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中編
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母と叔母の会話を聞いてから一週間後。
忙しい父が久しぶりに夕食の席に顔を出した。
親子水入らずでの夕食が始まり、メインディッシュのポークステーキが配膳されると、唐突に父が切り出した。
ギルベルトに縁談があるのだと。
「――私に縁談、ですか?」
「あぁ。ホルン帝国のサラ・スカッシュ侯爵令嬢だ」
ホルン帝国はここから3つ隣の大国だ。
彼の国の皇族や上位貴族とは交流会で何度か会っており、スカッシュ侯爵という名にも覚えがある。
スカッシュ侯爵には娘が2人いて、長女の名前がサラだったはずだ。
しかし――。
「スカッシュ侯爵家のサラ嬢…。彼女は確か、帝国の第二皇子の婚約者のはずでは?」
「うむ。ヘンリー第二皇子の婚約者だった」
過去形である。
「…婚約が解消されたのですか?」
「ああ、表向きは円満な解消となっているよ。
どうやら皇子には他に想う相手がいたため、スカッシュ侯爵令嬢とは婚姻出来ないと、皇帝の生誕を祝う夜会で発表したらしい。
――皇帝の許可を得ずに、独断でな…」
「…正気ですか?」
皇帝を祝う夜会で騒動を起こすことは、大変罪深いことだ。
国によっては問答無用で打ち首となる。
ホルン帝国の常識が急に変ったのでなければ、婚約の解消は皇帝の許可が必須である。
皇帝の嫡子であろうとも、勝手に決めては越権行為となるはずだ。
信じがたい話に、ギルベルトだけでなく母も眉をひそめている。
「それで、第二皇子はどうなったのですか?」
生きているのか。罰せられて皇族から除籍されたのか。
「半年間の謹慎だ。その間に更生できれば、除籍されることは無いだろう」
(つまり、半年間で何も変っていなければ、皇族ではなくなるということか…)
「陛下、それでなぜギルベルトにお話が来たのですか? それに解消されたとはいえ、王族と縁がある女性を他国に嫁がせてしまって問題は無いのでしょうか」
母の疑問はもっともだ。
「もともと第二皇子はスカッシュ侯爵家に婿入り予定でな。だから令嬢は最低限の王子妃教育は受けたものの、基本は侯爵領の経営を学んでいたそうだ。帝国の機密事項を知る機会はなかったことから、機密保持の観点では、他国へ嫁ぐことも問題なしと判断されたようだ」
「そうなると、侯爵家の後継者問題が出てくるのではないですか? よく侯爵が許しましたね」
「ギルベルトに話が来たのは、スカッシュ侯爵たっての希望らしい。
サラ嬢は最低限とは言え王子妃教育は身につけておるし、我が国のマナーについても基礎的なことは学んでいるようだ。
侯爵家は次女が婿を取って継ぐようでな、後継者の問題もどうにかなると言っておった」
侯爵は娘を蔑ろにした皇子をよく思っておらず、復縁は一切認めないと宣言している。
また息子を諫めることもせず、甘い処分を下した皇帝にも愛想を尽かしようだと噂されている。
非はないとはいえ、サラにはもう国内での良縁が見込めない。
単純に国内には釣り合う身分と年齢の男子が残っていないのだ。
例え国内の貴族令息との縁があったとしても、公衆の面前で辱めを受けた彼女は、今後も笑いものにされるだろう。
ならばいっそのこと、他国へと嫁いだ方がよいとスカッシュ侯爵が判断したようだ。
「そもそもサラ令嬢は、この国と全く縁が無いわけではないのだ。スカッシュ侯爵夫人の従姉妹が、我が国の伯爵家に嫁いでおってな。
我が国の話を耳にする機会があり、以前から興味を抱いていたらしい。
――ギルベルトは侯爵とは面識があるだろう?
以前お前が大使として帝国を訪れた際、お前の立ち振る舞いに感心したそうだ。
ギルベルトにはまだ決まった相手がいないことを聞きつけたようで、是非にと頼まれたのだ」
「…サラ嬢の意向はどうなのですか?」
ギルベルトにとって、それはとても重要なことだ。
父親達からの評判が良くても、相手の令嬢に気に入ってもらえず、断られてばかりいたのだ。
今回もまた、娘の意向を無視した父親の勝手な行動かもしれない。
「わからん。それはサラ嬢本人に聞いてみるしかないだろう。」
「はい…」
「二月後に見合いの席を設ける。――もし、ギルベルトが嫌なら断るが」
「いえ、お受けいたします」
「そうか」
ギルベルトに断る理由は無い。
断られるかもしれないため、少々憂鬱なだけだ。
忙しい父が久しぶりに夕食の席に顔を出した。
親子水入らずでの夕食が始まり、メインディッシュのポークステーキが配膳されると、唐突に父が切り出した。
ギルベルトに縁談があるのだと。
「――私に縁談、ですか?」
「あぁ。ホルン帝国のサラ・スカッシュ侯爵令嬢だ」
ホルン帝国はここから3つ隣の大国だ。
彼の国の皇族や上位貴族とは交流会で何度か会っており、スカッシュ侯爵という名にも覚えがある。
スカッシュ侯爵には娘が2人いて、長女の名前がサラだったはずだ。
しかし――。
「スカッシュ侯爵家のサラ嬢…。彼女は確か、帝国の第二皇子の婚約者のはずでは?」
「うむ。ヘンリー第二皇子の婚約者だった」
過去形である。
「…婚約が解消されたのですか?」
「ああ、表向きは円満な解消となっているよ。
どうやら皇子には他に想う相手がいたため、スカッシュ侯爵令嬢とは婚姻出来ないと、皇帝の生誕を祝う夜会で発表したらしい。
――皇帝の許可を得ずに、独断でな…」
「…正気ですか?」
皇帝を祝う夜会で騒動を起こすことは、大変罪深いことだ。
国によっては問答無用で打ち首となる。
ホルン帝国の常識が急に変ったのでなければ、婚約の解消は皇帝の許可が必須である。
皇帝の嫡子であろうとも、勝手に決めては越権行為となるはずだ。
信じがたい話に、ギルベルトだけでなく母も眉をひそめている。
「それで、第二皇子はどうなったのですか?」
生きているのか。罰せられて皇族から除籍されたのか。
「半年間の謹慎だ。その間に更生できれば、除籍されることは無いだろう」
(つまり、半年間で何も変っていなければ、皇族ではなくなるということか…)
「陛下、それでなぜギルベルトにお話が来たのですか? それに解消されたとはいえ、王族と縁がある女性を他国に嫁がせてしまって問題は無いのでしょうか」
母の疑問はもっともだ。
「もともと第二皇子はスカッシュ侯爵家に婿入り予定でな。だから令嬢は最低限の王子妃教育は受けたものの、基本は侯爵領の経営を学んでいたそうだ。帝国の機密事項を知る機会はなかったことから、機密保持の観点では、他国へ嫁ぐことも問題なしと判断されたようだ」
「そうなると、侯爵家の後継者問題が出てくるのではないですか? よく侯爵が許しましたね」
「ギルベルトに話が来たのは、スカッシュ侯爵たっての希望らしい。
サラ嬢は最低限とは言え王子妃教育は身につけておるし、我が国のマナーについても基礎的なことは学んでいるようだ。
侯爵家は次女が婿を取って継ぐようでな、後継者の問題もどうにかなると言っておった」
侯爵は娘を蔑ろにした皇子をよく思っておらず、復縁は一切認めないと宣言している。
また息子を諫めることもせず、甘い処分を下した皇帝にも愛想を尽かしようだと噂されている。
非はないとはいえ、サラにはもう国内での良縁が見込めない。
単純に国内には釣り合う身分と年齢の男子が残っていないのだ。
例え国内の貴族令息との縁があったとしても、公衆の面前で辱めを受けた彼女は、今後も笑いものにされるだろう。
ならばいっそのこと、他国へと嫁いだ方がよいとスカッシュ侯爵が判断したようだ。
「そもそもサラ令嬢は、この国と全く縁が無いわけではないのだ。スカッシュ侯爵夫人の従姉妹が、我が国の伯爵家に嫁いでおってな。
我が国の話を耳にする機会があり、以前から興味を抱いていたらしい。
――ギルベルトは侯爵とは面識があるだろう?
以前お前が大使として帝国を訪れた際、お前の立ち振る舞いに感心したそうだ。
ギルベルトにはまだ決まった相手がいないことを聞きつけたようで、是非にと頼まれたのだ」
「…サラ嬢の意向はどうなのですか?」
ギルベルトにとって、それはとても重要なことだ。
父親達からの評判が良くても、相手の令嬢に気に入ってもらえず、断られてばかりいたのだ。
今回もまた、娘の意向を無視した父親の勝手な行動かもしれない。
「わからん。それはサラ嬢本人に聞いてみるしかないだろう。」
「はい…」
「二月後に見合いの席を設ける。――もし、ギルベルトが嫌なら断るが」
「いえ、お受けいたします」
「そうか」
ギルベルトに断る理由は無い。
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