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4話 廃墟での宿泊
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「1回だけ廃墟に泊まったことがある」
オカルト好きな先輩の衝撃的な一言から話は始まった。
私自身肝試しは数えるほどであるがやったことがあるし、廃墟へ潜入したこともある。
しかし当然というか何というか『泊る』という選択肢は頭によぎったことすらなかった。
「オカルト掲示板に上げるためのネタ作りのつもりだったんだよ」
当時は今ほどSNSの種類が多くなく、もっぱらネット上の2チャンネル掲示板がメインだった時代。
今でいう『バズる』に似た感覚だろうか、人気スレの勢いは尋常ではなく、釣りスレだろうが何だろうが、楽しいが正義だった。
「××町の山奥に廃墟と化した洋館があるって話を聞いたから行ってみたんだ」
最初はオカルト好きな友人数名と行く予定だったらしいが、どうしてもそれぞれの予定が合わなかった。
しかし一刻も早く行きたかったその先輩はいよいよ1人で行くことにしたという。
「もちろん最初は泊まる気なんてなかったからな?」
「じゃあどうして泊まったんですか?」
普通の人間ならば頼まれたって泊まらない。
怖い話が大好きな私はワクワクしながら話の続きを急かした。
◆
「雨が降ってきやがった! しかもけっこうひどいな……」
廃墟の探索中、外からの雨音に焦った先輩。
山奥というほど深い場所ではなかったが、昔あったであろう林道もすっかり獣道と化しており、近くのコンビニにバイクを停め、目的地の廃墟へは歩いて行ったという。
予報でも雨マークが付いていたが小雨程度の予報だった。
それなのに彼の目の前は篠突く雨で、2階の窓からの風景が豪雨によって歪められていた。
少し遠くの方にバイクを停めたコンビニの光がぼんやりと見えたが、それ以外は鈍く光る外灯がポツポツとあるだけの寂しい風景だった。
「止むまでは雨宿りしていくけど、この雨やむのか?」
念のために折り畳み傘もレインコートも準備しているが、獣道と化した足場の悪い森の中は危険すぎる。
幸いにも暑くも寒くもない季節だったので、最悪長時間の滞在となっても大丈夫だろうと考えた。
ちなみに、結論から言うとそこはただの廃墟。
忌まわしい事故があったわけでもなければ凄惨な事件があったわけでもない、人がいなくなり無残に朽ち果てただけのただの古い洋館だった。
肝試しの先駆者達によって中は荒れていたものの、建物自体は十分な強度を保っていた。
万が一に備え外が見渡せる2階の部屋を拠点に定め、転がっていたイスを窓辺に寄せて雨がやむことをただただ祈るばかりだった。
◆
彼の目に赤い光が映ったのは、止まない雨にうんざりして「今日はここに泊まるしかないのか……」と溜息をついた時だった。
遠くの方に赤色灯が見えたのだった。
どうやらパトロール中のパトカーのようだが、雨に霞む景色にチラつく赤色灯の光は妙に毒々しく感じられ、妙な胸騒ぎがしたという。
かなり遠目に視認した時点では他人事だった。
激しい雨音のせいで確証は持てないがサイレンの音は鳴っていないようで、赤色灯だけを回した防犯・防災のパトロールかもしれないと思っていた。
しかしそんな安易な考えも、パトカーがコンビニを通り過ぎた辺りで妙な胸騒ぎへと変わる。
防犯・防災のためのパトロールであろうと信じていた彼の思いも虚しく、ついにパトカーは廃墟へと続く林道の入口に停車したのだった。
「何しに来たんだ?」
急激に彼の心臓は高鳴った。
廃墟に訪問者がある時、近所の人が通報することは多い。
しかしその日の彼は誰にも見られていないはずだった。コンビニにバイクを停めて飲み物などを購入して退店、そのまま何食わぬ顔で歩いて敷地を出た。
(コンビニの店員が?)
一瞬そんな考えが頭をよぎるが、ダラダラと仕事をしていたあのうだつの上がらなそうな中年男性店員が、ふらっと寄った若者の動向や無断駐車を気にしたはずもないと、失礼なことまで考える始末。
(通報もなしにこんな廃墟をパトロールするか? それとも洋館の所有者に頼まれたとか? いや、そんな個人的すぎる依頼じゃ動かないだろ……)
大雨の影響を受ける家なんて多すぎて1件1件対応するはずもないし、そんなに敏感に洋館の心配をするほどの所有者なら、そもそもここまで建物を朽ち果てさせることはないだろう。
様々な考えが頭に渦巻いている彼をよそに、パトカーの運転席のドアが開き1人の警察官が下りてきていた。
◆
「で、不法侵入が見つかったと?」
警察官に見つかってしまうという恐怖。
ホラー展開を期待していた私は、「そっち方面の怖い話か」と少しガッカリしてしまう。
しかし先輩の話はまだ終わりではなかった。
「いや、見つからなかったよ。俺は雨が降る前に洋館に入ってたから足跡もなかったはずだし、もし足跡があったとしても雨で流されてただろうからな」
「じゃあ何があったんです?」
「その警察官な、建物の中には一切入ってこなかったんだよ」
「え?」
「何かを確認するかのように、建物の周りをウロウロするだけだったんだ」
深夜の廃墟に特に出動要請もなくやってきた警察官。
廃墟探訪者を探すでも咎めるでもなく、ただ敷地内を徘徊していただけ。
「怪しいですね」
「だろ? 時々立ち止まってしゃがんで地面を見たりしてたんだけどさ、一通り見たらそのまま帰っていったんだよ」
それも来た道を帰っていったのだという。
つまりその警察官はパトロール中に何か気になることがあったから洋館を訪れたのではなく、洋館こそが目的地だったということになる。
「雨が上がって帰ろうとした時にさ、警察官がしゃがんでた場所をチラッと見たんだけど、何の変哲もない花壇だったりプランターしかなかったよ」
「その花壇って何か花が咲いてたりしませんでした?」
「アジサイでも咲いてりゃなって俺も考えたよ。もちろんそんな都合がいい話はなくて、雑草が伸び放題のただの花壇とプランターだった」
梶井基次郎の短編小説『櫻の樹の下には』に代表されるように、小説にはたびたび『花の下に死体が埋められている』という設定が用いられる。
特にアジサイなんかは土の性質で花の色が変化するという特徴があるため、推理小説でも死体の隠し場所暴きに使われることが多い花だ。
「それにもし死体を埋めてたとしても、花壇は見るからに数年から十数年は放置されてる感じだったし、プランターまで確認したりはしないだろ?」
そんな締め括りで話は終わり、先輩は帰っていった。
1人部室に残された私の頭を謎だけがグルグルと駆け回る。
・なぜ警察官は廃墟と化した洋館を訪れたのか?
・しゃがみこんだ彼は何を見ていたのか?
(そこに行けばわかるのかな?)
謎の行動を取った警察官が見ていた花壇やプランターを掘り返してみれば、何かわかるのだろうか?
当時の私には確かめに行く勇気は残念ながらなく、現在その廃墟は取り壊されてしまったらしい。
オカルト好きな先輩の衝撃的な一言から話は始まった。
私自身肝試しは数えるほどであるがやったことがあるし、廃墟へ潜入したこともある。
しかし当然というか何というか『泊る』という選択肢は頭によぎったことすらなかった。
「オカルト掲示板に上げるためのネタ作りのつもりだったんだよ」
当時は今ほどSNSの種類が多くなく、もっぱらネット上の2チャンネル掲示板がメインだった時代。
今でいう『バズる』に似た感覚だろうか、人気スレの勢いは尋常ではなく、釣りスレだろうが何だろうが、楽しいが正義だった。
「××町の山奥に廃墟と化した洋館があるって話を聞いたから行ってみたんだ」
最初はオカルト好きな友人数名と行く予定だったらしいが、どうしてもそれぞれの予定が合わなかった。
しかし一刻も早く行きたかったその先輩はいよいよ1人で行くことにしたという。
「もちろん最初は泊まる気なんてなかったからな?」
「じゃあどうして泊まったんですか?」
普通の人間ならば頼まれたって泊まらない。
怖い話が大好きな私はワクワクしながら話の続きを急かした。
◆
「雨が降ってきやがった! しかもけっこうひどいな……」
廃墟の探索中、外からの雨音に焦った先輩。
山奥というほど深い場所ではなかったが、昔あったであろう林道もすっかり獣道と化しており、近くのコンビニにバイクを停め、目的地の廃墟へは歩いて行ったという。
予報でも雨マークが付いていたが小雨程度の予報だった。
それなのに彼の目の前は篠突く雨で、2階の窓からの風景が豪雨によって歪められていた。
少し遠くの方にバイクを停めたコンビニの光がぼんやりと見えたが、それ以外は鈍く光る外灯がポツポツとあるだけの寂しい風景だった。
「止むまでは雨宿りしていくけど、この雨やむのか?」
念のために折り畳み傘もレインコートも準備しているが、獣道と化した足場の悪い森の中は危険すぎる。
幸いにも暑くも寒くもない季節だったので、最悪長時間の滞在となっても大丈夫だろうと考えた。
ちなみに、結論から言うとそこはただの廃墟。
忌まわしい事故があったわけでもなければ凄惨な事件があったわけでもない、人がいなくなり無残に朽ち果てただけのただの古い洋館だった。
肝試しの先駆者達によって中は荒れていたものの、建物自体は十分な強度を保っていた。
万が一に備え外が見渡せる2階の部屋を拠点に定め、転がっていたイスを窓辺に寄せて雨がやむことをただただ祈るばかりだった。
◆
彼の目に赤い光が映ったのは、止まない雨にうんざりして「今日はここに泊まるしかないのか……」と溜息をついた時だった。
遠くの方に赤色灯が見えたのだった。
どうやらパトロール中のパトカーのようだが、雨に霞む景色にチラつく赤色灯の光は妙に毒々しく感じられ、妙な胸騒ぎがしたという。
かなり遠目に視認した時点では他人事だった。
激しい雨音のせいで確証は持てないがサイレンの音は鳴っていないようで、赤色灯だけを回した防犯・防災のパトロールかもしれないと思っていた。
しかしそんな安易な考えも、パトカーがコンビニを通り過ぎた辺りで妙な胸騒ぎへと変わる。
防犯・防災のためのパトロールであろうと信じていた彼の思いも虚しく、ついにパトカーは廃墟へと続く林道の入口に停車したのだった。
「何しに来たんだ?」
急激に彼の心臓は高鳴った。
廃墟に訪問者がある時、近所の人が通報することは多い。
しかしその日の彼は誰にも見られていないはずだった。コンビニにバイクを停めて飲み物などを購入して退店、そのまま何食わぬ顔で歩いて敷地を出た。
(コンビニの店員が?)
一瞬そんな考えが頭をよぎるが、ダラダラと仕事をしていたあのうだつの上がらなそうな中年男性店員が、ふらっと寄った若者の動向や無断駐車を気にしたはずもないと、失礼なことまで考える始末。
(通報もなしにこんな廃墟をパトロールするか? それとも洋館の所有者に頼まれたとか? いや、そんな個人的すぎる依頼じゃ動かないだろ……)
大雨の影響を受ける家なんて多すぎて1件1件対応するはずもないし、そんなに敏感に洋館の心配をするほどの所有者なら、そもそもここまで建物を朽ち果てさせることはないだろう。
様々な考えが頭に渦巻いている彼をよそに、パトカーの運転席のドアが開き1人の警察官が下りてきていた。
◆
「で、不法侵入が見つかったと?」
警察官に見つかってしまうという恐怖。
ホラー展開を期待していた私は、「そっち方面の怖い話か」と少しガッカリしてしまう。
しかし先輩の話はまだ終わりではなかった。
「いや、見つからなかったよ。俺は雨が降る前に洋館に入ってたから足跡もなかったはずだし、もし足跡があったとしても雨で流されてただろうからな」
「じゃあ何があったんです?」
「その警察官な、建物の中には一切入ってこなかったんだよ」
「え?」
「何かを確認するかのように、建物の周りをウロウロするだけだったんだ」
深夜の廃墟に特に出動要請もなくやってきた警察官。
廃墟探訪者を探すでも咎めるでもなく、ただ敷地内を徘徊していただけ。
「怪しいですね」
「だろ? 時々立ち止まってしゃがんで地面を見たりしてたんだけどさ、一通り見たらそのまま帰っていったんだよ」
それも来た道を帰っていったのだという。
つまりその警察官はパトロール中に何か気になることがあったから洋館を訪れたのではなく、洋館こそが目的地だったということになる。
「雨が上がって帰ろうとした時にさ、警察官がしゃがんでた場所をチラッと見たんだけど、何の変哲もない花壇だったりプランターしかなかったよ」
「その花壇って何か花が咲いてたりしませんでした?」
「アジサイでも咲いてりゃなって俺も考えたよ。もちろんそんな都合がいい話はなくて、雑草が伸び放題のただの花壇とプランターだった」
梶井基次郎の短編小説『櫻の樹の下には』に代表されるように、小説にはたびたび『花の下に死体が埋められている』という設定が用いられる。
特にアジサイなんかは土の性質で花の色が変化するという特徴があるため、推理小説でも死体の隠し場所暴きに使われることが多い花だ。
「それにもし死体を埋めてたとしても、花壇は見るからに数年から十数年は放置されてる感じだったし、プランターまで確認したりはしないだろ?」
そんな締め括りで話は終わり、先輩は帰っていった。
1人部室に残された私の頭を謎だけがグルグルと駆け回る。
・なぜ警察官は廃墟と化した洋館を訪れたのか?
・しゃがみこんだ彼は何を見ていたのか?
(そこに行けばわかるのかな?)
謎の行動を取った警察官が見ていた花壇やプランターを掘り返してみれば、何かわかるのだろうか?
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