アメジストの裁き

しがついつか

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優しい王女は死刑を望まない

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紫の国では貴族が罪を犯した場合、裁判は王城の二階にある裁きの間で行われる。
裁きの間は三階までの吹き抜けとなっており、裁判官席、証言台、一般の傍聴席は二階部分にすべて設置され、王族専用の傍聴席が3階部分に設けられている。

貴族の裁判には、王族が必ず傍聴する決まりとなっている。



この日、国内で5本の指に入る程の権力を持つ伯爵家当主の裁判が行われていた。


ドグ・アダー伯爵。
22年前に先代が亡くなり当主となった彼は、現在49歳。
15年前に妻を亡くした彼には子供がおらず、再婚の予定も無かった。
整った口ひげの色気のある彼を周囲の女性達は放っておかなかったが、彼が特別な女性を作ることはなかった。


そんな色男の主な罪状は殺人罪。
長年に渡り他国から年若い娘の奴隷を購入しては、暴行の末、様々な方法で命を奪ったのだ。
動機など無い、快楽殺人者である。


証拠こそ無いが、妻も彼の手にかかって死んだのではないかと疑われている。



今回彼の罪が明るみに出たのは、奴隷以外の娘に手を出そうとしたからだ。
アダー伯爵は、使用人として新たに雇った平民の娘に目を付けた。


今まで購入した奴隷達には、逃げる場所が無かった。
大声を上げて助けを求めても、言葉が通じないため屋敷の使用人達には届かない。

当主が直々に奴隷商人から引き取り、屋敷の使用人の目に触れさせないようにして地下牢に運び入れるため、奴隷である彼女の存在は使用人達には知られていなかった。
薄々、勘付いている者もいたようだが――。


助けが来ることはなく、奴隷達は皆、屋敷の地下牢でひっそりと生涯を終えていくしかなかった。



だが、使用人の娘は違う。
この国の言葉を話すことが出来るし、彼女が姿を消したら心配して捜索願いを出してくれる家族や友人がいた。

何より他の使用人が急に姿を消した彼女を不審に思い、執事長に相談したのだ。

以前より伯爵の行動を不審に思っていた執事長は、夜更けに屋敷を出て物置小屋へと向かう主人を見つけ、後を追った。
物置小屋には地下へと続く階段があった。普段はカーペットの下に隠されている箇所だ。
階段に近づき耳を澄ませると、地下から物音と微かにうめき声が聞こえてくる。
執事長は一度屋敷に戻り外套を羽織ると、警察署へと走った。


執事長が警官を数名引き連れて物置小屋へと戻った後、伯爵は現行犯で逮捕された。

第一発見者が警官である以上、言い逃れは出来ない。
人数が多いため、口封じも不可能だった。











「――では、判決を下す。被告人ドグ・アダーを死刑に処す」


裁判長が告げると、ドグ・アダーはうなだれた。
伯爵が雇った弁護士は情状酌量や心神喪失による軽減を訴えたが、無駄だったようだ。


あまりにも残酷な彼の行いに、死刑は妥当だと思われた。
聴衆達の誰もが、納得したような表情をしている。


傍聴人達のざわめきが一段落すると、裁判長が問いかけた。


「判決に異議のある方はおりますか?」


被告人からしたら、もちろん異議有りだろう。
だが、被告人はこの場で異議を唱えることはできない。
弁護人も同様だ。

問いかけてはいるが、実はこれは形式的なものであり、警察、検察、一般の傍聴席にいる人々が実際に異議を唱えることは出来ない。
もし異議を唱えることが出来るとしたら、3階の傍聴席にいる王族のみである。

いくら王族とはいえ今回の裁判については、異議を唱える必要は無いだろう。
誰もがそう思っていた。



「異議あり」



凜とした声が、裁判の間に降り注いだ。
場数を踏んでいる裁判長でさえ、何を言われたのか理解するのに数秒かかった。


裁判長が王族専用の傍聴席を見ると、右手を挙げこちらを見下ろしている王女の姿が目に入った。
第一王女のアメジストだ。
彼女の隣に座る国王夫妻は、ギョッとしたように娘を見ている。


「あ、アメジスト王女殿下…。どうぞ、発言を許可いたします」


一般の傍聴席にいる人々からは王族の傍聴席は見えない。
彼らは王女の言葉を待った。



「死刑などと、簡単に殺してはなりません」



傍聴人達はざわめいた。
これほどまでに残虐な行いをした者を、死刑とせずになんとするのか。
お優しい王女殿下は、伯爵に奪われた幾人もの奴隷の命を軽んじているのか。

不敬となるため口には出さないものの、その場にいた多くの者が王女に対して不信感を抱いた。
慈悲深いと噂される王女の発言に、いささか失望した。


対する被告人ドグ・アダーは、王女の異議に希望を見いだした。
死刑を除くと最も重い罰は鉱山送りだ。
脱走は難しいと聞くが、生きてさえいればどうにでも出来る。
彼は俯いたまま、ほくそ笑んだ。


だがその考えは、続く王女の言葉にたたき壊されることとなった。




「死刑では生ぬるい。その者には生き地獄を味わってもらいましょう」




誰もが耳を疑った。


「ど、どういうことでしょうか?」
「その者は、人を玩具のように扱ったのです。被害者達は長い時間苦しめられ、そして命を落としました。
 それなのに、一瞬で痛みが終わる死刑では生ぬるい、と申しております」



口調はどこまでも穏やかで、王女の表情もまた穏やかであった。
王女の姿を目にした者は、その様子を見て背筋が寒くなった。



「私は常々思っておりましたの。事故や怨恨を除く殺人は、もっと重く取り締まるべきだと。
 特に『誰でも良かった』『やってみたかった』、などといった己の欲を満たすために人の命を奪う行為は、卑劣極まりない。
 二度と犯すことがあってはいけない罪です。
 刑を執行している間、被告が己の行動を酷く悔やむほどのことでないと、罰とは言えないと思うのです。
 また、周囲の人間にも、これは決してやってはいけないことなのだと知らしめる必要がありますわ」



ドグ・アダーの頬を冷や汗が伝う。
体中から嫌な汗が噴き出しているのを感じる。

王女は被告に対して、己が思う罰を口にした。



「ですので私は、被告に対して死刑ではなく、生き地獄を味わわせることを望みます。以上です」



裁きの間がしんと静まりかった。

そこには慈悲深い王女などいなかった。
アメジストは罪を犯した者にはとても非情であった。


裁判長はチラリと国王夫妻を見やったが、彼らが口を挟むことは無かった。
王女の発言を撤回する気は無いようだ。

王女は『私は』と、何度も個人の考えであることを告げていることもあり、これは王族としての総意ではない。

また、最終的に刑を決めるのは裁判長である。
王女の意向を無視して、このまま死刑を宣告することも可能であった。





誰もが口をつぐんで、裁判長の言葉を待った。


「――なるほど、一考の余地がありますな…。一時休廷いたします」


傍聴人達がざわめく中、王族、裁判長、裁判員達が退室していった。














裁判から2週間後。日の出と共にドグ・アダーの刑が執行された。

執行官と厳重な警備の元、彼は刑務所から出てきた。
全裸に丸坊主姿のアダー伯爵――いや、元伯爵の首元には太い首輪が填められており、そこから四方に鎖が延びている。
鎖の先はアダー氏の前後左右を歩く執行官がそれぞれ手にしている。

鎖が一本だけだと、アダー氏が執行官に当て身を食らわせて逃走を図る隙を与えてしまう可能性があるが、
四方向に鎖が延びているため、アダー氏が急に走り出そうとしても、反対側の鎖を握る執行官が取り押さえることが出来るようになっている。

アダー氏はこれから王都中を歩き回るのだ。


彼の罪状と刑の執行時刻は事前に国中に通告されている。
そのため、朝早くにもかかわらず、見物人の姿がちらほらあった。


幸い季節は初夏であり、全裸でいても凍えて死ぬことは無いだろう。
――気を失う要素さえないことは、アダー氏にとっては不運なことだったかもしれない。




裸足で王都を一週した頃には、足の皮が破れ歩行に支障が出ていた。
広場まで連れ戻されると、今度は鎖を鉄杭に固定されて、その場に放置された。

罪状を告げる看板が傍らに立てられ、一定の距離を開けて執行官と警察官達が立っている。



やがて見物人達が近づいてきて、彼に石を投げた。
それを見ても警察官達は動かない。
アダー氏は逃げることが出来ないまま、罵られ、石をぶつけられ続けた。



日没となり、本日分の刑の執行が完了する。
アダー氏は鎖に繋がれたまま刑務所へと戻っていった。

独房の扉が閉まったとき、彼は泣いた。
その涙は、屈辱を受けた悔しさからか。それとも過去の行いを悔いたものだろうか。




明日は王都の外周を歩き回ることになっている。
刑の執行は、彼が死ぬまでの1ヶ月間続いた。






後日、ドグ・アダーについて報告を受けたアメジストはこう言った。



「奪う側にいた者が、奪われる立場になった時の絶望は、どんなものだったのかしら?」


興味深いわ。
彼女は美しい笑みを浮かべた。
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