実話怪談集

視世陽木

文字の大きさ
上 下
20 / 30

18’話 浮気を目撃された ―真実編―

しおりを挟む
 友人カップルの喧嘩の仲裁をした数日後、私とAはとある喫茶店にいた。
私の行きつけの喫茶店で、坂本も何度か一緒に来たことがある店だ。

「ふぅん。もしかしたら幽霊だったかもしれないってことで俺を呼び出したわけね?」

 チョコレートパフェ(私のおごり)を堪能しながら坂本が言う。
本編の最後にBちゃんが気づいたように、あの話は『心霊現象』なのではないかと私も思っていた。

 Aは女を乗せていないのに、Bちゃんの友達に女性を乗せたところを目撃されている。
この奇妙な現象の説明を無理矢理つけるのであれば、怖い話にありがちな『後部座席に女の霊が乗っていた』というのがしっくりくるのだ。万人が納得できるかどうかは別にして。

 そういう訳で坂本にご登場いただいた。
ちなみに私とAは同じ学部だが、坂本は学部が違うためこの場がAと坂本の初対面の場となる。

 Aに「俺の友達に霊感強いやつがいるんだけど相談してみる?」と提案したところ、半信半疑ではあったが同意。
Bちゃんは「これ以上怖いのは嫌だ!」ということで今回は不参加。

「あの、今の話を聞いてどうでしたか?」

 坂本の異様な雰囲気に気圧されたのか、おずおずと尋ねるA。

 すると彼は質問には答えずに一言呟いた。

「あんた、ちょっと顔色悪くない?」

「そうですか? 確かにちょっと体が怠い感じはしますけど……」

「ちょっとトイレの鏡で確認してきな?」

「えっ? あっ、はい……」

 言われるがままに坂本の言葉に従い席を立つA。

 その後ろ姿を見送る坂本に尋ねた。

「どうして無理に席を立たせた?」

 そんなに強い口調ではなかったが、坂本の言葉には席を立たせようとする強い意志があった。

「お前の友達な、霊が憑いてるよ」

 本人に伝える前に通知しとくためだったのか。

「お待たせしました。確かにちょっと顔色は悪いけど平気です」

 私は気づかなかったが、そう言われてみれば顔色が悪い気がする。
それでも何とか話を進めたいのだろう、戻ってきたAは「それで……」と、話の続きを促した。

「あんた、最近肝試しとかやらなかった?」

 戻ってきたAに、突拍子もない質問を投げかける坂本。

「何だよいきな、、、」

 あまりに突飛な質問に呆れた私は話を本筋に戻そうとしたが、ちらりと見えたAくんの顔が、今度こそ見て取れるぐらいに真っ青になっていた。

「……どうしてそれを?」

「やっぱりね。あんたのその体の怠さ? 体調不良? その肝試しをしてから始まって、ずっと続いてない?」

「言われてみればそんな気がします……」

「霊感がない人間でも、霊に憑かれたら体調が悪くなったりするんだよ。まぁ俺ぐらい霊感が強いと、体調悪くなるぐらいじゃ済まないけど」

 そんな前置きをして、実に懐かしい言葉をAに言い放った。
私が坂本と初めて出会った時にも言われた言葉だ。

「あんた、憑かれてるね」

 肝試しをしたことを言い当てられ動揺したのか、Aは観念したように話し出した。

「サークルの先輩や同級生と、△△山に肝試しに行きました」

 特に大きな事件や事故があったわけではないが、△△山は地元では有名な心霊スポットだ。

「新しく整備された登山道じゃなく、旧道の方を通って肝試しをしてました」

 噂話程度の知識ではあるが、昔ながらの旧道の方で登山者の事故や怪我が相次ぎ、幅広で歩きやすく整備された新しい登山道ができたとのことだった。

「旧道とはいえ登山道として使われていた道なので、特に変わったところはありませんでした。そこで先輩が『道を外れてちょっと奥の方に行ってみようぜ』って言い出したんです」

「ほほぅ」

「そしてそこで、打ち捨てられたような古い祠を見つけたんです……」

 話を聞く限り、本来なら人が立ち入るような場所ではないようだ。
それなのに祠があるというのはどういうことなのだろうか?

「見つけたときは『肝試しっぽくなってきた!』ってテンションが上がってたんですけど、祠の異様な雰囲気にみんな次第に口数が少なくなってました」

 しばらくは写真を撮ったり周りを探索したりしていたらしいが、いつになっても帰ろうとする気配がなかった。
そこで参加者の中で1番年下だったAが「そろそろ帰りません?怖いし……」と発言し、ようやく肝試しを終えることになった。おそらくみんな言うに言えなかったのだろう。

「その時でした。先輩が『こんなの怖くねぇよ!』って強がって、そこそこの強さで祠を後ろから蹴ったんです」

「おいおい、なんて罰当たりな……」

 さすがにこれには呆れた。
肝試しで不謹慎な行動をする人間は多いが、古い祠を蹴るなんて正気の沙汰とは思えない。
その祠で何を祀っていたのかはわからないが、その祀られていた何かに祟られたのだろうか?

 でも、なぜAが祟られるのだろうか?

「俺が列の最後尾を歩いてたから、もしかしたらそれで……」

 私が考えていたことが伝わったのだろうか、Aが苦笑いしながら私に言い訳した。

「写真撮ってたって言ってたよな? その写真ってある?」

 これまで黙って話を聞いていた坂本の突然の申し出に、「あ、ありますけど……」と狼狽えるA。
二度と思い出したくないだろうし、写真なんて開きたくないのだろう。

 Aは渋々携帯電話を差し出した。

 私も一緒に見させてもらったが、古ぼけた薄気味悪い祠が写っていた。
写真を撮ったのは蹴ってしまう前だろうか、風化してボロボロになった祠だった。

 私は外観の印象でしか感想を抱かなかったが、坂本は違った。

「祠の扉、観音開きになってそうだね。建て付けがかなり緩そう」

「確かそんな感じだったと思います」

「よーく見てみ?」

 私とAの方に携帯の画面を向ける。

「これがどうかしたんですか?」

「蹴ってしまった拍子に、もしもこの扉が開いてしまったとしたら?」

「扉が開いた……?」

 青い顔をしたAが、疑問符をつけて繰り返す。

「この写真からは少し嫌な感じがするってことぐらいしか言えない。でもわざわざ山の中に祠を作るぐらいだから過去に何かあったんだろ。そしてもしもその何かが、悪しき存在によるものだとしたら?」

「っ……」

「あんたに憑いてる霊、女性なんだよ。そしてあんたの彼女の友達はおそらく霊感がある。その結果、女が乗ってるのを視たんだろうな。そう考えたら後部座席に座ってたのも納得がいく。人に取り憑く霊って、後ろにいることが多いからな」

 淡々と話す坂本の様子は、私にとってはいつもどおりで見慣れたものだ。
しかし本日初対面のAくんはかなりの恐怖を感じたことだろう。全身が震えていた。

「その祠で悪しき何かを封印してたのか、それとも元々は祀られていたものがその存在を忘れられたことで悪しき存在へと変貌したのか。どっちにしろ、万が一この扉が開いたとしたらそれが飛び出たんだろうな」

「お、お、お、、、俺は、どうすれば?」

 Aは気の毒なくらいにガタガタと震えていた。

「俺は霊感があるってだけで、除霊ができたりするわけじゃないんだよ。だから、お祓いに行けとか祠を元に戻せってぐらいのアドバイスしかできない」

「そう、ですか……」

「お祓いも頼む人を選ばないと詐欺みたいなとこも多いからね。もしもお祓い受けるんなら、効果が高いとこを紹介するぐらいならできるけど?」

 坂本の言葉にAは「お願いします」と頭を下げ、連絡先を聞いて帰った。

 後日談とはなるが、すぐにお祓いを受けたらしい。
さらに祠の場所にも同行してもらい、やはり開いてしまっていた扉を閉じてお経をあげたという。それからしばらくして体調も良くなったとのことだ。

 Aが帰った後、坂本は呟くように言った。

「あいつだよ」

「え?」

「祠を蹴ったの、先輩じゃなくてあいつだよ。参加者の中であいつが1番年下だったんだろ? 先輩にやらされたのかビビってないアピールをしたかったのかわからないけど、祠を蹴ったのはあいつだよ」

 実は私もそうではないかと思っていた。
いくら列の最後尾にいたからといって、まったく関係ない人間に取り憑くことはないと思ったからだ。

 それに祠を蹴って扉が開いたから飛び出したというなら、その瞬間に飛び出してきて誰かに取り憑くはず。
帰り際の並び順など関係ないだろう。

「俺もそうじゃないかなって思ったけどさ、本人に確かめるまではそんな断定的な言い方しなくていいだろ?」

「確かめたよ」

「え?」

 同席して話の一部始終を聞いていたが、そんな節はなかった。

「確かめたよ。祠を蹴るくだりの時、あいつのが『オマエダ…』って言ってたからな」

  一瞬で全身に鳥肌が立った。
取り憑いていたならそこにいるのは当然だろうが、私は視えないし聴こえない側の人間だ。
明言されると余計に怖いし、Aは私の隣に座っていたのだからなおさらだ。

「あの店員さんは、、、もういないな。あがったのか」

「誰を探してるんだ?」

「席に案内して水を持ってきてくれた、いつもいるあのおばちゃん」

「この時間はいないよ。それがどうしたんだ?」

「いや、まだいたら話を聞きたかったなって思っただけ」

「なんでだよ?」

「だってほら、当たり前のようにあるじゃん」

 彼の言葉に再び恐怖が蘇った。

 読者様は「作者とAと坂本で水3つでしょ? 何がおかしいの?」とお思いになるだろうが、これには少しマニアックな事情がある。

 私は水を飲むのがあまり好きではないので、いつも入店と同時にホットコーヒーを頼む。
これは夏だろうが冬だろうが関係なく決まっている。

 そして、喫茶店の従業員さんも勤続歴が長い人ほどそのことを知っている。
彼が言っている『いつものおばちゃん』は特に勤務歴が長いので、私のその特殊オーダーについて重々承知してるのだ。

 彼女が席に案内してくれる時、私の前には水ではなくホットコーヒーが出てくる。
もちろんその日もそれは変わらず、私の前には冷めてしまったコーヒーがあった。

「あのおばちゃん、今日はなんで水を3つ持ってきたんだろうな?」
しおりを挟む
script?guid=onscript?guid=on
感想 1

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

奇怪未解世界

五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。 学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。 奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。 その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。

処理中です...