上 下
95 / 96
第4章 いろいろ巻き込まれていく流れ

95話 あの日の光のため①

しおりを挟む
 新しく始めたお代わりサービスが大好評な8月、第1週の5日金曜日の夜にその2人は来店した。

「すまない。申し訳ないのだが、妻の料理だけ一口サイズに切り分けてもらうことはできるかな?」

 金曜日はチキン南蛮の日、ランバードのムネ肉を使用した料理だ。
5等分に切り分けて提供してるけど、1枚肉を使用しているので1切れずつもボリュームがあって、女性やご年配の方がかぶりつくにはちょっと大きいのかもしれない。

 しかし小さく切れば切るほど断面が増え、旨みの詰まった肉汁が流れ出てしまうため、切り分けるサイズは飲食店にとって永遠の課題だ。

「もちろんですよ。お1人様分だけ一口サイズに切り分けさせていただきますね。札の番号を確認してもよろしいでしょうか?」

「20番ですわ。お手数おかけしますわね」

「すまない、助かる」

 ご夫婦だろうか、とても絵になる渋い男性と美しい女性だ。
笑顔で「もう少々お待ちください」と伝え、キッチンへと急ぐ。

「ミーニャ。20番の料理だけど、一口サイズのカットを希望だ。よろしくね!」

「わかりました!」

 一口サイズを希望されるのも初めてじゃないので、スタッフ達も手馴れている。
身近な人だと、ビービーさんも一口サイズのカットを希望することが多いからね。

 特別オーダーを流した後、少しキッチンの様子を見てホールの片付けやセッティングに戻ったんだけど、何となく視線を感じたのでそちらを振り返る。

 すると、先ほどの夫婦らしき2人とバッチリ目が合った。
何となく笑顔で会釈をすると、あちらも揃って笑顔で会釈を返してきた。

(どこかで会ったかな? たぶん初めてのお客様だと思うんだけどな……)

 その後も何度か視線を感じ、都度あの2人が俺を見ていた。
別に不快な視線じゃないんだけど、特別注目されるようなことをしているわけではないので、何となく居心地が悪かった。

 そうこうしているうちに閉店時間が差し迫り、残るは例の夫婦と思しき2人だけとなった。

 すでに食事を終えた2人は、穏やかな表情で会話をしている。
やはり名画のように見えて仕方ない光景で惜しい気もしたけど、2人の席へと歩み寄る。

 閉店時間だと告げようとすると、その前にあちらから声をかけられた。

「君がこの店の店主、ジョージ殿で間違いないかな?」

 穏やかながらも力強さを感じるその物言いに一瞬面食らったけど、辛うじて「えっ、あっ、はい」と情けないながら返事をすることはできた。

「うむ、良い青年のようだな」

「は、はぁ。ありがとうございます」

 青年って歳じゃないけど。

「突然ごめんなさいね。あたし達はイルーノに頼まれてこのお店に来ましたの。途中からは依頼なんて忘れて、食事に夢中になってしまいましたけど」

「確かにな」

 笑い合う2人は相変わらず穏やかだけど、さっぱり意味がわからない。

「イルーノ様が私のことを何か話されたのですか?」

「直接話したわけではなく、手紙に記されていたのだ。イルーノが珍しく手紙を寄こしてきたので何事かと思ったら、『フェーレースという店の店主を見定めてほしい』という不可思議な依頼でな」

「手紙には彼の所感は書かれてなくて、先入観なしであなたのことを見定めてほしかったみたいね」

「えっと、ますます意味がわからないのですが」

 返事に窮してそれだけ返すと、2人も困ったように笑った。

「いや、実は私達も深い事情はわかっていないのだよ。ただ手紙の最後に、『君達2人が信用に足る人物だと判断した場合、ジョージ様と一緒に教会を訪ねてほしい』とあったのだ」

 イルーノ様は何がしたいのだろうか?

「あたし達は人を見定めるという点で、他者より長けていると自負しています。ジョージ様は信用に足る人物だとお見受けしましたので、どうか教会へご一緒していただけませんでしょうか?」

「えっと……いまいち状況が掴めていないのですが、お二人がイルーノ様の知り合いで人を見ることに長けていること、イルーノ様が教会に来て欲しがっていることだけはわかりました」

「私達も同じ程度の状況把握しかできていないがな」

「ではもう少しお待ちいただいてよろしいですか? 閉店作業が残っていますし、警備隊に護衛もお願いしたいので」

 俺には店の外で身を守る術がないので、以前教会にカヌウ丼を提供しに行った時のように、夜に外出する際は警備隊に護衛をお願いするようにしている。

 しかし俺の言葉を聞いた2人はニッコリと微笑みながら言った。

「閉店作業は大切でしょうけど、警備隊の護衛は必要ありませんわ」

「私達は冒険者だからね。君の護衛は任せてくれたまえ」
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

処理中です...