実話怪談集

視世陽木

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17話 金縛りの話②

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 これは知人の体験談である。

 恐怖体験をしたから誰かに相談したかったというわけではなく、人を選ぶような話だったので私のところへ来たという裏事情がある。

 大学生の時の話になるが、正直その子とはそんなに仲が良いわけではなかった。
同じクラスだったが教室や構内で会えば挨拶ぐらいはする、ぐらいの関係。いわゆる普通のクラスメイトで、頻繁に話をしたり、一緒に遊んだり飲んだりするような間柄ではなかった。

 そんな希薄な関係にある子が、ある日の講義後に私に話しかけてきた。

「ねぇ、この後時間ある?」

「珍しいね、そっちから話しかけてくるなんて」

 仮にもクラスメイトにこんな風に切り返すのには訳があった。

 先にも書いたように、私は彼女(仮にAさんとする)のことを普通のクラスメイトと思っていたが、彼女は私を避けている節があったのだ。

 もちろんくだらないイジメのようなものではない。
顔を合わせれば挨拶はするし話しかければ普通に話をするのだが、それ以外ではどこか距離を置いているよう感じていたからだ。

「何よその言い方?」

「だって、Aさん俺のこと苦手でしょ?」

 私がそう言うと、Aさんは一瞬だけバツの悪そうな顔をしたが、すぐに苦笑いに切り替わった。

「そんな勘が良すぎるところが苦手なのよ」

 勘が良いというのは自分ではわからないが、人がそう思っているのならそうなのかもしれない。

「それに、私は怖い話とかも苦手なの」

「ハハハッ! それじゃあ俺のことなんて嫌いでもしょうがないね」

 私は根っからのオカルト大好き人間だ。

「嫌いじゃないわよ。苦手なだけ」

「それは光栄です。で? そんな苦手な俺と2人で話したいことっていうのは?」

「いちいち嫌味な言い方しないでよ、私が悪者みたいじゃない」

 少し口を尖らせた彼女は、渋々といった感じで話し出した。

「1週間ぐらい前に金縛りに遭ったの」

「金縛りにね……。金縛りにはよく遭うの?」

 苦手な私に話したいことがあるというくらいだから、十中八九そっち系の話だろうと予想していた。

「ううん、それが初めてだった。初めてってこともあって余計に怖かったのよ」

 本当に怖かったのだろう、マグカップを包む彼女の手は少し震えていた。

「それだけじゃないんでしょ?」

「ホント、そういうところ。どうしてわかったの? まだ続きがあるって」

「そりゃわかるさ。ただ金縛りに遭って怖かったって話なら、友達に『昨日初めて金縛りに遭って怖かったんだよね~』ぐらいで終わらせるだろ?」

 コーヒーを飲んで一息つき続ける。

「わざわざオカルト好きでいたずら好きな俺に話すぐらいだ。金縛りに遭ったってことだけを話す相手としては俺はふさわしくないよ。いたずら好きの俺のことだから、もっと怖い金縛りの話をしたりして怖がらせたりするかもしれないしね」

「苦手と嫌いは別物よ。あなたがそんないたずらはしないってことは信用してるのよ。そうでしょ?」

「さあね、どうだか」

 しらばっくれる私を見て小さくため息をつき、彼女は続けた。

「ありがと。話しやすくしてくれたんでしょ?」

 一言だけそう言うと、私の返事も待たずに話し始めた。



(……く、、苦しい)

 突然のことだった。
普段はアラームが鳴るまで目覚めないAさんが、息苦しさに目を覚ましたという。

(っ!? 体が動かない!?)

 すぐに金縛りだと気づいたAさん。
しかし初めての金縛りで恐怖心はあったものの、どこか冷静な自分がいた。

(……これは疲れからくる金縛り。金縛りのほとんどが疲れからくるものだってあいつも言ってたし)

 ちなみに『あいつ』というのは視世わたしのことだ。
当時の私は、講義が始まる前の教室で友人に怖い話をしては怖い話が苦手な人に怒られていた。Aさんもどこかで私の話を聞いていたのだろう。

(最近バイトも忙しかったし)

 母子家庭で育ってきたAさんは、高校生の頃からアルバイトに精を出していた。
家に少しお金を入れて、あとは貯金。奨学金をもらって大学に通っている母親思いの頑張り屋さんであった。大学に入ってからも、講義が終わった後は遅い時間までアルバイトをし、疲れ果てて帰宅してはそのまま朝まで眠る、というハードな生活を送っていた。

(大丈夫、大丈夫。黙ってればそのうち……)

――ガチャッ

 自分を落ち着かせようとしていたその時、部屋のドアが開く音がした。

(ヒィッ……)

 金縛りで首や顔を動かすことができず、何が起きているかわからない。
瞼は開いているのか閉じているのかわからない状態なのに、不思議と視界は確保されていた。

(誰か入ってきたの……?)

 ドアが開く音がしたが、Aさんの目には侵入者の姿は映らない。

――ヒタヒタ

―――ヒタヒタ

――――ヒタヒタ

(ヒィィッ! ち、近づいてくる!!)

 あまりの恐怖にパニックになるAさん。
そんなAさんの顔を、誰かがヌッと覗き込んできたのだった。

 パニックになるAさんを覗き込んだ者、それは……

(おかあ、さん……?)

 彼女の母親だった。

 体はまだ動かないが、侵入者の正体を知り安堵するAさん。
しかしその安心も束の間、覗き込む母の顔を見たAさんは再び恐怖した。

(お母さん……なの?)

 母子家庭で生活は苦しかったものの、母娘2人幸せに暮らしてきた。
どんなに苦しくとも、彼女の母は笑顔を絶やさない人だったという。

(違う……。お母さんじゃない!!)

 しかしそんな優しい母の笑顔はそこにはなく、憤怒の形相でAさんを見下ろしていた。
眉はこれ以上ないほどギュッと顰められ、睨み付ける目は血走っていた。

 そんな異常な様子の母が呟く言葉を耳にした後、Aさんは意識を手放した。

「お前のせいで…」「お前のせいで…」「お前のせいで…」「お前のせいで…」「お前のせいで…」
「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」



「……気を失ってたみたいで、アラームで飛び起きると汗びっしょりだったわ」

 そう締め括り、彼女の恐怖体験談は終わった。

 話している最中からそうだったが、彼女は知らず知らずのうちに自身の身を抱き、小刻みに震えていた。

「大変だったね。その後のお母さんの様子は?」

「朝、恐る恐る話しかけてみたけど、いつもと変わらないお母さんだった」

 でも、と彼女は続けた。

「あの夜の表情、絶対いつものお母さんじゃなかったの……」

「なるほど」

 これまでの話と彼女の生い立ち、そして今の彼女の様子や反応から、私は1つの結論に達していた。

「Aさんはお母さんが何かに取り憑かれていたって考えたいんでしょ?」

「……ほんっと、嫌になるほど鋭いわ」

「そりゃどうも」

 今日何度目かの応酬の後、ため息交じりに呟いた。

「そりゃそうよ。今までずっと優しかったし、昨日の夜の様子は本当に異常だったわ。もちろんそれはそれで心配だけど、何かに乗っ取られていたとか、憑依されていたとかの方がまだ納得できるの」

「でも心配なんでしょ?」

「……うん。父が急にいなくなってから、お母さんは女手1つで私を育ててくれたわ。若くして私を産んだから、まだまだ遊びたい盛りの時にも、仕事とか子育てで苦労したと思うの。だから……」

「いいよ、無理して言わなくて」

「……ここまで話したんだから、言った方がスッキリするわよ」

 コーヒーを一口飲み、呟くように話すAさん。

「私のせいで仕事や子育てで苦労してきたお母さん。そんな彼女の、普段は言えないような本音があの時に出てたとしたら……」
 
 私は実際に彼女の母親のことを知っているわけでもなければ、その日の様子を見たわけでもない。

 だからこそ無責任なことを言えるはずもなく、結果的にただ話を聞いただけとなってしまった。

「悪いね、何も力になれなくて」

 学食を出て別れる時に、自分の無力さを詫びた。

「ううん、聞いてくれただけで助かった。こんなの誰にでもできる話じゃないから」

 それはそうだろう。
ある程度彼女のことや彼女の家のことを把握しており、怖い話に耐性や理解がある人でないと聞けない話だ。

 それから大学卒業までは何事もなかったという。

 あの話を聞いた以降も私とAさんの関係に変化はなかったが、大学卒業の最後に一言だけ

「あの時はありがとう」

と笑ってくれた。
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