愛人契約は双方にメリットを

しがついつか

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前編

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ロラ・ヴェールは20歳の誕生日を迎えた数日後に、父に命じられるままホテルへと向かった。

宿泊をするためではない。
ホテルのラウンジにて、ある人物と会うためだ。

ロラは滅多に訪れることがない高級ホテルにやや緊張しながら、案内人の後をついて歩いた。
ラウンジの入り口から最も遠いソファ席に案内されると、そこには男女が隣り合わせで座っている。


ロラに気づいた男女が立ち上がり、軽く会釈をする。
案内人に礼を言うと、ロラは男女に向き合う。


「ジョーンヌ様ですね。初めまして、ロラ・ヴェールと申します」
「ああ、レジス・ジョーンヌだ。
 こちらはノミエ・ブル。彼女は私の――いや、座ってから話そう」


感情を抑えて微笑むロラに対し、レジスは無愛想であった。
彼の隣にいるノミエは、なぜだかロラを睨み付けている。


ロラは胸中でため息を吐きながらソファに腰を下ろした。
彼女の向かいにはレジスが座り、彼の左隣――ロラから見て左だ――にノミエが座っている。

ローテーブルを挟んだあちら側は、どうやらロラの敵陣らしい。

せっかくの窓際の席なのに、3階から見えるホテルの美しい庭園を楽しむ暇はなさそうだ。


「コーヒーでいいか?」
「はい」


ロラに確認すると、レジスは給仕にコーヒーを3人分頼んだ。
コーヒーはすぐさま届けられ、給仕は去って行った。


ロラ達の周囲の席は空いている。
ラウンジの給仕達は、彼女達の声が届かない――けれども、呼び出しにはすぐに応じられるような距離で控えていた。


「貴女と私の婚約のことだが」


ロラが口を開くより先に、レジスが切り出した。


「私は受け入れる事が出来ない。
 気づいているかと思うが、ノミエはだ。彼女以外の女性と結婚するつもりは毛頭無い」


険しい顔で言い切る男に、ロラは「馬鹿じゃないの?」と言わなかった自分を褒めたい。
ロラは微笑みを浮かべたまま、冷めた目で目の前の男女を見た。


「この婚約は、私と貴女の父が勝手に結んだ物。
 …仮に、私と貴女が結婚したとしても、私が愛するのはノミエだけだ」


彼の言葉に、ノミエは僅かに笑んだ。優越感を感じているのだろう。

だからどうしたと言ってやりたい気持ちを抑え、ロラは口を開く。



「その心意気はご立派ですが、それを私に話してどうするのです?」
「…何?」
「貴方のお心が何方にあるのかは、私には関係ないことですわ。
 私は本日、父に命じられてこの場に来ました。父が勝手に用意した、為人も知らない婚約者に会うために、…」


ロラはあえて小馬鹿にしたように言った。のだとでもいうように。

レジスは眉根を寄せる。



「そもそも、私は結婚する気などありませんでした。
 けれど、我が家は父がすべてを取り仕切っております。否ということは許されません。
 父に逆らうことは、死を意味します――冗談ではなく、文字通り切り捨てられます。
 私は死にたくはありませんから、従うしかありませんの」


言葉の綾では無く、本当に死ぬことになる。
ロラの父は血の繋がった家族であろうとも、家の不利益になるものは自ら手にした剣で切り捨てる男だ。

父にとってロラは、家の存続のために利用できる駒の1つでしかない。

物騒な物言いに、レジスは眉間の皺を深くした。


「どういうことだ…?」
「ジョーンヌ様は、何故彼女と結婚をしないのですか?」


レジスの疑問には答えず、ロラは問いかけた。


「初対面の、仮にも婚約者に面と向かって言い切るほど愛していらっしゃるのでしょう?
 なのに何故、彼女と結婚されないのですか?」
「…父が彼女を認めないからだ」

「お父様に逆らってでも、彼女と結婚しようとは思わなかったのですか?」
「…彼女との結婚を認めて貰おうとしていたのだ。私が功績を挙げれば、父も認めるはずだ」

「認めていただく前に、婚約者を用意されてしまいましたわね。
 家を出て、愛する者と結ばれようとはなさらないのですか?」
「…」


レジスは険しい顔で口を噤んだ。

愛する女性を妻に迎えたいが、今の生活を捨てる事は出来ないのだろう。
ジョーンヌ家はかなりの資産家だと聞く。
父がわざわざロラを送り込んでまで縁を結ぼうとしているのだ。利用価値は高い。

レジスはずっと家業を手伝ってきたため、外の世界を知らない。
仕事と家――生活環境がすべて不安定になるリスクは負いたくないのだ。

結局の所、レジスは無意識に愛より金を選んでいるのだ。
きっと理由を聞けば「ノミエに不便な暮らしをさせたくない」とでも言うのだろう。
意気地が無いだけなのに。




しばし無言になる。






このままでは話が進まないと感じ、ロラが切り出した。


「実のところ私、ジョーンヌ様に恋人がいるとわかってホッとしておりますの」
「――何だと?」


レジスは訝しむ。
ノミエも予想外の言葉に目を丸くしている。


ロラはコーヒーを一口飲み、喉を潤してから静かに話し始めた。



「私はもともと結婚するつもりがありません。
 そうですね…はっきり言いますと、殿方に体を許すつもりはございませんの。
 ジョーンヌ様に限らず、他の誰にも。
 ――ですから私が貴方と結婚しても、子供を授かることは無いと思ってくださいまし」

「それは…」


なぜ?と言外に問うレジス。
ロラは微笑んだ。


「私との婚約が正式に破棄され、ジョーンヌ様とブル様が結ばれるのであれば、それはとても喜ばしいことでしょう。
 けれど、ジョーンヌ様の意思に反して婚約が結ばれたことを考えますと、お父上の決定を覆すことは容易ではないのでしょうね。
 そうなりますと、このまま私と結婚せざるを得ないことになります。
 ――お互いに不本意極まりないことですけれど…」
「…」


そしてロラは、対峙する相手の目を見て言った。


「私を書類上の妻として迎え入れ、ブル様を愛人になさるおつもりはございませんか?」
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