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婚約者の好きな人

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「リ、リオン…ですか…。私の弟の…?」
「はい…」


聞き間違いでも人違いでもないようだ。
まさかの展開に唖然とするラランナに、顔を赤くして目を伏せるロミオ。




「えっと…弟のどんなところが好きなのですか?」


思わず口をついて出たのは、そんな言葉だった。



(――って、私は何を聞いているのよ!)



ロミオはその問いに僅かに目を見張る。
驚いたようだ。


「…気持ち悪く…ないのですか?」


男が男を好きなことに。
貴方の弟に懸想していることに。


言外にそう含ませて聞いてくるロミオに、ラランナはふと思う。


(気持ち悪くは、ないわね)


「気持ち悪くは、ないですね…」


思ったことを口に出すと、ロミオはさらに驚いたようだった。



「気持ち悪くはないです。…ただ、弟のどこが良かったのかしら、と…」


ラランナは今まで、同姓を好きだという人に対して気持ち悪さを感じたことは無い。
誰が誰を好きになろうと、ラランナにとってはどうでもいいことなのだ。


ただそれよりも気になるのは、弟のどこを好きになったのかという1点のみ。

ラランナにとっては可愛い弟だが、姉の目から見てもリオンは世間一般には格好良くも可愛くもない。
筋肉質なわけでも、細見で華奢なわけでもなく、守ってくれそうにも、守ってあげたくなるような見た目でもないはずだ。


リオンは小太り――いや、ぽっちゃり系である。
引っ込み思案で、父の会社の経理部門で働いている。

料理が趣味な彼は、暇を見つけては自宅のキッチンで何かしらの料理を作っている。
凝り性でもある彼が作る料理は、とても美味しい。


ロミオが遊びに来たときに作ってくれた料理も、大半は彼が用意してくれた。


(まさか胃袋を掴まれたのかしら?)


それならば納得だ。
ラランナは料理が得意ではないから、一度も振る舞ったことがない。



「そ…その…まず、見た目が…私の…好みといいますか…」
「――え゛?」


思わず普段出したことのない声を出してしまった。
意外すぎる回答だ。



「す、すみません! け、決してリオン君の見た目だけが好きなわけではないのですがっ!」
「い、いえ謝ることはありません。――というより、本当にあの見た目が好きなのですか!?」



ラランナの問いに、赤い顔のロミオはしっかりと頷いた。


「そう…そうなのですか。リオンの見た目がお好みで…」


ぽっちゃりで、親戚の集まりでは『子豚』と今でもからかわれているリオンが好みなのか。
出勤時は気を遣っているようだが、休みの日はボサボサ頭のリオンが良いのか。


「えぇと…ふくよかな方がお好きなのですか?」
「それは……わかりません。ふくよかな女性――だけでなく男性にもお会いする機会は今までありましたが、このように好ましいと思ったことは一度もありませんでしたから」
「なるほど…。では元々、殿方がお好きだったのでしょうか?」
「いえ、それも違います。……違うと思います。お恥ずかしながら私は、恋をしたことがないのです…」



(恋をしたことがないなんて――私と同じだったのね)


思わぬ共通点を見つけて驚くラランナをよそに、ロミオは語る。


「ラランナさんにご招待いただいて初めてリオン君を見たとき、ぐっと引きつけられて目が離せなくなりました」
「一目で恋に落ちた、というわけですね」
「そ、そうなのかも知れません…」
「素敵です……。ロミオさんはリオンとお話をしたことはありますよね。お話をしてみてどうでした?ますます好きになってしまいました?」
「は、はい。それは、もちろん…。私が彼と話したのは主に振る舞ってくれた料理についてでしたが、その時の彼の目がキラキラしていて、好きなことに一生懸命な様子がとても可愛らしく――」
「まぁまぁ!素敵ですわ!」
「そ、そうでしょうか…?」



興味津々な様子のラランナに、ロミオは少々引き気味である。

実はラランナは、今まで友人達と所謂をしたことがなかった。

彼女自身に好きな人がいないためか、そういう話をするときにはそれとなくグループから外されていたのだ。
もし輪の中に入っていても、話すネタがないため聞き役に徹するしかなかっただろうが。

恋をしたことの無いラランナにとって、恋をしている人の話はとても興味深い。

それも己の婚約者――いや、が、弟に恋をしているのだ。


好奇心が勝り、テンションが上がってしまった。








ラランナに根掘り葉掘り聞かれたロミオはぐったりしていた。
対して、恋愛話を聞いてハイテンションなラランナは、勢いのままロミオに告げた。


「ロミオさん、婚約を解消しましょう! そして、リオンと結ばれるためには行動あるのみです! 私も一肌脱ぎますわ!」
「えっ! え、いえ、そんな…」
「遠慮は無用です! 私はリオンの将来のことが心配だったのです。――ですが、あなたのような人が傍についていてくれるのなら、安心ですわ!」
「そ、そう言って頂けるのは嬉しいですが…。リオン君は、同性愛者ではありません…よね?」
「――あ…」



そう、いくらラランナ達がここで盛り上がったとしても、リオンにとってロミオが恋愛対象外であるなら、ただ2人が婚約解消するだけで終わるのだ。


(そうよね。まずはリオンがロミオさんのことをどう思っているのか聞いてみるところから始めないといけないわよね)


よし、とラランナは決意表明する。


「私、リオンに聞いてみますわ!」
「――え?」
「ロミオさんのことをどう思っているか、脈があるのか聞いてまいります!」

「いえ、そんなことをしていただくわけにはいきませんよ!」
「大丈夫です。――もしかして、リオンに嫌われることを懸念していますか?」

「…正直なところ、リオン君に嫌われたくはありませんし、気持ち悪いと言われてしまったら…もう会うことすら出来ない…」
「そう…そう、ですよね」


勢いがなくなったラランナの言葉に、ロミオは彼女が諦めたのだと思った。

――ほっとしたのもつかの間。



「でもリオンの気持ちを聞かなければ、ロミオさんはリオンと結ばれることも、諦めて前に進むこともできないでしょう?」
「――ぐっ!」



ラランナが痛いところを突いてきた。
何も言えずに黙るロミオに、ラランナは微笑んだ。



「やってダメならその時に諦めればいいんですよ! やらずに諦めたら一生後悔しますよ!
 うまくいっても行かなくても、私はロミオさんの友人ですからね!」
「…ラランナさん…」


涙ぐむロミオは、ラランナの強引な押しに負けた形にはなるが、彼女に任せることにした。


「よろしくお願いいたします」
「はい、おまかせください!」


その時のラランナはロミオが出会って以降、一番良い笑顔をしていた。
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