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翻訳家エミリアと異国の婚約破棄
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王都にほど近い町――ブルームタウンで翻訳の仕事をしているエミリアは、最近引き受けた仕事に頭を悩ませていた。
「うーん…本当にこの翻訳でいいのかしら…?」
汚れないようにクリアファイルに入れられた原文と、自らが訳した文章を見比べると、深いため息をついた。
ファイリングされた原文には、遠く離れた東の島国――エンの言葉が使われていた。
エンの言葉は使用されている文字が3種類もあり、自分自身を指す言葉だけでも十種類もある。
文法も自由度が高いため習得の難易度が非常に高く、ブルームタウン近辺の翻訳家の中で訳せるのはエミリアくらいだった。
通常、エンで出版された書籍などは近隣国で訳されてからエミリアのいる国まで入荷されるため、直接訳する必要性がない。
難易度の高さも手伝い、エンの言語に堪能な人間はこの国にはほとんどいない。
エミリアは誰かに相談することも出来なかった。
今回エミリアが受けたのは、手紙の翻訳である。
エミリアの上司からは『知り合いの出版社で異国の特集を組む際に、エンの民が日常で使う言葉のやりとりの一例として取り上げるらしい』と聞いている。
「――本当に、日常で使うのかな…」
タイプライターで打ち出した文字の羅列を目で追い、エミリアはなんとも言えない顔をする。
(他人にこの手紙を読まれてることを、手紙の差出人が知ったらどうなるのかしら…。私なら恥ずかしくて死ねるわ)
-------------- エミリアが訳した手紙の内容 その1 -------------
愛しのショーコへ
君と離れてからいったい何度目の夜が来ただろう。
僕は今日もまた、君を思って眠れない夜を過ごすことになるようだ。
君が隣にいないだけで、こんなにも世界は色を無くしてしまうだなんて、僕は知らなかったよ。
当たり前のように側にいてくれたのに、気づかなかった…。
いつのまにか君は、僕の心を照らす太陽のような存在となっていたのに。
ああ、ショーコ。
君に会いたい。
月のように美しく輝くその髪に触れたいよ。
湖水を思わせるその瞳に、どうか僕を映して欲しい。
艶やかな果実のようなその唇に吸い付きたい。
いっそ食べてしまいたいくらいさ。
ショーコ。
君に会える日その日まで、僕はいつまでも待ち続けるよ。
君の心の守護神ユートより
---------------------------------------------------------------
小っ恥ずかしいポエムだ。
だが、訳したらこうなったのだ。
決してエミリアが手を加えたわけではない。
家にあるエンの辞書を片っ端から集めて調べ尽くしたが、どうしてもこの文章になってしまう。
「どう見てもイタいポエム…。まあ、ラブレターなんだろうけど…あの国だとこれが普通なのかなぁ…?」
エミリアは金銭的な理由によりエンには行ったことがなく、さらにエンの民と会ったことは数回あるが親しい知り合いはいない。
彼女に出来るのは読み書きだけだ。
エンの一般常識には疎い。
私物の参考書籍にはこのポエムのような手紙の例文は載っていないので、差出人のオリジナルか、エミリアが知らないうちに一般常識が変わったのかもしれない。
「まあこれ以上訳せないし、悩んでてもしょうがないか」
翻訳する手紙は全部で10通。
締め切りは近い。
(悩むのは手紙をすべて訳し終えてからにしよう)
次に着手した手紙は、なんてことのない親子のやり取りだった。
遠方にいる息子を気遣う親と、子供からの返信。
エミリアは着々と翻訳作業をこなしていった。
「――うわ、またこの人か…」
6通目の手紙を手に取ると、見覚えのある名前と、癖のある筆跡が目に飛び込んできた。
嫌な予感がする中、文章を訳していく。
予想通りの内容に、エミリアは羞恥心に襲われる。
「うはぁ…これもまた酷いわぁ」
-------------- エミリアが訳した手紙の内容 その2 -------------
月の女神ショーコへ
月光が夜道を照らすように、君の存在はいつも僕の心を照らし導いてくれた。
道を踏み外しそうなときは、正しい道を示してくれる。
そんな君が僕にとって無くてはならない存在だと気づくのに、時間がかかってしまったよ。
愚かな僕を許しておくれ。
――あぁ、なぜ僕は君の手を離してしまったのだろう。
君があんなにも僕のことを底なし沼から引き上げようとしてくれていたのに。
僕のためを思って叱ってくれていたのに、僕は気づきもしなかったんだ。
自ら闇へと足を踏み入れようとしている僕を、君はいつも光へと誘っていたのに。
君はまるで、月の女神だ。
どこまでも優しく、控えめで美しい。
僕と君は二人で1つ。
どちらかが欠けても成り立たない運命なんだ。
僕には君が必要だ。
ショーコ。月の女神よ。
新月となり、姿を隠してしまった愛しき人よ。
もう一度姿を現しておくれ。
太陽神ユートより
---------------------------------------------------------------
守護神から太陽神へと進化したか。
「何というか…。これ、本気で書いてるのかな? だとしたら相当イタい人よね…」
赤ペンで添削してやりたいくらいだ。
エン国ではこれが素晴らしいものなのかも知れないが、少なくともエミリアと知人達の間では間違いなく『酷いポエム』という扱いになるだろう。
守秘義務のある仕事ではなく、完全なプライベートで見つけた手紙だったら、エミリアは友人達に言いふらしていただろう。
小っ恥ずかしいポエムを見つけたぞと。
エミリアはもうこれ以上この文章を見ていられないと、原稿をそっとファイルに収めた。
気を取り直して次の手紙に取りかかった。
「あら、これは…?」
7通目の手紙は、これまでのものと違って上質な便箋が使用されている。
筆跡も美しい。
言葉は短いのですぐに翻訳することが出来た。
-------------- エミリアが訳した手紙の内容 その3 ------------
ドーリンジ・ユート様へ
貴方のお望み通り、私たちの婚約は正式に破棄されております。
我が一族は今後一切、ドーリンジ家と関わることはありませんので、ご安心ください。
もちろん、ユート様ともお会いすることはないでしょう。
婚約者を公衆の面前で貶めるほどに、愛する人がいらっしゃったのでしょう?
どうぞ、貴方の運命のお相手と末永くお幸せに。
シガラサワ・ショーコより
---------------------------------------------------------------
ユートとショーコは、先ほどから何度も目にしている名前だ。
「ドーリンジとシガラサワ…なんだか見たことがあるような…」
見覚えのある家名だ。
この国の家名ではないが、いったいどこで見たのか。
部屋の中をぐるりと見回すと、あるものに目を留めた。
「あっ、もしかして!」
エミリアは仕事部屋の隅に積んでおいた古新聞を漁る。
「――あった!」
2ヶ月前の新聞の一面に、目当てのものが書いてあった。
エンで老舗の食器販売会社の御曹司が、紅茶専門店のご令嬢と婚約破棄をしたと言う記事だ。
なぜ交流もない異国の婚約破棄が新聞に載っているのかというと、国を跨いで伝えられるほどの珍事だったためだ。
『こりゃ傑作!御曹司の愚かな婚約破棄騒動!?』
いつもとは違ったテイストの見出しが躍っている。
紙面には、ドーリンジ・ユート氏が、幼い頃からの婚約者を公衆の面前で貶めた旨が記載されていた。
国内の大手企業が集まるパーティの場で、10歳からの婚約者であるシガラサワ家の才女に対して『女のくせに』『偉そうに指図をするな』『心が醜い』『私の愛する彼女を虐めた』等々、良識があればとても口に出来ないような暴言を吐いたのだという。
よくよく話を聞いてみると、ユート氏は婚約者がいながら浮気をしていたことが発覚。
また、ドーリンジ家の経営する会社は以前から経営難に陥っており、婚約によりシガラサワ家から援助を受けていたことを、ユート氏は理解していなかったようだ。
元々ユート氏の評判は悪く、シガラサワ家にとっては縁を切る良い機会だったのだろう、その場で婚約の破棄を了承したそうだ。
当然、会社への援助もその場で打ち切りとなった。
翌日にはドーリンジ社の取引が一斉に中止され、社員達が次々に自主退社していく事態に見舞われる。
ユート氏は自業自得であるにもかかわらず、シガラサワ家の陰謀だと訴え、裁判で戦う姿勢を見せている。
新聞にはこの騒動の続報は入っていないので、最終的にどうなったのかエミリアにはわからなかった。
もしかしたら、まだ争っている最中なのかもしれない。
「えー…もしかしてこの手紙、このやらかし御曹司からの復縁要請だったりする?」
エミリアはファイルに入れられたユート氏の手紙をつまみ上げる。
ふと、便箋の消印が目に入った。
日付は騒動が掲載された新聞の、ちょうど2週間後だ。
御曹司は己の引き起こした事態の深刻さを知り、どうにもならないことに気づいたのだろう。
元婚約者とよりを戻せば、すべて丸く収まると思ったのかもしれない。
「…この手紙で復縁できると思ったのかしら?」
現場に居合わせたわけじゃないので、エミリアには新聞の内容が真実かはわからない。
だが手紙からにじみ出るイタさと、令嬢からの返信の素っ気なさを見る限り、間違いなく御曹司が悪いのだろうと思った。
すべての手紙を訳し終えると、エミリアは所属する会社に赴き、原稿を編集長に提出した。
次に彼女に依頼したい仕事もあったようで、そのままミーティングスペースで打ち合わせを行うこととなった。
打ち合わせの前に軽く原稿のチェックを行ったのだが、編集長は余りにも強烈なポエムに終始笑いをこらえた様な顔をしていた。
「…エミリア、お前、勝手に素敵なポエムにしてないだろうな?」
「しませんよ。仮にするとしても、ここまで酷いものにはしませんて」
「だよな…」
イテェなコイツ、と編集長はぼそっと呟いた。
原稿は問題ないとされ、ユート氏によるぶっとんだポエムは失礼な手紙の例文として、正式に書籍に残されてしまった。
ご丁寧に、エン国で起きた婚約破棄騒動の説明付きで。
書籍はこの国の教育機関に無料配布され、学生達の目にさらされることとなった。
さらに、どういうわけか、美容室や病院、駅など至る所の待合スペースにこの本が置かれ、誰でも自由に閲覧出来る状態となっていた。
エン国での騒動は、国民のすべてが知るところとなってしまった。
遠く離れているため、ユート氏がこの国に来ることはないだろうが、仮に来たとしても己の醜聞が知れ渡っている以上、長居は出来ないだろう。
駅の待合室で本を読んで泣いた旅行者がいたらしいのだが、きっと笑いすぎて涙が出たに違いない。
この手紙がエミリアのもとにやってきたのはシガラサワ家に縁のある者による行いだったが、そのことはエミリアも編集長さえも知らなかったし、知る必要の無いことだ。
エミリアは今日も翻訳作業を続けている。
「うーん…本当にこの翻訳でいいのかしら…?」
汚れないようにクリアファイルに入れられた原文と、自らが訳した文章を見比べると、深いため息をついた。
ファイリングされた原文には、遠く離れた東の島国――エンの言葉が使われていた。
エンの言葉は使用されている文字が3種類もあり、自分自身を指す言葉だけでも十種類もある。
文法も自由度が高いため習得の難易度が非常に高く、ブルームタウン近辺の翻訳家の中で訳せるのはエミリアくらいだった。
通常、エンで出版された書籍などは近隣国で訳されてからエミリアのいる国まで入荷されるため、直接訳する必要性がない。
難易度の高さも手伝い、エンの言語に堪能な人間はこの国にはほとんどいない。
エミリアは誰かに相談することも出来なかった。
今回エミリアが受けたのは、手紙の翻訳である。
エミリアの上司からは『知り合いの出版社で異国の特集を組む際に、エンの民が日常で使う言葉のやりとりの一例として取り上げるらしい』と聞いている。
「――本当に、日常で使うのかな…」
タイプライターで打ち出した文字の羅列を目で追い、エミリアはなんとも言えない顔をする。
(他人にこの手紙を読まれてることを、手紙の差出人が知ったらどうなるのかしら…。私なら恥ずかしくて死ねるわ)
-------------- エミリアが訳した手紙の内容 その1 -------------
愛しのショーコへ
君と離れてからいったい何度目の夜が来ただろう。
僕は今日もまた、君を思って眠れない夜を過ごすことになるようだ。
君が隣にいないだけで、こんなにも世界は色を無くしてしまうだなんて、僕は知らなかったよ。
当たり前のように側にいてくれたのに、気づかなかった…。
いつのまにか君は、僕の心を照らす太陽のような存在となっていたのに。
ああ、ショーコ。
君に会いたい。
月のように美しく輝くその髪に触れたいよ。
湖水を思わせるその瞳に、どうか僕を映して欲しい。
艶やかな果実のようなその唇に吸い付きたい。
いっそ食べてしまいたいくらいさ。
ショーコ。
君に会える日その日まで、僕はいつまでも待ち続けるよ。
君の心の守護神ユートより
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小っ恥ずかしいポエムだ。
だが、訳したらこうなったのだ。
決してエミリアが手を加えたわけではない。
家にあるエンの辞書を片っ端から集めて調べ尽くしたが、どうしてもこの文章になってしまう。
「どう見てもイタいポエム…。まあ、ラブレターなんだろうけど…あの国だとこれが普通なのかなぁ…?」
エミリアは金銭的な理由によりエンには行ったことがなく、さらにエンの民と会ったことは数回あるが親しい知り合いはいない。
彼女に出来るのは読み書きだけだ。
エンの一般常識には疎い。
私物の参考書籍にはこのポエムのような手紙の例文は載っていないので、差出人のオリジナルか、エミリアが知らないうちに一般常識が変わったのかもしれない。
「まあこれ以上訳せないし、悩んでてもしょうがないか」
翻訳する手紙は全部で10通。
締め切りは近い。
(悩むのは手紙をすべて訳し終えてからにしよう)
次に着手した手紙は、なんてことのない親子のやり取りだった。
遠方にいる息子を気遣う親と、子供からの返信。
エミリアは着々と翻訳作業をこなしていった。
「――うわ、またこの人か…」
6通目の手紙を手に取ると、見覚えのある名前と、癖のある筆跡が目に飛び込んできた。
嫌な予感がする中、文章を訳していく。
予想通りの内容に、エミリアは羞恥心に襲われる。
「うはぁ…これもまた酷いわぁ」
-------------- エミリアが訳した手紙の内容 その2 -------------
月の女神ショーコへ
月光が夜道を照らすように、君の存在はいつも僕の心を照らし導いてくれた。
道を踏み外しそうなときは、正しい道を示してくれる。
そんな君が僕にとって無くてはならない存在だと気づくのに、時間がかかってしまったよ。
愚かな僕を許しておくれ。
――あぁ、なぜ僕は君の手を離してしまったのだろう。
君があんなにも僕のことを底なし沼から引き上げようとしてくれていたのに。
僕のためを思って叱ってくれていたのに、僕は気づきもしなかったんだ。
自ら闇へと足を踏み入れようとしている僕を、君はいつも光へと誘っていたのに。
君はまるで、月の女神だ。
どこまでも優しく、控えめで美しい。
僕と君は二人で1つ。
どちらかが欠けても成り立たない運命なんだ。
僕には君が必要だ。
ショーコ。月の女神よ。
新月となり、姿を隠してしまった愛しき人よ。
もう一度姿を現しておくれ。
太陽神ユートより
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守護神から太陽神へと進化したか。
「何というか…。これ、本気で書いてるのかな? だとしたら相当イタい人よね…」
赤ペンで添削してやりたいくらいだ。
エン国ではこれが素晴らしいものなのかも知れないが、少なくともエミリアと知人達の間では間違いなく『酷いポエム』という扱いになるだろう。
守秘義務のある仕事ではなく、完全なプライベートで見つけた手紙だったら、エミリアは友人達に言いふらしていただろう。
小っ恥ずかしいポエムを見つけたぞと。
エミリアはもうこれ以上この文章を見ていられないと、原稿をそっとファイルに収めた。
気を取り直して次の手紙に取りかかった。
「あら、これは…?」
7通目の手紙は、これまでのものと違って上質な便箋が使用されている。
筆跡も美しい。
言葉は短いのですぐに翻訳することが出来た。
-------------- エミリアが訳した手紙の内容 その3 ------------
ドーリンジ・ユート様へ
貴方のお望み通り、私たちの婚約は正式に破棄されております。
我が一族は今後一切、ドーリンジ家と関わることはありませんので、ご安心ください。
もちろん、ユート様ともお会いすることはないでしょう。
婚約者を公衆の面前で貶めるほどに、愛する人がいらっしゃったのでしょう?
どうぞ、貴方の運命のお相手と末永くお幸せに。
シガラサワ・ショーコより
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ユートとショーコは、先ほどから何度も目にしている名前だ。
「ドーリンジとシガラサワ…なんだか見たことがあるような…」
見覚えのある家名だ。
この国の家名ではないが、いったいどこで見たのか。
部屋の中をぐるりと見回すと、あるものに目を留めた。
「あっ、もしかして!」
エミリアは仕事部屋の隅に積んでおいた古新聞を漁る。
「――あった!」
2ヶ月前の新聞の一面に、目当てのものが書いてあった。
エンで老舗の食器販売会社の御曹司が、紅茶専門店のご令嬢と婚約破棄をしたと言う記事だ。
なぜ交流もない異国の婚約破棄が新聞に載っているのかというと、国を跨いで伝えられるほどの珍事だったためだ。
『こりゃ傑作!御曹司の愚かな婚約破棄騒動!?』
いつもとは違ったテイストの見出しが躍っている。
紙面には、ドーリンジ・ユート氏が、幼い頃からの婚約者を公衆の面前で貶めた旨が記載されていた。
国内の大手企業が集まるパーティの場で、10歳からの婚約者であるシガラサワ家の才女に対して『女のくせに』『偉そうに指図をするな』『心が醜い』『私の愛する彼女を虐めた』等々、良識があればとても口に出来ないような暴言を吐いたのだという。
よくよく話を聞いてみると、ユート氏は婚約者がいながら浮気をしていたことが発覚。
また、ドーリンジ家の経営する会社は以前から経営難に陥っており、婚約によりシガラサワ家から援助を受けていたことを、ユート氏は理解していなかったようだ。
元々ユート氏の評判は悪く、シガラサワ家にとっては縁を切る良い機会だったのだろう、その場で婚約の破棄を了承したそうだ。
当然、会社への援助もその場で打ち切りとなった。
翌日にはドーリンジ社の取引が一斉に中止され、社員達が次々に自主退社していく事態に見舞われる。
ユート氏は自業自得であるにもかかわらず、シガラサワ家の陰謀だと訴え、裁判で戦う姿勢を見せている。
新聞にはこの騒動の続報は入っていないので、最終的にどうなったのかエミリアにはわからなかった。
もしかしたら、まだ争っている最中なのかもしれない。
「えー…もしかしてこの手紙、このやらかし御曹司からの復縁要請だったりする?」
エミリアはファイルに入れられたユート氏の手紙をつまみ上げる。
ふと、便箋の消印が目に入った。
日付は騒動が掲載された新聞の、ちょうど2週間後だ。
御曹司は己の引き起こした事態の深刻さを知り、どうにもならないことに気づいたのだろう。
元婚約者とよりを戻せば、すべて丸く収まると思ったのかもしれない。
「…この手紙で復縁できると思ったのかしら?」
現場に居合わせたわけじゃないので、エミリアには新聞の内容が真実かはわからない。
だが手紙からにじみ出るイタさと、令嬢からの返信の素っ気なさを見る限り、間違いなく御曹司が悪いのだろうと思った。
すべての手紙を訳し終えると、エミリアは所属する会社に赴き、原稿を編集長に提出した。
次に彼女に依頼したい仕事もあったようで、そのままミーティングスペースで打ち合わせを行うこととなった。
打ち合わせの前に軽く原稿のチェックを行ったのだが、編集長は余りにも強烈なポエムに終始笑いをこらえた様な顔をしていた。
「…エミリア、お前、勝手に素敵なポエムにしてないだろうな?」
「しませんよ。仮にするとしても、ここまで酷いものにはしませんて」
「だよな…」
イテェなコイツ、と編集長はぼそっと呟いた。
原稿は問題ないとされ、ユート氏によるぶっとんだポエムは失礼な手紙の例文として、正式に書籍に残されてしまった。
ご丁寧に、エン国で起きた婚約破棄騒動の説明付きで。
書籍はこの国の教育機関に無料配布され、学生達の目にさらされることとなった。
さらに、どういうわけか、美容室や病院、駅など至る所の待合スペースにこの本が置かれ、誰でも自由に閲覧出来る状態となっていた。
エン国での騒動は、国民のすべてが知るところとなってしまった。
遠く離れているため、ユート氏がこの国に来ることはないだろうが、仮に来たとしても己の醜聞が知れ渡っている以上、長居は出来ないだろう。
駅の待合室で本を読んで泣いた旅行者がいたらしいのだが、きっと笑いすぎて涙が出たに違いない。
この手紙がエミリアのもとにやってきたのはシガラサワ家に縁のある者による行いだったが、そのことはエミリアも編集長さえも知らなかったし、知る必要の無いことだ。
エミリアは今日も翻訳作業を続けている。
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