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リチャードの平穏な日々

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青い空を雲が流れてゆく。風が心地良い。

(気持ちの良い空だ)

屋根の修理を終えた後、そのまま空を眺めていたリチャードに、地上から声がかかった。

「おーい、リチャード、降りて来いよ。そろそろ飯にしようぜ」
「うん、いま行くー」


梯子を降り家に入ると、食卓の上には野菜のサンドウィッチが2人分あるのが目に入った。
庭で取れた野菜がふんだんに使われている。
キッチンから、スープを入れた木の椀を両手に持った男――ロベルトが現れた。


ロベルトは、リチャードが勇者と啓示を受けた後、最初に訪れた町のギルドでパーティを組んだ盗賊だった。
リチャードより二つ年上の彼は、世間知らずで素直すぎる勇者の世話を焼いてくれた。
勇者が絶望して自暴自棄になった時期も、見捨てずに側にいてくれたのは彼だ。
リチャードの旅を最初から最後まで共にし、最も信頼できるのが彼だった。


「お疲れ。手ぇ、洗って来いよ」
「はーい」

彼に促され、リチャードは素直に手を洗いに洗面台に向かう。

手を洗おうとして、ふと洗面台の鏡を見ると当たり前だが己の姿が映っていた。
手入れをしていない髪の毛があちこち飛びはね、着ているシャツはヨレヨレだ。
髭は毎日剃っているから、かろうじて見苦しくは無い。


(あぁ…あの時と違う顔をしている…)


リチャードは、鏡に映る己の顔をじっと見た。
勇者として戦場を駆け抜けていたときは、鏡などろくに見ることは無かった。それでもふとしたときに鏡――だけでなく水やガラスに映った顔は、悲壮感が漂っていた。
絶望して、疲れ切っており、死んだような目をしていた。

今、洗面台の鏡に映る己の目には、光が宿っている。
戦場を離れてから十年。
顔つきがだいぶ穏やかになった。

時々、悪夢に魘されることはあるが、『もう戦わなくて良い』という開放感が、彼の心を楽にした。
それと、ロベルトの存在が大きい。


(ロベルトがいてくれて良かった…)


まだロベルトと2人旅だったとき、野営の際はお互い交代で見張りをした。
パーティが増えてからは見張りをする時間が短くなり、眠れる時間が増えたが、それまではたった二人しかいないため、苦労したものだ。
常に共にいたせいか、いつしかリチャードは、傍らにロベルトがいなければ眠れなくなっていた。

彼がいないと安心できない。
その癖は戦いが終わってからも抜けることが無かった。

パーティを解散してロベルトと別行動を取りはじめてから、リチャードは不眠症となった。
眠いはずなのに寝台に横になっても眠れない。そればかりか無意識に、"敵がいないかどうか"周囲の気配を探っていた。
リチャードの目の下の隈が色濃くなった頃、たまたま酒場で再会した元パーティメンバーの魔女リリーに相談したところ、ロベルトを呼ぶから待っていろと言われた。
数十分後、ロベルトはリリーの使い魔に連れられて酒場にやってきた。
ロベルトの姿を目にした途端、睡魔が襲いかかり、リチャードは抗えずにその場に倒れた。

二日後に目を覚ますと、真面目な顔をしたリリーから『あんた達、同居しなさい』と言われた。
気心知れた間柄であるし、結婚を決めた相手がいるわけでも無いため、お互いに異論は無かった。
以来、彼らは行動を共にしている。


一緒に暮らすようになってから、ロベルトが隣町まで買い物に出た後、豪雨で帰れずに宿に泊まったことがあった。
連絡は貰っていたので心配はしていなかったのだが、寝台に横になっても一向に眠れなかった。そればかりか無意識に、"敵がいないかどうか"周囲の気配を探っていた。
結局、ロベルトが帰ってくるまで眠ることはできなかった。

リチャードが毎日睡眠を取れるのは、ロベルトのおかげであることは間違いない。




「おいリチャード、何してんだ?」

手を洗いに行ったきりいつまでも戻ってこないため、ロベルトが様子を見に来た。

「あ、ごめん、ちょっとね…」
「ふぅん? まあいいや、早く来いよスープが冷めるぞ」
「はーい」

リチャードは手早く手を洗うと、ロベルトの後を追ってリビングに向かった。
少し遅めの昼食をとり始めてからしばらくして、リチャードはスープを口に運ぶ手を止めた。
目の前で大口を開けてサンドウィッチにかぶりつくロベルトを見つめる。


「なあ、ロベルト」
「ん~?」
「――いつもありがとう」
「…は? なんだよ急に」
「へへっ、なんか、急に言いたくなったんだ」
「ふぅん」
「へへ」

なぜ急に感謝されたのかわからずロベルトは訝しむが、リチャードの幸せそうな顔を見て、まあいいかと食事を再開した。

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