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ロベルトの一人飯

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その日のロベルトは、朝から一人で行動していた。

リチャードは今朝早くから町長の畑の収穫作業を手伝いに行っており、帰ってくるのは夕方だ。
町長の畑は広く、収穫した野菜は隣町に出荷している。
そう頻繁にあることではないが、人手が足りない時にはリチャード達に声がかかるのだ。
先日、町長は腰を悪くして重いものを持てない状態になったため、今回は彼らに声がかかった。
ロベルトは自分の畑の世話をしたかったので、収穫作業には参加していない。
リチャードがいれば充分だろう。





家の掃除と畑の水やりを済ませた後、ロベルトは一人で町の食堂を訪れた。
町の中央付近にある大衆食堂は、昼時ということもあり、それなりに賑わっていた。


「いらっしゃいませ!カウンター席にどうぞ」

出来たての料理が載った盆を持つ女給に促されて、ロベルトは空いているカウンター席に座った。
カウンターの向こうは厨房となっており、料理人でもあるこの店の店長がフライパンを振るっている。
炒め物を皿に盛ろうとして、壁に貼られたメニューを見ているロベルトに気づいた。

「おうロベルト、久しぶりだな。今日も肉食ってくんだろ?」
「おん。今日のおすすめは?」
「ほれ」

店長は入り口付近の壁に掛けられたボードに向けて、顎をしゃくってみせる。
ボードには、『本日のオススメ! ポークステーキ』と書かれている。

「――じゃあ、オススメと、ポトフ、あと…肉団子3つくれ」
「はいよ」


(あー…腹減った…)

店内に漂う食欲をそそる匂いに、ロベルトの腹が鳴った。










「お待たせしました。ポトフです」

注文をしてからすぐ、ロベルトの前にはポトフが置かれた。
作り置きしているスープ類は提供が早い。
大きくカットされた野菜がゴロゴロしており、ソーセージが2本入っている。
ロベルトはすぐさま、熱々のソーセージにかぶりついた。

「あっふ…」

熱かった。
はふはふしながら、ソーセージを咀嚼する。


(っくぅ~、うめぇっ!)

口の中に溢れる肉汁が、体中に染み渡るようだった。
きっとロベルトの体は、ずっと前からこの味を欲していたのだろう。
噛む度に口内が喜びに震えているような錯覚をする。

(久しぶりだなソーセージ…。そうだよな。お前はこういう味なんだよな…。あ~、うめぇ…)

ソーセージとの再会に感動していると、肉団子の器を給仕が置いていった。
甘酸っぱい餡がかけられた肉団子が、ロベルトを誘惑する。
ソーセージはまだ一本残っている。

(――くっ…肉団子を食っちまったら、ソーセージの魅力が半減する…。ソーセージだって旨いのに、肉団子と比べたらたいしたことないって思ったら――。いや、でも…)

数秒迷った後、ロベルトはソーセージを1本残したまま肉団子にかぶりついた。

(おふっ…)

涙が出そうであった。
あまりのうまさに、ゆっくりと噛んだ。
食堂以外では滅多に味わえない甘酢餡が、ロベルトの口内で暴れ回る。


(くそ…すまない、ソーセージ…。お前のことは好きだ、でも肉団子の魅力には逆らえない!)


ロベルトの脳内で玉座に着いていたソーセージは、あっという間に肉団子に蹴り落とされてしまった。
一気に食べてしまってはもったいないため、2個目の肉団子はフォークで半分に切り分けてから、口に運ぶ。

肉団子をちびちび食べつつ、ポトフをペロリと平らげた頃、店長がカウンター越しにメインの皿を置いた。


「はいよ。ポークステーキだ」
「おぉ…」


思わず声が出た。
厚めに切られた豚肉に、店長特性のステーキソースがかけられている。
手間やコスト削減のため、付け合わせの野菜はない。

ロベルトはナイフで切り分け、息を吹きかけて冷ましてから口に運んだ。
叫びそうになった。
脳内で意味の無い雄叫びを上げる。
目を瞑りゆっくりと咀嚼した後、最初の一口をようやく飲み込んだロベルトは、泣きそうになった。


(おあぁぁぁっ…うっまぁ~っ!――これ、これだよ!これぞ肉!これを待ってたんだよ!)


ポークステーキは肉団子から玉座を奪い取った。
切り分けた一切れを、大事に噛みしめていく。














(――最後に肉を食ったのって、いつだっけな?)


ポークステーキを半分ほど平らげたところで、前回この食堂に足を運んだときのことを思い出す。
ロベルトが食堂を利用するのは、決まってリチャードが不在の時だ。
前回リチャードが長時間家を空けたのは、かれこれ半年近く前になる。


(今回はずいぶん間が空いたな…)


2、3ヶ月に1回は食堂を利用していたのだが、今回は自分でも気づかぬうちに食堂から足が遠のいていたようだ。

ロベルトは普段、肉を食べていない。
リチャードと囲む食卓には、いつも野菜と卵、ダンの店で買ったパンが並んでいる。
時折誰かに貰った果物や菓子を出すことはあるが、肉が並ぶことはない。
近くに川があるにもかかわらず、魚さえも食卓に並ぶことは無かった。

そうなったのは、同居人であるリチャードが、肉を食べられないからだった。
リチャードは元々、幼少期から肉も魚も好んで食べており、好き嫌いのない少年だった。
だが、あの大戦が明けてからは、肉と魚を一切受け付けなくなってしまったのだ。
たとえ野菜スープだったとしても、出汁に鶏の骨を使っていた場合、吐き出しはしないが気分が悪くなってしまうようだった。
そのため彼は、食材と調理法を知ることの出来ない食堂の利用を避けていた。

卵や乳製品は口に出来るのが、せめてもの救いか。

リチャード自身は『俺が食べられないだけで、目の前で肉を食べてる人がいても気にしないよ』とは言うのだが、わざわざ食べられない人の前で食べる必要は無い。
それに普段料理を担当するロベルトからしたら、わざわざ別のメニューを用意するのは面倒くさかった。

こうして一人になったタイミングで、食堂で思う存分肉を堪能するのが、ロベルトの密かな楽しみとなっている。
店長は最初、数ヶ月に一度店を訪れては肉料理を噛みしめるようにして食べるロベルトを不審に思っていたが、事情を知ってからは彼に提供する料理には少しおまけをつけてくれるようになった。



(…もう食べ終わっちまった…)

ロベルトは空になった皿を寂しそうに見つめる。


「ほらよ」
「――へ?」

厚切りにして焼いたベーコン二切れと、マッシュポテトを載せた皿を店長が差し出した。


「ジョンが作った。味見していけ」

ジョンは料理人見習いの少年だ。
実は彼が作ったのはマッシュポテトだけなので、ベーコンは店長の厚意によるものだ。

「マジかよサンキュー!」



ロベルトはベーコンを嬉しそうに頬張った。


マッシュポテトはリチャードでも食べることが出来そうだったため、持ち帰りが可能なら、彼のために買っていってやろうと思った。

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