上 下
2 / 3

中編

しおりを挟む
母と叔母の会話を聞いてから一週間後。

忙しい父が久しぶりに夕食の席に顔を出した。
親子水入らずでの夕食が始まり、メインディッシュのポークステーキが配膳されると、唐突に父が切り出した。
ギルベルトに縁談があるのだと。


「――私に縁談、ですか?」
「あぁ。ホルン帝国のサラ・スカッシュ侯爵令嬢だ」


ホルン帝国はここから3つ隣の大国だ。
彼の国の皇族や上位貴族とは交流会で何度か会っており、スカッシュ侯爵という名にも覚えがある。
スカッシュ侯爵には娘が2人いて、長女の名前がサラだったはずだ。
しかし――。


「スカッシュ侯爵家のサラ嬢…。彼女は確か、帝国の第二皇子の婚約者のはずでは?」
「うむ。ヘンリー第二皇子の


過去形である。


「…婚約が解消されたのですか?」
「ああ、表向きは円満な解消となっているよ。
 どうやら皇子には他に想う相手がいたため、スカッシュ侯爵令嬢とは婚姻出来ないと、皇帝の生誕を祝う夜会で発表したらしい。
 ――皇帝の許可を得ずに、独断でな…」
「…正気ですか?」


皇帝を祝う夜会で騒動を起こすことは、大変罪深いことだ。
国によっては問答無用で打ち首となる。


ホルン帝国の常識が急に変ったのでなければ、婚約の解消は皇帝の許可が必須である。
皇帝の嫡子であろうとも、勝手に決めては越権行為となるはずだ。

信じがたい話に、ギルベルトだけでなく母も眉をひそめている。


「それで、第二皇子はどうなったのですか?」


生きているのか。罰せられて皇族から除籍されたのか。


「半年間の謹慎だ。その間に更生できれば、除籍されることは無いだろう」

(つまり、半年間で何も変っていなければ、皇族ではなくなるということか…)

「陛下、それでなぜギルベルトにお話が来たのですか? それに解消されたとはいえ、王族と縁がある女性を他国に嫁がせてしまって問題は無いのでしょうか」


母の疑問はもっともだ。

「もともと第二皇子はスカッシュ侯爵家に婿入り予定でな。だから令嬢は最低限の王子妃教育は受けたものの、基本は侯爵領の経営を学んでいたそうだ。帝国の機密事項を知る機会はなかったことから、機密保持の観点では、他国へ嫁ぐことも問題なしと判断されたようだ」
「そうなると、侯爵家の後継者問題が出てくるのではないですか? よく侯爵が許しましたね」
「ギルベルトに話が来たのは、スカッシュ侯爵たっての希望らしい。
 サラ嬢は最低限とは言え王子妃教育は身につけておるし、我が国のマナーについても基礎的なことは学んでいるようだ。
 侯爵家は次女が婿を取って継ぐようでな、後継者の問題もどうにかなると言っておった」


侯爵は娘を蔑ろにした皇子をよく思っておらず、復縁は一切認めないと宣言している。
また息子を諫めることもせず、甘い処分を下した皇帝にも愛想を尽かしようだと噂されている。

非はないとはいえ、サラにはもう国内での良縁が見込めない。
単純に国内には釣り合う身分と年齢の男子が残っていないのだ。
例え国内の貴族令息との縁があったとしても、公衆の面前で辱めを受けた彼女は、今後も笑いものにされるだろう。
ならばいっそのこと、他国へと嫁いだ方がよいとスカッシュ侯爵が判断したようだ。


「そもそもサラ令嬢は、この国と全く縁が無いわけではないのだ。スカッシュ侯爵夫人の従姉妹が、我が国の伯爵家に嫁いでおってな。
 我が国の話を耳にする機会があり、以前から興味を抱いていたらしい。
 ――ギルベルトは侯爵とは面識があるだろう?
 以前お前が大使として帝国を訪れた際、お前の立ち振る舞いに感心したそうだ。
 ギルベルトにはまだ決まった相手がいないことを聞きつけたようで、是非にと頼まれたのだ」
「…サラ嬢の意向はどうなのですか?」


ギルベルトにとって、それはとても重要なことだ。
父親達からの評判が良くても、相手の令嬢に気に入ってもらえず、断られてばかりいたのだ。

今回もまた、娘の意向を無視した父親の勝手な行動かもしれない。


「わからん。それはサラ嬢本人に聞いてみるしかないだろう。」
「はい…」
「二月後に見合いの席を設ける。――もし、ギルベルトが嫌なら断るが」
「いえ、お受けいたします」
「そうか」



ギルベルトに断る理由は無い。
ため、少々憂鬱なだけだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ですか? その前に…そこへ直れ!!

鳥類
恋愛
『アシュレイ…君との婚約を…無かったことに…』 呼び出された先で婚約者のグランディスに告げられた一言。 あれ、タイミングが違いますねぇ? これは…もしかするともしかします…? 婚約破棄する前に、ちょっくらオハナシアイをしたいので、お付き合いいただけますよね? 一度書いてみたかった婚約破棄ネタ。n番煎じすんまそん。 婚約破棄されないために頑張るご令嬢って可愛らしいと思うんですよね。 ※サラッと読めるように余り深く深く掘り下げてませんので、矛盾点がございましてもぬるーく見逃してやってください。 少しでも楽しんでいただけたらありがたいです。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

婚約破棄をされたのだけど…

深月カナメ
恋愛
学園最後のパーティーで婚約破棄をされました。

卒業パーティーで婚約破棄する奴って本当にいるんだ

砂月ちゃん
恋愛
王国立の学園の卒業パーティー。これまた場末の場末、奥まった階段… なんかすっごい隅っこで繰り広げられる、ショボい婚約破棄劇。 なろうにも掲載中です。

『愛が切なくて』- すれ違うほど哀しくて -❧【タイトル変更しました】各話、タイトルただいま変更中~

設樂理沙
恋愛
砂央里と斎藤、こじれてしまった糸(すれ違い)がほどけていく様子を描いています。 元々の題名は『SHE&HE』でした。大幅加筆修正版を『恋に落ちて-Fall in love-』と ドキドキしそうな表題にてup。(*^^)v 初回連載期間  2020.10.31~2020.12.13頃 ◆都合上、[言う、云う]混合しています。うっかりミスではありません。   ご了承ください。 ❧イラストはAI生成画像自作

先を越された婚約破棄

こうやさい
恋愛
 魔法学園の卒業式、王太子は婚約破棄してやろうと壇上に呼び出した令嬢に先に婚約破棄をされた。  その直後、令嬢の姿はかき消えてしまい――。  えーっと婚約破棄なら恋愛で……ってちょっと苦しい気がするこれ。まだ『絶対に叶わない』のほうが恋愛ぽい気が。。。ファンタジー? ミステリーにするには推理に必要な情報の提示が明らかに足りないしそもそも書き方がおかしいし……。カテゴリ保留とかなしとか閲覧者様の投票で決まりますとか出来ればいいのに。。。  『すべてが罰を受けた』はセルフパロディです。本編のイメージ及び設定を著しく損なう可能性があります。ご了承ください。

その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?

荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。 突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。 「あと、三ヶ月だったのに…」 *「小説家になろう」にも掲載しています。

えっ、これってバッドエンドですか!?

黄昏くれの
恋愛
ここはプラッツェン王立学園。 卒業パーティというめでたい日に突然王子による婚約破棄が宣言される。 あれ、なんだかこれ見覚えがあるような。もしかしてオレ、乙女ゲームの攻略対象の一人になってる!? しかし悪役令嬢も後ろで庇われている少女もなんだが様子がおかしくて・・・? よくある転生、婚約破棄モノ、単発です。

処理中です...