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第4章 いろいろ巻き込まれていく流れ
95話 あの日の光のため①
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新しく始めたお代わりサービスが大好評な8月、第1週の5日金曜日の夜にその2人は来店した。
「すまない。申し訳ないのだが、妻の料理だけ一口サイズに切り分けてもらうことはできるかな?」
金曜日はチキン南蛮の日、ランバードのムネ肉を使用した料理だ。
5等分に切り分けて提供してるけど、1枚肉を使用しているので1切れずつもボリュームがあって、女性やご年配の方がかぶりつくにはちょっと大きいのかもしれない。
しかし小さく切れば切るほど断面が増え、旨みの詰まった肉汁が流れ出てしまうため、切り分けるサイズは飲食店にとって永遠の課題だ。
「もちろんですよ。お1人様分だけ一口サイズに切り分けさせていただきますね。札の番号を確認してもよろしいでしょうか?」
「20番ですわ。お手数おかけしますわね」
「すまない、助かる」
ご夫婦だろうか、とても絵になる渋い男性と美しい女性だ。
笑顔で「もう少々お待ちください」と伝え、キッチンへと急ぐ。
「ミーニャ。20番の料理だけど、一口サイズのカットを希望だ。よろしくね!」
「わかりました!」
一口サイズを希望されるのも初めてじゃないので、スタッフ達も手馴れている。
身近な人だと、ビービーさんも一口サイズのカットを希望することが多いからね。
特別オーダーを流した後、少しキッチンの様子を見てホールの片付けやセッティングに戻ったんだけど、何となく視線を感じたのでそちらを振り返る。
すると、先ほどの夫婦らしき2人とバッチリ目が合った。
何となく笑顔で会釈をすると、あちらも揃って笑顔で会釈を返してきた。
(どこかで会ったかな? たぶん初めてのお客様だと思うんだけどな……)
その後も何度か視線を感じ、都度あの2人が俺を見ていた。
別に不快な視線じゃないんだけど、特別注目されるようなことをしているわけではないので、何となく居心地が悪かった。
そうこうしているうちに閉店時間が差し迫り、残るは例の夫婦と思しき2人だけとなった。
すでに食事を終えた2人は、穏やかな表情で会話をしている。
やはり名画のように見えて仕方ない光景で惜しい気もしたけど、2人の席へと歩み寄る。
閉店時間だと告げようとすると、その前にあちらから声をかけられた。
「君がこの店の店主、ジョージ殿で間違いないかな?」
穏やかながらも力強さを感じるその物言いに一瞬面食らったけど、辛うじて「えっ、あっ、はい」と情けないながら返事をすることはできた。
「うむ、良い青年のようだな」
「は、はぁ。ありがとうございます」
青年って歳じゃないけど。
「突然ごめんなさいね。あたし達はイルーノに頼まれてこのお店に来ましたの。途中からは依頼なんて忘れて、食事に夢中になってしまいましたけど」
「確かにな」
笑い合う2人は相変わらず穏やかだけど、さっぱり意味がわからない。
「イルーノ様が私のことを何か話されたのですか?」
「直接話したわけではなく、手紙に記されていたのだ。イルーノが珍しく手紙を寄こしてきたので何事かと思ったら、『フェーレースという店の店主を見定めてほしい』という不可思議な依頼でな」
「手紙には彼の所感は書かれてなくて、先入観なしであなたのことを見定めてほしかったみたいね」
「えっと、ますます意味がわからないのですが」
返事に窮してそれだけ返すと、2人も困ったように笑った。
「いや、実は私達も深い事情はわかっていないのだよ。ただ手紙の最後に、『君達2人が信用に足る人物だと判断した場合、ジョージ様と一緒に教会を訪ねてほしい』とあったのだ」
イルーノ様は何がしたいのだろうか?
「あたし達は人を見定めるという点で、他者より長けていると自負しています。ジョージ様は信用に足る人物だとお見受けしましたので、どうか教会へご一緒していただけませんでしょうか?」
「えっと……いまいち状況が掴めていないのですが、お二人がイルーノ様の知り合いで人を見ることに長けていること、イルーノ様が教会に来て欲しがっていることだけはわかりました」
「私達も同じ程度の状況把握しかできていないがな」
「ではもう少しお待ちいただいてよろしいですか? 閉店作業が残っていますし、警備隊に護衛もお願いしたいので」
俺には店の外で身を守る術がないので、以前教会にカヌウ丼を提供しに行った時のように、夜に外出する際は警備隊に護衛をお願いするようにしている。
しかし俺の言葉を聞いた2人はニッコリと微笑みながら言った。
「閉店作業は大切でしょうけど、警備隊の護衛は必要ありませんわ」
「私達は冒険者だからね。君の護衛は任せてくれたまえ」
「すまない。申し訳ないのだが、妻の料理だけ一口サイズに切り分けてもらうことはできるかな?」
金曜日はチキン南蛮の日、ランバードのムネ肉を使用した料理だ。
5等分に切り分けて提供してるけど、1枚肉を使用しているので1切れずつもボリュームがあって、女性やご年配の方がかぶりつくにはちょっと大きいのかもしれない。
しかし小さく切れば切るほど断面が増え、旨みの詰まった肉汁が流れ出てしまうため、切り分けるサイズは飲食店にとって永遠の課題だ。
「もちろんですよ。お1人様分だけ一口サイズに切り分けさせていただきますね。札の番号を確認してもよろしいでしょうか?」
「20番ですわ。お手数おかけしますわね」
「すまない、助かる」
ご夫婦だろうか、とても絵になる渋い男性と美しい女性だ。
笑顔で「もう少々お待ちください」と伝え、キッチンへと急ぐ。
「ミーニャ。20番の料理だけど、一口サイズのカットを希望だ。よろしくね!」
「わかりました!」
一口サイズを希望されるのも初めてじゃないので、スタッフ達も手馴れている。
身近な人だと、ビービーさんも一口サイズのカットを希望することが多いからね。
特別オーダーを流した後、少しキッチンの様子を見てホールの片付けやセッティングに戻ったんだけど、何となく視線を感じたのでそちらを振り返る。
すると、先ほどの夫婦らしき2人とバッチリ目が合った。
何となく笑顔で会釈をすると、あちらも揃って笑顔で会釈を返してきた。
(どこかで会ったかな? たぶん初めてのお客様だと思うんだけどな……)
その後も何度か視線を感じ、都度あの2人が俺を見ていた。
別に不快な視線じゃないんだけど、特別注目されるようなことをしているわけではないので、何となく居心地が悪かった。
そうこうしているうちに閉店時間が差し迫り、残るは例の夫婦と思しき2人だけとなった。
すでに食事を終えた2人は、穏やかな表情で会話をしている。
やはり名画のように見えて仕方ない光景で惜しい気もしたけど、2人の席へと歩み寄る。
閉店時間だと告げようとすると、その前にあちらから声をかけられた。
「君がこの店の店主、ジョージ殿で間違いないかな?」
穏やかながらも力強さを感じるその物言いに一瞬面食らったけど、辛うじて「えっ、あっ、はい」と情けないながら返事をすることはできた。
「うむ、良い青年のようだな」
「は、はぁ。ありがとうございます」
青年って歳じゃないけど。
「突然ごめんなさいね。あたし達はイルーノに頼まれてこのお店に来ましたの。途中からは依頼なんて忘れて、食事に夢中になってしまいましたけど」
「確かにな」
笑い合う2人は相変わらず穏やかだけど、さっぱり意味がわからない。
「イルーノ様が私のことを何か話されたのですか?」
「直接話したわけではなく、手紙に記されていたのだ。イルーノが珍しく手紙を寄こしてきたので何事かと思ったら、『フェーレースという店の店主を見定めてほしい』という不可思議な依頼でな」
「手紙には彼の所感は書かれてなくて、先入観なしであなたのことを見定めてほしかったみたいね」
「えっと、ますます意味がわからないのですが」
返事に窮してそれだけ返すと、2人も困ったように笑った。
「いや、実は私達も深い事情はわかっていないのだよ。ただ手紙の最後に、『君達2人が信用に足る人物だと判断した場合、ジョージ様と一緒に教会を訪ねてほしい』とあったのだ」
イルーノ様は何がしたいのだろうか?
「あたし達は人を見定めるという点で、他者より長けていると自負しています。ジョージ様は信用に足る人物だとお見受けしましたので、どうか教会へご一緒していただけませんでしょうか?」
「えっと……いまいち状況が掴めていないのですが、お二人がイルーノ様の知り合いで人を見ることに長けていること、イルーノ様が教会に来て欲しがっていることだけはわかりました」
「私達も同じ程度の状況把握しかできていないがな」
「ではもう少しお待ちいただいてよろしいですか? 閉店作業が残っていますし、警備隊に護衛もお願いしたいので」
俺には店の外で身を守る術がないので、以前教会にカヌウ丼を提供しに行った時のように、夜に外出する際は警備隊に護衛をお願いするようにしている。
しかし俺の言葉を聞いた2人はニッコリと微笑みながら言った。
「閉店作業は大切でしょうけど、警備隊の護衛は必要ありませんわ」
「私達は冒険者だからね。君の護衛は任せてくれたまえ」
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