸いです

王太子に婚約破棄されたら、王に嫁ぐことになった

七瀬ゆゆ
恋愛
王宮で開催されている今宵の夜会は、この国の王太子であるアンデルセン・ヘリカルムと公爵令嬢であるシュワリナ・ルーデンベルグの結婚式の日取りが発表されるはずだった。 「シュワリナ!貴様との婚約を破棄させてもらう!!!」 「ごきげんよう、アンデルセン様。挨拶もなく、急に何のお話でしょう?」 「言葉通りの意味だ。常に傲慢な態度な貴様にはわからぬか?」 どうやら、挨拶もせずに不躾で教養がなってないようですわね。という嫌味は伝わらなかったようだ。傲慢な態度と婚約破棄の意味を理解できないことに、なんの繋がりがあるのかもわからない。 --- シュワリナが王太子に婚約破棄をされ、王様と結婚することになるまでのおはなし。 小説家になろうにも投稿しています。

お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?

朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。 何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!   と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど? 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)

婚約者はうちのメイドに夢中らしい

神々廻
恋愛
ある日突然、私にイケメンでお金持ちで、家柄も良い方から婚約の申込みが来た。 「久しぶり!!!会いたかった、ずっと探してたんだっ」 彼は初恋の元貴族の家のメイドが目的だった。 「ということで、僕は君を愛さない。がしかし、僕の愛する彼女は貴族ではなく、正妻にすることが出来ない。だから、君を正妻にして彼女を愛人という形で愛し合いたい。わかってくれ、それに君にとっても悪い話ではないだろう?」 いや、悪いが!?

婚約者から婚約破棄のお話がありました。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「……私との婚約を破棄されたいと? 急なお話ですわね」女主人公視点の語り口で話は進みます。*世界観や設定はふわっとしてます。*何番煎じ、よくあるざまぁ話で、書きたいとこだけ書きました。*カクヨム様にも投稿しています。*前編と後編で完結。

【完結】あなた、私の代わりに妊娠して、出産して下さい!

春野オカリナ
恋愛
 私は、今、絶賛懐妊中だ。  私の嫁ぎ先は、伯爵家で私は子爵家の出なので、玉の輿だった。  ある日、私は聞いてしまった。義父母と夫が相談しているのを…  「今度、生まれてくる子供が女の子なら、妾を作って、跡取りを生んでもらえばどうだろう」  私は、頭に来た。私だって、好きで女の子ばかり生んでいる訳じゃあないのに、三人の娘達だって、全て夫の子供じゃあないか。  切れた私は、義父母と夫に  「そんなに男の子が欲しいのなら、貴方が妊娠して、子供を産めばいいんだわ」  家中に響き渡る声で、怒鳴った時、  《よし、その願い叶えてやろう》  何処からか、謎の声が聞こえて、翌日、夫が私の代わりに妊娠していた。  

姉を婚約破棄に追い込んだ妹が、破滅を辿るようです。

銀灰
恋愛
可愛い靴に、お気に入りの色だった口紅、紅が綺麗なイヤリングに銀の髪飾り。 望むものは全てその我儘で手に入れてきた令嬢アザレア。 そして今度望んだものは――姉の婚約者。 その強欲で今度も望むものを手にしたアザレアだったが、奪い取った婚約者フロスト伯爵には、予想もしていなかった秘匿の事情があった。 アザレアはその婚約を機に、これまでの人生から一転、奈落のような不幸へ滑落していく――。

処理中です...