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小雨降る
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その日は朝からしとしとと雨が降っていた。
昼に一度雨が上がったものの、このまま下校時刻までは止んでいてくれという俺の願いは虚しく、残すはあと1時間というところで雨脚は弱いながらも再び降り始めた。
(待ってれば止みそうだし、たまには図書室にでも行くか)
帰りに行きつけの本屋に直行して新刊を購入する予定だったが、ほとんど止みかけだったので少しだけ雨宿りをすることにした。
教室で本を読みながら待とうかとも思ったが手持ちの本はすべて読み終わっていたし、俺のクラスは音楽室に近くブラスバンド部の練習の音がそこそこの音量で響いてくるので、放課後は読書に適した環境ではなかった。
少し離れた場所にある図書室に入ると、カウンター内に司書の山下先生の姿はなく、代わりにクラス担任の児玉先生が暇そうに座っていた。
「おぉ木原か、いつもは一目散に帰るのに珍しいな」
図書室に似つかわしくない声量で話しかけられた。
「雨が止むまで時間を潰そうと思って。っていうか、珍しいなっていうのはこっちのセリフですよ」
「だよなぁ。いやな、山下先生が体調が悪いみたいだったから代わったんだよ」
児玉先生が司書の山下先生に惚れてるっていう噂は本当だったのかと少しにんまりしながら、「お疲れ様です」と流して奥の本棚へと足を進めた。
今では教育の一環としてマンガ本やラノベを揃えている学校も多いらしいが、当時の学校はまだまだお堅い場所だったので普段俺が好んで読んでいるラノベなどは一切なかった。
少しでも読みやすそうな小説を物色しながらうろついていると、文学書の棚に近いテーブルに彼女の姿を見つけた。
当然室内の電気は灯されていたが、雨のせいで図書室は薄暗かったのを強烈に覚えている。
そんな陰鬱な空気の中、彼女は椅子に深く腰掛けて背筋を伸ばして本を読んでいた。
(確かハーフとか言ってたよな)
彼女の肌の白さが薄暗闇に映え、その姿はまるで絵画のように美しかった。
そういえばクラスメートの誰かが、彼女の母親はフランス人ですごく美人だと話していたような気がする。
しかし外見的な美しさに心魅かれようと、朴念仁と言えば聞こえがいいが、恋愛ごとに初心だった当時の俺はさほど心揺さぶられることもなく本探しを再開した。
気になった本を1冊手に取ると、その空いた隙間から彼女が見えた。
すると、何とも絶妙なタイミングで彼女もこちらを見たのだった。
(目が合っちゃったな。隙間からずっと見てたとか思われたら嫌だな)
どうでもいい心配をしながらすぐに目を逸らしたものの、彼女はパタンと本を閉じて立ち上がってゆっくりと近づいてきているようだった。
「木原君」
名前を呼ばれたことよりも名前を覚えていてくれたことに少し感心したが、3年間同じクラスなら当然でもあった。俺だって話したことはないながらに彼女の名前を覚えていたんだし。
「桜田さん、どうかした?」
私のこと見てたでしょ、とか言われたらどうしようなんて心配は杞憂に終わり、彼女は眉を下げて申し訳なさそうな顔で言った。
「読みたい本があるんだけど届かなかったの。悪いけど取ってもらえないかな?」
当時の図書室には踏み台なんていう気が利いたものは準備されておらず、小柄な人だと棚の上の方にはなかなか手が届かない。
後から知ったがカウンター内にのみ小さめの脚立があり、司書の先生や図書委員達が返却された本を片付ける際に使用されていたらしい。誰でも使えるようにカウンターの外に置いておけばいいのに、と思ったのも懐かしい記憶だ。
「別にいいけど、それぐらい先生に頼めばいいのに」
すると俺の軽口に彼女は真剣に答えた。
「騒がしい人は苦手なの。木原君との会話、先生の声だけここまで響いてたわ」
「悪い人じゃないけど、先生は確かにうるさいもんなあ。で、どの本を取ればいい?」
背伸びしながら彼女が指した本を取ると、重量感のある文学集だった。
「難しそうな本」
率直な感想が思わず口をついてしまったが、彼女は気を悪くすることなく「ありがとう」と言った。
「外装から感じられるほど難しくないよ。これ、短編集みたいなもんだし」
「普段はラノベしか読んでないからね、それ以外は俺には全部難しいよ」
「あら、でもラノベだって立派な文学作品じゃない」
「桜田さんもラノベとか読んだりするの?」
「私もラノベ大好きよ。でも教室で読んでたら男子に話しかけられるから、学校では読まないことにしたの」
本当に騒がしいのが嫌いなんだなと苦笑した。
教室で休み時間に読むほどかどうかは別にして、俺達の学年にはラノベ好きが多かった気がする。
本当にラノベの話をしたかったのか、ラノベを取っ掛かりにして桜田さんと仲良くなりたかったのか、今となっては当時の男子諸君の気持ちは確かめられない。
「俺に話してよかったの? いや、もちろん言いふらしたりはしないけど」
「木原君は言いふらしたり騒いだりしないでしょ? まともにしゃべるのは今日が初めてだけど、3年も同じクラスだから何となくわかるわ」
そう言って笑った彼女の笑顔には、さすがにドキッとした。
昼に一度雨が上がったものの、このまま下校時刻までは止んでいてくれという俺の願いは虚しく、残すはあと1時間というところで雨脚は弱いながらも再び降り始めた。
(待ってれば止みそうだし、たまには図書室にでも行くか)
帰りに行きつけの本屋に直行して新刊を購入する予定だったが、ほとんど止みかけだったので少しだけ雨宿りをすることにした。
教室で本を読みながら待とうかとも思ったが手持ちの本はすべて読み終わっていたし、俺のクラスは音楽室に近くブラスバンド部の練習の音がそこそこの音量で響いてくるので、放課後は読書に適した環境ではなかった。
少し離れた場所にある図書室に入ると、カウンター内に司書の山下先生の姿はなく、代わりにクラス担任の児玉先生が暇そうに座っていた。
「おぉ木原か、いつもは一目散に帰るのに珍しいな」
図書室に似つかわしくない声量で話しかけられた。
「雨が止むまで時間を潰そうと思って。っていうか、珍しいなっていうのはこっちのセリフですよ」
「だよなぁ。いやな、山下先生が体調が悪いみたいだったから代わったんだよ」
児玉先生が司書の山下先生に惚れてるっていう噂は本当だったのかと少しにんまりしながら、「お疲れ様です」と流して奥の本棚へと足を進めた。
今では教育の一環としてマンガ本やラノベを揃えている学校も多いらしいが、当時の学校はまだまだお堅い場所だったので普段俺が好んで読んでいるラノベなどは一切なかった。
少しでも読みやすそうな小説を物色しながらうろついていると、文学書の棚に近いテーブルに彼女の姿を見つけた。
当然室内の電気は灯されていたが、雨のせいで図書室は薄暗かったのを強烈に覚えている。
そんな陰鬱な空気の中、彼女は椅子に深く腰掛けて背筋を伸ばして本を読んでいた。
(確かハーフとか言ってたよな)
彼女の肌の白さが薄暗闇に映え、その姿はまるで絵画のように美しかった。
そういえばクラスメートの誰かが、彼女の母親はフランス人ですごく美人だと話していたような気がする。
しかし外見的な美しさに心魅かれようと、朴念仁と言えば聞こえがいいが、恋愛ごとに初心だった当時の俺はさほど心揺さぶられることもなく本探しを再開した。
気になった本を1冊手に取ると、その空いた隙間から彼女が見えた。
すると、何とも絶妙なタイミングで彼女もこちらを見たのだった。
(目が合っちゃったな。隙間からずっと見てたとか思われたら嫌だな)
どうでもいい心配をしながらすぐに目を逸らしたものの、彼女はパタンと本を閉じて立ち上がってゆっくりと近づいてきているようだった。
「木原君」
名前を呼ばれたことよりも名前を覚えていてくれたことに少し感心したが、3年間同じクラスなら当然でもあった。俺だって話したことはないながらに彼女の名前を覚えていたんだし。
「桜田さん、どうかした?」
私のこと見てたでしょ、とか言われたらどうしようなんて心配は杞憂に終わり、彼女は眉を下げて申し訳なさそうな顔で言った。
「読みたい本があるんだけど届かなかったの。悪いけど取ってもらえないかな?」
当時の図書室には踏み台なんていう気が利いたものは準備されておらず、小柄な人だと棚の上の方にはなかなか手が届かない。
後から知ったがカウンター内にのみ小さめの脚立があり、司書の先生や図書委員達が返却された本を片付ける際に使用されていたらしい。誰でも使えるようにカウンターの外に置いておけばいいのに、と思ったのも懐かしい記憶だ。
「別にいいけど、それぐらい先生に頼めばいいのに」
すると俺の軽口に彼女は真剣に答えた。
「騒がしい人は苦手なの。木原君との会話、先生の声だけここまで響いてたわ」
「悪い人じゃないけど、先生は確かにうるさいもんなあ。で、どの本を取ればいい?」
背伸びしながら彼女が指した本を取ると、重量感のある文学集だった。
「難しそうな本」
率直な感想が思わず口をついてしまったが、彼女は気を悪くすることなく「ありがとう」と言った。
「外装から感じられるほど難しくないよ。これ、短編集みたいなもんだし」
「普段はラノベしか読んでないからね、それ以外は俺には全部難しいよ」
「あら、でもラノベだって立派な文学作品じゃない」
「桜田さんもラノベとか読んだりするの?」
「私もラノベ大好きよ。でも教室で読んでたら男子に話しかけられるから、学校では読まないことにしたの」
本当に騒がしいのが嫌いなんだなと苦笑した。
教室で休み時間に読むほどかどうかは別にして、俺達の学年にはラノベ好きが多かった気がする。
本当にラノベの話をしたかったのか、ラノベを取っ掛かりにして桜田さんと仲良くなりたかったのか、今となっては当時の男子諸君の気持ちは確かめられない。
「俺に話してよかったの? いや、もちろん言いふらしたりはしないけど」
「木原君は言いふらしたり騒いだりしないでしょ? まともにしゃべるのは今日が初めてだけど、3年も同じクラスだから何となくわかるわ」
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