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感謝(最終話)
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事後処理をすべて終えたケビンがホットマグ子爵家を訪れたのは、良く晴れた日の昼過ぎだった。
迎え入れたリリーラは、ケビンが両手いっぱいに抱える箱の数々に驚いた。
「あ、あのケビン様、前は見えていますか?」
「問題ありません」
「えーっと、その箱はいったい…?」
「リリーラ嬢、貴女への贈り物です。――受け取っていただけますでしょうか?」
箱の影から除くケビンの顔は、どこか不安げにしている。
リリーラは使用人達に声をかけ、ケビンの手から大小様々な箱を受け取った。
ケビンに促されて使用人達と共に箱を開けていくと、そこには衣服、文具、茶器など様々なものが入っていた。
どれも値の張るものに違いないが、デザインはリリーラの趣味に合うものだった。
「――こんなにたくさん…ケビン様、ありがとうございます。どれも素敵な物ですわ」
もしこの1年間のことの詫びというなら、こんなに数はいらないのではと思った。
それが顔に出ていたのか、ケビンは先回りして応えた。
「これはこの1年間お渡しできなかった物を、今日まとめて持ってきたに過ぎません。
どうにか貴女の誕生日の贈り物だけは出来たのですが、それ以外は何も…手紙さえもお出しすることが出来ず面目ありません…。
この1年間の行いに対するお詫びの品は、また後日贈らせてください。
――任務のためとはいえ、貴女にはご迷惑をお掛けいたしました…。
本当に、申し訳ありません」
ケビンは深く頭を下げた。
「あ、頭を上げてください!」
国を救った英雄一行の1人が頭を下げる姿を、使用人達に見せてはいけないと思い、リリーラは慌てた――のだが、いつの間にか使用人達は、応接室から姿を消していた。
婚約者とはいえ未婚の男女であるため、ドアは開けてある。
「あの、ケビン様。本当に大丈夫ですから、どうぞ顔を上げてください」
なかなか顔を上げないケビンに、リリーラは少々焦った。
ケビンは90度に近い角度で腰を折っているため、このままだと頭に血が上ってしまう。
「ケビン様、やっと会えたのですから、どうかお顔を見せてください…。私、お茶をいただきながらケビン様のお話を聞きたいですわ」
「――はい」
ケビンはゆっくりと顔を上げた。
そして、彼はリリーラを真っ直ぐに見つめて言った。
「リリーラ嬢、ありがとうございます」
「――え?」
(え、やっぱりあの体勢は辛かったから、早めに顔を上げさせてくれてありがとうってことかしら?)
どう考えてもそんなわけないのだが、やや現実逃避をしかけているリリーラは余計なことを考えた。
幸いなことにケビンはリリーラの思考を読めない。
「この1年間、任務のためとはいえ貴女にはとてもご迷惑をお掛けしました。
私達の噂を耳にし、ご不快に思うことも多かったはずです。
噂を裏付けるかのように、私は貴女にお会いすることも出来ず、手紙の返事を書くことさえ出来ませんでした。
――けれど貴女は私を責めることなく、手紙では相変わらず私を気遣ってくださいました。
それにどれだけ慰められたかわかりません…。
貴女から誕生日にいただいた贈り物も、この手に取ることが出来たのはしばらく経ってからでしたが、貴女の心が籠もっていてとても嬉しかったです」
「――それは、あの日ケビン様がおっしゃったからです。不誠実な行いをすることになるのだと。
ですから私には心構えが出来ましたし、事情があることは理解できました。
職務上、守秘義務があることは理解しているつもりです。
特に騎士として働く貴方には、より厳しい制約があるはず…。もしかしたら、私に伝えた言葉も危ういものだったのではないでしょうか。
だというのに――ここまでご配慮いただいたのに貴方を責めるような行いは出来ませんわ」
(責めることはしないけど、きっと婚活は始めていたかもしれないわね)
あの日ケビンから聞いていなければ、リリーラはさっさと婚活を始めていたと思う。
リリーラの言葉に、それでも、とケビンは言う。
「リリーラ嬢、私を信じてくれてありがとうございます」
ケビンがまぶしい笑顔を見せた。
仕事を放棄しがちな彼の表情筋が、精一杯仕事をした瞬間だった。
(ケビン様のこんな笑顔、初めて見たわ。婚活をしようとしていたし、完全に信じていたわけではないのだけれど…。このことは墓場まで持って行った方がいいわね…)
罪悪感やらで胸中は複雑だったが、リリーラはそっと微笑み返した。
結果として、リリーラ達を除いた4組の婚約者達は3組が破談となった。
1組は両家の事情により破談こそしなかったが、お互いの仲は完全に冷え切っている。
どうやらケビン以外の男性達は、『任務だから』と婚約者に何の――本当に一切の前振りもなしに、急に交流を絶ったのだそうだ。
相手からしたら不信感が募る一方である。
『婚約者なのだから言わなくてもわかる』だなんて、まったくの妄言だ。
リリーラ達だって、リリーラが『婚約者だからケビンを無条件に信じた』わけでは決してない。
リリーラが大人しくしていたのは、偏にケビンの行いによるものだ。
リリーラとケビンが夫婦として初めて参加したパーティにて、捨てられた男性の1人がケビンに「なぜお前だけ!」と咆えた。
英雄一行の中で、ケビンだけが幸福そうであることを妬んだのだ。
リリーラが「こういう時に、普段の行いが物を言うのですわね」と言うと、悔しそうな顔で黙った。
迎え入れたリリーラは、ケビンが両手いっぱいに抱える箱の数々に驚いた。
「あ、あのケビン様、前は見えていますか?」
「問題ありません」
「えーっと、その箱はいったい…?」
「リリーラ嬢、貴女への贈り物です。――受け取っていただけますでしょうか?」
箱の影から除くケビンの顔は、どこか不安げにしている。
リリーラは使用人達に声をかけ、ケビンの手から大小様々な箱を受け取った。
ケビンに促されて使用人達と共に箱を開けていくと、そこには衣服、文具、茶器など様々なものが入っていた。
どれも値の張るものに違いないが、デザインはリリーラの趣味に合うものだった。
「――こんなにたくさん…ケビン様、ありがとうございます。どれも素敵な物ですわ」
もしこの1年間のことの詫びというなら、こんなに数はいらないのではと思った。
それが顔に出ていたのか、ケビンは先回りして応えた。
「これはこの1年間お渡しできなかった物を、今日まとめて持ってきたに過ぎません。
どうにか貴女の誕生日の贈り物だけは出来たのですが、それ以外は何も…手紙さえもお出しすることが出来ず面目ありません…。
この1年間の行いに対するお詫びの品は、また後日贈らせてください。
――任務のためとはいえ、貴女にはご迷惑をお掛けいたしました…。
本当に、申し訳ありません」
ケビンは深く頭を下げた。
「あ、頭を上げてください!」
国を救った英雄一行の1人が頭を下げる姿を、使用人達に見せてはいけないと思い、リリーラは慌てた――のだが、いつの間にか使用人達は、応接室から姿を消していた。
婚約者とはいえ未婚の男女であるため、ドアは開けてある。
「あの、ケビン様。本当に大丈夫ですから、どうぞ顔を上げてください」
なかなか顔を上げないケビンに、リリーラは少々焦った。
ケビンは90度に近い角度で腰を折っているため、このままだと頭に血が上ってしまう。
「ケビン様、やっと会えたのですから、どうかお顔を見せてください…。私、お茶をいただきながらケビン様のお話を聞きたいですわ」
「――はい」
ケビンはゆっくりと顔を上げた。
そして、彼はリリーラを真っ直ぐに見つめて言った。
「リリーラ嬢、ありがとうございます」
「――え?」
(え、やっぱりあの体勢は辛かったから、早めに顔を上げさせてくれてありがとうってことかしら?)
どう考えてもそんなわけないのだが、やや現実逃避をしかけているリリーラは余計なことを考えた。
幸いなことにケビンはリリーラの思考を読めない。
「この1年間、任務のためとはいえ貴女にはとてもご迷惑をお掛けしました。
私達の噂を耳にし、ご不快に思うことも多かったはずです。
噂を裏付けるかのように、私は貴女にお会いすることも出来ず、手紙の返事を書くことさえ出来ませんでした。
――けれど貴女は私を責めることなく、手紙では相変わらず私を気遣ってくださいました。
それにどれだけ慰められたかわかりません…。
貴女から誕生日にいただいた贈り物も、この手に取ることが出来たのはしばらく経ってからでしたが、貴女の心が籠もっていてとても嬉しかったです」
「――それは、あの日ケビン様がおっしゃったからです。不誠実な行いをすることになるのだと。
ですから私には心構えが出来ましたし、事情があることは理解できました。
職務上、守秘義務があることは理解しているつもりです。
特に騎士として働く貴方には、より厳しい制約があるはず…。もしかしたら、私に伝えた言葉も危ういものだったのではないでしょうか。
だというのに――ここまでご配慮いただいたのに貴方を責めるような行いは出来ませんわ」
(責めることはしないけど、きっと婚活は始めていたかもしれないわね)
あの日ケビンから聞いていなければ、リリーラはさっさと婚活を始めていたと思う。
リリーラの言葉に、それでも、とケビンは言う。
「リリーラ嬢、私を信じてくれてありがとうございます」
ケビンがまぶしい笑顔を見せた。
仕事を放棄しがちな彼の表情筋が、精一杯仕事をした瞬間だった。
(ケビン様のこんな笑顔、初めて見たわ。婚活をしようとしていたし、完全に信じていたわけではないのだけれど…。このことは墓場まで持って行った方がいいわね…)
罪悪感やらで胸中は複雑だったが、リリーラはそっと微笑み返した。
結果として、リリーラ達を除いた4組の婚約者達は3組が破談となった。
1組は両家の事情により破談こそしなかったが、お互いの仲は完全に冷え切っている。
どうやらケビン以外の男性達は、『任務だから』と婚約者に何の――本当に一切の前振りもなしに、急に交流を絶ったのだそうだ。
相手からしたら不信感が募る一方である。
『婚約者なのだから言わなくてもわかる』だなんて、まったくの妄言だ。
リリーラ達だって、リリーラが『婚約者だからケビンを無条件に信じた』わけでは決してない。
リリーラが大人しくしていたのは、偏にケビンの行いによるものだ。
リリーラとケビンが夫婦として初めて参加したパーティにて、捨てられた男性の1人がケビンに「なぜお前だけ!」と咆えた。
英雄一行の中で、ケビンだけが幸福そうであることを妬んだのだ。
リリーラが「こういう時に、普段の行いが物を言うのですわね」と言うと、悔しそうな顔で黙った。
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