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巫女が視たもの
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ミミー・ビーンズは今代の巫女である。
彼女は12歳の時、半年後に長雨による土砂崩れで1つの村が滅ぶ未来を視た。
教会に報告した半年後、長雨による土砂崩れが現実の物となったことから、彼女は正式に先読みの巫女として認められた。
村人達は事前に避難させていたため、全員無事である。
彼女はその後、5年の間に自然災害にまつわる未来を2度視ており、すべて的中させている。
無論、報告を受けた国王が事前に対策を取ったことにより、被害は最小限に抑えることができた。
ミミーの予知は、王族や教会の人々にとって信用度が高いものとなった。
現在17歳となったミミーは、普段は王城内にある図書室の司書として勤めている。
司書は、巫女を王城に留めるために用意された役職の1つであった。
王族と国王が許可した者だけが立ち入ることの出来るこの図書室は、通常は2名の管理人が交代で管理することとなっている。
巫女が現れた時のみ、司書が雇われるのだ。
予知した際にすぐに国王へと報告が届くようにするため、先読みの巫女は王城――最低でも王都内に居住することが取り決められている。
また先読みの巫女という希有な能力を持つ存在であっても、次に視るのがいつなのか定かでない以上、王城内に住まわせたとしてもやることがない。
もしかしたらこの先もう二度と、未来を視ることがないかもしれない。
そうなっては、ただの居候である。
例え国の窮地を救った功績があったとしても、民から集めた税金を使って、仕事をしない人間をこの先ずっと養ってやることはできない。
そもそも先読みの巫女は視るだけで、対策を取るか否かは国王の采配による。
巫女の地位は平民よりは当然高いが、王族はもちろん国の中枢を担う貴族と比べてしまえば格段に低かった。
国王はもちろんのこと、よほどのことが無い限り王族と気軽に会って話が出来るような立場にはない。
司書となり王族と近い距離にいても、顔を合わすこと無く生涯を終える巫女がほとんどだ。
――だが、今代の巫女は違った。
「やあ、ミミー。昨日頼んだ本は用意できているかな?」
「リュウ王子!」
図書室にやってきたこの国の第一王子リュウは、カートに乗せた本を一冊ずつ書架に並べているミミーに声をかけた。
ミミーは驚きながらも、彼の訪れを喜んだ。
「はい、もちろんです。こちらにあります」
ミミーは図書室の入り口付近に用意された管理人用の作業スペース――書籍の貸し出し記録や、新しく入荷した書籍の登録を行うための作業場所だ――に向かう。
彼女用に割り当てられた作業机の上には一冊の図鑑が置いてあった。
図鑑を手に取ると、リュウへと差し出す。
「こちらでお間違いないでしょうか?」
「――うん、これだ。ありがとう」
「どういたしまして。また必要なものがあればお声がけください」
「ああ。他にも調べたいことがあるから、しばらく奥の席を借りるよ」
「はい。ごゆっくりお過ごしください」
リュウは図鑑を片手に、閲覧席へと向かっていった。
その後ろ姿をミミーはうっとりと見送り、やがて作業途中だったカートの所に戻った。
本来、第一王子であるリュウと、巫女とはいえ平民のミミーが親しげに会話をすることなど考えられないことだ。
見る人によっては、眉を寄せる行いである。
しかし現在、図書室には本来二人いるはずの管理人の姿がない。一人は非番であり、もう一人は遅い昼休憩を取りに行っているため不在だった。
――もっとも、管理人のどちらかがこの場にいたとしても彼女をとがめることは出来ないだろう。
第一王子が自ら話しかけている以上、図書室の管理人でしかない彼らには、王子を咎めることは出来なかった。
何よりリュウは、わざわざ管理人達が不在となる時間を調べた上で訪問してくるのだから、管理人達にはどうすることも出来ない。
「――あっ!」
ドサッ。
書架に戻すために左手に抱えていた本が一冊、床へと滑り落ちた。
拾おうとして床に手を伸ばした瞬間、彼女の視界が歪んだ。
ガクリと床に手をつく。
しゃがみ込んだ彼女の頭に、ある映像が流れ込んできた。
「うっ――!」
「…ミミー?」
ミミーの異変に、奥にいたリュウが気づいて駆け寄る。
「まさか…何か視たのか!?」
リュウには答えず、ミミーはポケットから録音機を取り出すとスイッチを入れた。
情報量が多い場合、視たことを記憶が鮮明な内に記録するためだ。
彼女は目を瞑り、視たものを一つずつ丁寧に口にした。
「女性――若い女性。藍色の、長い髪をハーフアップにしている。薄紫のレースがあしらわれたドレスを身につけている。
とても綺麗な人。私は会ったことはない人。
花を咥えた鷲の…絵?…暖炉の上に飾られてる…。家紋…。
女の子――15歳くらい? 縄で縛られて、横になってる。…怯えた顔をしている。
若い女性は手に小瓶を持ってる。緑色の液体。女の子に無理矢理飲ませた。
女の子は飲んでしばらくして血を吐いた。動かなくなった…。
女性は笑った。『これで邪魔者は消えた』と言った。
場所が変って…。
ラビ…リンス…?という文字。川の畔にある古い感じのお屋敷。喪服の人。…エマが死んだ、葬儀?
権力争いの…力関係が変った…?」
そこまで口にするとミミーは言葉を切り、やがて録音機を止めた。
彼女は12歳の時、半年後に長雨による土砂崩れで1つの村が滅ぶ未来を視た。
教会に報告した半年後、長雨による土砂崩れが現実の物となったことから、彼女は正式に先読みの巫女として認められた。
村人達は事前に避難させていたため、全員無事である。
彼女はその後、5年の間に自然災害にまつわる未来を2度視ており、すべて的中させている。
無論、報告を受けた国王が事前に対策を取ったことにより、被害は最小限に抑えることができた。
ミミーの予知は、王族や教会の人々にとって信用度が高いものとなった。
現在17歳となったミミーは、普段は王城内にある図書室の司書として勤めている。
司書は、巫女を王城に留めるために用意された役職の1つであった。
王族と国王が許可した者だけが立ち入ることの出来るこの図書室は、通常は2名の管理人が交代で管理することとなっている。
巫女が現れた時のみ、司書が雇われるのだ。
予知した際にすぐに国王へと報告が届くようにするため、先読みの巫女は王城――最低でも王都内に居住することが取り決められている。
また先読みの巫女という希有な能力を持つ存在であっても、次に視るのがいつなのか定かでない以上、王城内に住まわせたとしてもやることがない。
もしかしたらこの先もう二度と、未来を視ることがないかもしれない。
そうなっては、ただの居候である。
例え国の窮地を救った功績があったとしても、民から集めた税金を使って、仕事をしない人間をこの先ずっと養ってやることはできない。
そもそも先読みの巫女は視るだけで、対策を取るか否かは国王の采配による。
巫女の地位は平民よりは当然高いが、王族はもちろん国の中枢を担う貴族と比べてしまえば格段に低かった。
国王はもちろんのこと、よほどのことが無い限り王族と気軽に会って話が出来るような立場にはない。
司書となり王族と近い距離にいても、顔を合わすこと無く生涯を終える巫女がほとんどだ。
――だが、今代の巫女は違った。
「やあ、ミミー。昨日頼んだ本は用意できているかな?」
「リュウ王子!」
図書室にやってきたこの国の第一王子リュウは、カートに乗せた本を一冊ずつ書架に並べているミミーに声をかけた。
ミミーは驚きながらも、彼の訪れを喜んだ。
「はい、もちろんです。こちらにあります」
ミミーは図書室の入り口付近に用意された管理人用の作業スペース――書籍の貸し出し記録や、新しく入荷した書籍の登録を行うための作業場所だ――に向かう。
彼女用に割り当てられた作業机の上には一冊の図鑑が置いてあった。
図鑑を手に取ると、リュウへと差し出す。
「こちらでお間違いないでしょうか?」
「――うん、これだ。ありがとう」
「どういたしまして。また必要なものがあればお声がけください」
「ああ。他にも調べたいことがあるから、しばらく奥の席を借りるよ」
「はい。ごゆっくりお過ごしください」
リュウは図鑑を片手に、閲覧席へと向かっていった。
その後ろ姿をミミーはうっとりと見送り、やがて作業途中だったカートの所に戻った。
本来、第一王子であるリュウと、巫女とはいえ平民のミミーが親しげに会話をすることなど考えられないことだ。
見る人によっては、眉を寄せる行いである。
しかし現在、図書室には本来二人いるはずの管理人の姿がない。一人は非番であり、もう一人は遅い昼休憩を取りに行っているため不在だった。
――もっとも、管理人のどちらかがこの場にいたとしても彼女をとがめることは出来ないだろう。
第一王子が自ら話しかけている以上、図書室の管理人でしかない彼らには、王子を咎めることは出来なかった。
何よりリュウは、わざわざ管理人達が不在となる時間を調べた上で訪問してくるのだから、管理人達にはどうすることも出来ない。
「――あっ!」
ドサッ。
書架に戻すために左手に抱えていた本が一冊、床へと滑り落ちた。
拾おうとして床に手を伸ばした瞬間、彼女の視界が歪んだ。
ガクリと床に手をつく。
しゃがみ込んだ彼女の頭に、ある映像が流れ込んできた。
「うっ――!」
「…ミミー?」
ミミーの異変に、奥にいたリュウが気づいて駆け寄る。
「まさか…何か視たのか!?」
リュウには答えず、ミミーはポケットから録音機を取り出すとスイッチを入れた。
情報量が多い場合、視たことを記憶が鮮明な内に記録するためだ。
彼女は目を瞑り、視たものを一つずつ丁寧に口にした。
「女性――若い女性。藍色の、長い髪をハーフアップにしている。薄紫のレースがあしらわれたドレスを身につけている。
とても綺麗な人。私は会ったことはない人。
花を咥えた鷲の…絵?…暖炉の上に飾られてる…。家紋…。
女の子――15歳くらい? 縄で縛られて、横になってる。…怯えた顔をしている。
若い女性は手に小瓶を持ってる。緑色の液体。女の子に無理矢理飲ませた。
女の子は飲んでしばらくして血を吐いた。動かなくなった…。
女性は笑った。『これで邪魔者は消えた』と言った。
場所が変って…。
ラビ…リンス…?という文字。川の畔にある古い感じのお屋敷。喪服の人。…エマが死んだ、葬儀?
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