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綺麗になった部屋
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埃が取り除かれてさっぱりとした室内。
新しいマットレスの上には真新しいシーツが掛けられ、新しい枕と枕カバー、ブランケットが置かれている。
予備の着替えとシーツは綺麗にしたクローゼットに仕舞われている。
アッシュが椅子と共に部屋に戻されたのは、夕方になってからだ。
窓から入る風は既に冷たい。
部屋の窓を閉めると、リンリーはアッシュに言った。
「アッシュ様、大変お待たせしました。私は掃除の後片付けをして参ります。どうぞおくつろぎください」
「…」
アッシュはキョロキョロと綺麗になった部屋を見回していたが、リンリーが折りたたんだ汚いマットレスと布の塊を手に部屋を出る様子を、じっと見ていた。
やがてリンリーの手でドアが閉められ、室内に一人きりになると、そっとベッドに腰を下ろした。
シーツはさらさらで気持ちいい。
枕もなんだか良い匂いがする。
ぐぅ、とアッシュの腹が鳴ったが、アッシュは腹を押さえてぎゅっと目を閉じた。
重たいゴミを抱えて、リンリーは敷地内の片隅にある焼却炉に向かった。
燃えるゴミはすべてここで処分をする決まりになっている。
リンリーが到着したとき、焼却炉では初老の男がゴミを燃やしていた。
焼却炉担当の使用人である。
彼にゴミの処分を頼むと、リンリーは使用人棟へと戻った。
トイレの手洗い場で、石鹸でよく手を洗い汚れを落とした。ついでに顔も洗う。
本当は風呂に入って全身の汚れを落としたかったのだが、まだ最後の仕事が残っている。
アッシュの食事の配膳だ。
すっかり忘れていたのだが、リンリーは昼食の配膳を行っていなかった。
掃除するのに夢中で、己の分もだが彼の食事など気づきもしなかったのだ。
(やっちゃった…。よりによって食事抜きにしてしまうなんて…使用人として失格だわ。こんなの減給ものよ…)
たとえ相手がアッシュであろうと、仕事を疎かにすることは許されない。
リンリーはざっと全身を手で払って埃を払い落としてから、厨房へと向かった。
厨房に入って、手近なところにいた料理人見習の青年に声を掛けた。
「すみません、アッシュ様のお食事を取りに来たのですがどちらにありますか?」
「は?」
声を掛けられた青年は、驚いた顔をした。
「アッシュ様って…あれだろ? あの…なんか、2番目の嫌なヤツ」
「…嫌なヤツかは主観によるのでなんとも言えませんが、2番目というのが伯爵家の第二子のことを言っているのであれば、その通りです」
「だよな…。――先輩、ちょっといいですか」
「ん?」
料理人見習いは、籠を抱えて食料庫から戻ってきた男に声を掛けた。
「どうした?」
「なんか、この人があの2番目のヤツの食事はどこかって聞いてきて…」
「伯爵家第二子のアッシュ様のお食事を取りに来ました」
リンリーは料理人見習いの言葉を補足するように言った。
先輩料理人は眉をひそめる。
「アッシュ様のお食事ぃ? そんなもん作ってないぞ」
「えっ?」
「そうですよね。俺も伯爵家の4人のお食事以外は、使用人用の大皿料理くらいしか作られているのを見たことないですもん」
「そんな…」
セオに聞きたくても、彼女は休憩時間中のようで厨房に姿がない。
最低限の食事の配膳と言っていたので、持って行く食事そのものは用意されているのだと思っていた。
(困ったわ…。このままじゃあ職務放棄になってしまう)
「というか、持って行く必要あるの?」
「え?」
「だって、2番目のアレだろ? ビビアナ様に悪影響になるだけの存在なんだし。食事なんて与える必要あるわけ?」
料理人見習いが酷いことを言うが、リンリーも先輩料理人も彼を咎めようとしなかった。
「まあ、アレのために料理を作ってやろうとは思えないよな」
「ですよね?」
「…食事を与えてはならないと、伯爵様からご命令があったのでしょうか」
「は?」
料理人2人は、リンリーを見る。
「旦那様――もしくは執事長、料理長などから、食事を与えてはならないとの指示がありましたか?」
「…いや…」
「それは…ない、かな…」
料理人は思い返してみるが、誰かに命じられたことはない。
どちらかというと、自主的に食事を作ろうとしなかった。
『作れ』とも言われていないが…。
「旦那様から飢え死にさせろと言うご命令がないのであれば、食事は用意して頂きたいのです」
「…何で俺らが…」
「私は本日付でアッシュ様の侍女となりました。飢え死にさせたら、私はクビになります。私は働いてお給料を貰わなければならないので、クビになったら困ります!」
「お、おう…そうか…」
「ですので、朝昼晩のアッシュ様の食事を用意して頂きたいのです」
「…伯爵家用の食事はさすがに無理だな。すぐに用意できるのは、パンとスープくらいしかねぇが…」
「はい、それで問題ないと思います。アッシュ様用の食事が用意されていれば、私としては問題ありません」
「――じゃあ、使用人の皆が食べるのと同じ物を用意しておけば良いんじゃないか? 伯爵家用の料理って手間暇かかってるし、そもそもアイツの分は仕入れてないはずだし」
「まあそれだったら…。朝昼晩、ここに賄い料理を用意しておけばいいか?」
「はい。1人前をトレーに乗せておいて頂ければ、後は私が配膳いたしますので」
「そうかい、わかったよ」
料理人達と話がついて、リンリーはトレイに1人前の食事――パン2切れと野菜スープ、鶏肉の欠片が入ったトマト煮込み――を乗せて、厨房を後にした。
新しいマットレスの上には真新しいシーツが掛けられ、新しい枕と枕カバー、ブランケットが置かれている。
予備の着替えとシーツは綺麗にしたクローゼットに仕舞われている。
アッシュが椅子と共に部屋に戻されたのは、夕方になってからだ。
窓から入る風は既に冷たい。
部屋の窓を閉めると、リンリーはアッシュに言った。
「アッシュ様、大変お待たせしました。私は掃除の後片付けをして参ります。どうぞおくつろぎください」
「…」
アッシュはキョロキョロと綺麗になった部屋を見回していたが、リンリーが折りたたんだ汚いマットレスと布の塊を手に部屋を出る様子を、じっと見ていた。
やがてリンリーの手でドアが閉められ、室内に一人きりになると、そっとベッドに腰を下ろした。
シーツはさらさらで気持ちいい。
枕もなんだか良い匂いがする。
ぐぅ、とアッシュの腹が鳴ったが、アッシュは腹を押さえてぎゅっと目を閉じた。
重たいゴミを抱えて、リンリーは敷地内の片隅にある焼却炉に向かった。
燃えるゴミはすべてここで処分をする決まりになっている。
リンリーが到着したとき、焼却炉では初老の男がゴミを燃やしていた。
焼却炉担当の使用人である。
彼にゴミの処分を頼むと、リンリーは使用人棟へと戻った。
トイレの手洗い場で、石鹸でよく手を洗い汚れを落とした。ついでに顔も洗う。
本当は風呂に入って全身の汚れを落としたかったのだが、まだ最後の仕事が残っている。
アッシュの食事の配膳だ。
すっかり忘れていたのだが、リンリーは昼食の配膳を行っていなかった。
掃除するのに夢中で、己の分もだが彼の食事など気づきもしなかったのだ。
(やっちゃった…。よりによって食事抜きにしてしまうなんて…使用人として失格だわ。こんなの減給ものよ…)
たとえ相手がアッシュであろうと、仕事を疎かにすることは許されない。
リンリーはざっと全身を手で払って埃を払い落としてから、厨房へと向かった。
厨房に入って、手近なところにいた料理人見習の青年に声を掛けた。
「すみません、アッシュ様のお食事を取りに来たのですがどちらにありますか?」
「は?」
声を掛けられた青年は、驚いた顔をした。
「アッシュ様って…あれだろ? あの…なんか、2番目の嫌なヤツ」
「…嫌なヤツかは主観によるのでなんとも言えませんが、2番目というのが伯爵家の第二子のことを言っているのであれば、その通りです」
「だよな…。――先輩、ちょっといいですか」
「ん?」
料理人見習いは、籠を抱えて食料庫から戻ってきた男に声を掛けた。
「どうした?」
「なんか、この人があの2番目のヤツの食事はどこかって聞いてきて…」
「伯爵家第二子のアッシュ様のお食事を取りに来ました」
リンリーは料理人見習いの言葉を補足するように言った。
先輩料理人は眉をひそめる。
「アッシュ様のお食事ぃ? そんなもん作ってないぞ」
「えっ?」
「そうですよね。俺も伯爵家の4人のお食事以外は、使用人用の大皿料理くらいしか作られているのを見たことないですもん」
「そんな…」
セオに聞きたくても、彼女は休憩時間中のようで厨房に姿がない。
最低限の食事の配膳と言っていたので、持って行く食事そのものは用意されているのだと思っていた。
(困ったわ…。このままじゃあ職務放棄になってしまう)
「というか、持って行く必要あるの?」
「え?」
「だって、2番目のアレだろ? ビビアナ様に悪影響になるだけの存在なんだし。食事なんて与える必要あるわけ?」
料理人見習いが酷いことを言うが、リンリーも先輩料理人も彼を咎めようとしなかった。
「まあ、アレのために料理を作ってやろうとは思えないよな」
「ですよね?」
「…食事を与えてはならないと、伯爵様からご命令があったのでしょうか」
「は?」
料理人2人は、リンリーを見る。
「旦那様――もしくは執事長、料理長などから、食事を与えてはならないとの指示がありましたか?」
「…いや…」
「それは…ない、かな…」
料理人は思い返してみるが、誰かに命じられたことはない。
どちらかというと、自主的に食事を作ろうとしなかった。
『作れ』とも言われていないが…。
「旦那様から飢え死にさせろと言うご命令がないのであれば、食事は用意して頂きたいのです」
「…何で俺らが…」
「私は本日付でアッシュ様の侍女となりました。飢え死にさせたら、私はクビになります。私は働いてお給料を貰わなければならないので、クビになったら困ります!」
「お、おう…そうか…」
「ですので、朝昼晩のアッシュ様の食事を用意して頂きたいのです」
「…伯爵家用の食事はさすがに無理だな。すぐに用意できるのは、パンとスープくらいしかねぇが…」
「はい、それで問題ないと思います。アッシュ様用の食事が用意されていれば、私としては問題ありません」
「――じゃあ、使用人の皆が食べるのと同じ物を用意しておけば良いんじゃないか? 伯爵家用の料理って手間暇かかってるし、そもそもアイツの分は仕入れてないはずだし」
「まあそれだったら…。朝昼晩、ここに賄い料理を用意しておけばいいか?」
「はい。1人前をトレーに乗せておいて頂ければ、後は私が配膳いたしますので」
「そうかい、わかったよ」
料理人達と話がついて、リンリーはトレイに1人前の食事――パン2切れと野菜スープ、鶏肉の欠片が入ったトマト煮込み――を乗せて、厨房を後にした。
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