90 / 96
第4章 いろいろ巻き込まれていく流れ
90話 ワガママと笑顔と涙と①
しおりを挟む
7月も折り返しの15日のことだった。
料理の提供数を増やしての営業もすっかり安定し、特に月曜日は全員が出勤なので俺は楽をさせてもらっている。具体的に言うと、奥の住居スペースで事務処理の作業に没頭することができるのだ。
先週の分の売上をまとめたり帳簿の記入をしたりしていると、不意に部屋の扉がノックされた。
「どうぞー」
失礼します、という声と共に扉を開けたのはニャジーだった。
「事務作業中にすみません。今来られたお客様が店長を呼んでほしいと言っておられまして」
「わかった、すぐ行くよ」
ニャジーは店1番のしっかり者なので、彼女が名前を言わないということはスタッフ達が知らない誰かが訪ねてきたんだろう。
でもそんな人いたかな?
ホールに出てすぐに、盛況な店内の奥の席にその姿を見つけた。
なんだろう、とても失礼なことだとは思うけど、嫌な予感がする。
「ご無沙汰してます、マリアさん」
修道服を纏ってないから一瞬わからなかったけど、楽し気に食事をしていたのはマリアさんだった。
「お呼び立てして申し訳ございません」
マリアさんは立ち上がりペコリと頭を下げる。
教会で受付をこなしているシスターで、これまで何度か話す機会があった。同じ席のお連れ様も見覚えがあるので、もしかしたらカヌウ丼を振る舞った時にいた教会関係者だろう。
「私達今日は夜からの勤務なので、ジョージ様のお店で食事をして英気を養おうという話になったのです」
「そうなんですね。皆様わざわざのご来店、誠にありがとうございます」
ペコリと頭を下げると、「いやいや、この前のカヌウ丼が美味しかったから他の料理も気になってさ!」と明るく接してくれる。
「けど大丈夫ですか? こんなことを言ってはなんですが、シジル様にバレたりしたら……」
「えっと、実はそのことでお話もあったので本日お伺いしたのです……」
急に引き攣った笑顔になり、声のトーンが落ちるマリアさん。
待って待って、これ、絶対面倒ごとになりそうなやつだよね?
「あの、その話って聞かなきゃダメですかね? 私の本能が全力で拒否してるんですけど……」
「無理して聞いていただかなくても大丈夫なのですが、聞いていた方が心の準備ができると思います」
あー、これ絶対あれだわ、オイ氏が立てたフラグを回収するやつだわぁ……。
絶対そうだよ、だって同席してる人も苦笑いしたり目を逸らしたりしてるもん!
「……心の準備を万端にしておきたいので、聞かせていただいていいですか?」
「単刀直入に申し上げます。シジル様がお忍びでこの店に来ようと画策しておられます」
「ほら見ろ!」
思ったとおりだよ!
しかもお忍びで来ようと画策してるのに、めっちゃバレてんじゃん!
「シジル様のお世話係から密告がありました。イルーノ様の目を盗むよう、市居の方が普段着ているような服を揃えているようです」
「変装して来る気なんですね……」
「服装だけ取り繕ってもオーラでバレるんですけどね……」
教会の方々もホントに苦労しているようだ。
「貴族の中には教会を良く思ってない方もいらっしゃいますし、治療費の高額さ故に治療を受けれなかった人やその身内から恨まれていたりもしますので、教会の特に上層部の方は外出を控えるのが暗黙のルールとなってるのです」
暗殺とかがあるってことなのかな?
治療費が払えずに泣く泣く治療を諦めた人がいたとしたら、本人や身内の人は恨みとか抱えそうだもんな。
「俺は門番をしてるのだが、たまに恨みを持つ者から石を投げられたりもするからな。門番でさえこれだから、シジル様やイルーノ様だとどんな仕打ちを受けるかわからないんだよ」
「そりゃ用心しますよね。ちなみにシジル様は何て言ってるんですか?」
「シジル様は『私は1人でも大丈夫ですよ』と笑っておられるだけです。治療や解毒魔法の他にも神聖魔法も使えますので、ある程度対処できるのは事実なのですが……」
さすがは元冒険者だ。
でもマリアさん達が危惧しているのは、貴族の反教会派みたいな人達が徒党を組んで襲ってきたり、恨みを持った一般市民が暴徒と化して群衆で襲ってくることだろう。
「この前みたいに、私が料理を持って行ったり作りに行ったりするのはダメなんですか?」
あんまりやりたくないけど、土曜日の夜なら次の日が休みだから多少遅くなっても平気だし。
「イルーノ様も同じようなことを考えたようで、ジョージ様に了承を得た上で提案しようとしていたみたいなのですが、どうやらシジル様は美味なる料理を召し上がりたいだけではなく、こちらのお店に伺いたいようなのです」
「イルーノ様を始めとして、皆様がいいのであれば私どもは別段拒むわけでも迷惑でもないんですけど、やっぱり現実的ではないのですよね?」
「仰るとおりです。過去には、教会の者が訪問治療をしている際に訪問先の家ごと燃やされたという事件もあったみたいで、過激派の人に見つかったら何が起こるかわかりません」
「こわっ!」
「ですので、イルーノ様は教会とジョージ様が懇意にしていることを隠したいのです。しかし美味なる食事に心を奪われたシジル様は、えっと、その……」
「盲目になってらっしゃると」
「はい……」
言いにくそうだったので代弁してあげた。
「イルーノ様が必死に止めてらっしゃるので、しばらくは大丈夫だと思われます。しかしシジル様がいつどんな突飛な行動にでるかもわかりませんので、近いうちにシジル様とお話だけでもしていただけないでしょうか?」
盲目になっているとはいえ、シジル様のことだし「迷惑だからやめてください!」って俺が突っぱねればやめてはくれるだろう。けどそれはそれでかわいそうなんだよなぁ。
「わかりました。どう転ぶかわかりませんけど、できるだけ早めに教会にお伺いしようと思います」
「「「ありがとうございます!」」」
声をそろえてお礼を言う教会関係者の皆さんだったが、どこか憑き物が落ちたような顔をしていたのが妙に複雑に、妙に恨めしく思えてしまうのだった。
料理の提供数を増やしての営業もすっかり安定し、特に月曜日は全員が出勤なので俺は楽をさせてもらっている。具体的に言うと、奥の住居スペースで事務処理の作業に没頭することができるのだ。
先週の分の売上をまとめたり帳簿の記入をしたりしていると、不意に部屋の扉がノックされた。
「どうぞー」
失礼します、という声と共に扉を開けたのはニャジーだった。
「事務作業中にすみません。今来られたお客様が店長を呼んでほしいと言っておられまして」
「わかった、すぐ行くよ」
ニャジーは店1番のしっかり者なので、彼女が名前を言わないということはスタッフ達が知らない誰かが訪ねてきたんだろう。
でもそんな人いたかな?
ホールに出てすぐに、盛況な店内の奥の席にその姿を見つけた。
なんだろう、とても失礼なことだとは思うけど、嫌な予感がする。
「ご無沙汰してます、マリアさん」
修道服を纏ってないから一瞬わからなかったけど、楽し気に食事をしていたのはマリアさんだった。
「お呼び立てして申し訳ございません」
マリアさんは立ち上がりペコリと頭を下げる。
教会で受付をこなしているシスターで、これまで何度か話す機会があった。同じ席のお連れ様も見覚えがあるので、もしかしたらカヌウ丼を振る舞った時にいた教会関係者だろう。
「私達今日は夜からの勤務なので、ジョージ様のお店で食事をして英気を養おうという話になったのです」
「そうなんですね。皆様わざわざのご来店、誠にありがとうございます」
ペコリと頭を下げると、「いやいや、この前のカヌウ丼が美味しかったから他の料理も気になってさ!」と明るく接してくれる。
「けど大丈夫ですか? こんなことを言ってはなんですが、シジル様にバレたりしたら……」
「えっと、実はそのことでお話もあったので本日お伺いしたのです……」
急に引き攣った笑顔になり、声のトーンが落ちるマリアさん。
待って待って、これ、絶対面倒ごとになりそうなやつだよね?
「あの、その話って聞かなきゃダメですかね? 私の本能が全力で拒否してるんですけど……」
「無理して聞いていただかなくても大丈夫なのですが、聞いていた方が心の準備ができると思います」
あー、これ絶対あれだわ、オイ氏が立てたフラグを回収するやつだわぁ……。
絶対そうだよ、だって同席してる人も苦笑いしたり目を逸らしたりしてるもん!
「……心の準備を万端にしておきたいので、聞かせていただいていいですか?」
「単刀直入に申し上げます。シジル様がお忍びでこの店に来ようと画策しておられます」
「ほら見ろ!」
思ったとおりだよ!
しかもお忍びで来ようと画策してるのに、めっちゃバレてんじゃん!
「シジル様のお世話係から密告がありました。イルーノ様の目を盗むよう、市居の方が普段着ているような服を揃えているようです」
「変装して来る気なんですね……」
「服装だけ取り繕ってもオーラでバレるんですけどね……」
教会の方々もホントに苦労しているようだ。
「貴族の中には教会を良く思ってない方もいらっしゃいますし、治療費の高額さ故に治療を受けれなかった人やその身内から恨まれていたりもしますので、教会の特に上層部の方は外出を控えるのが暗黙のルールとなってるのです」
暗殺とかがあるってことなのかな?
治療費が払えずに泣く泣く治療を諦めた人がいたとしたら、本人や身内の人は恨みとか抱えそうだもんな。
「俺は門番をしてるのだが、たまに恨みを持つ者から石を投げられたりもするからな。門番でさえこれだから、シジル様やイルーノ様だとどんな仕打ちを受けるかわからないんだよ」
「そりゃ用心しますよね。ちなみにシジル様は何て言ってるんですか?」
「シジル様は『私は1人でも大丈夫ですよ』と笑っておられるだけです。治療や解毒魔法の他にも神聖魔法も使えますので、ある程度対処できるのは事実なのですが……」
さすがは元冒険者だ。
でもマリアさん達が危惧しているのは、貴族の反教会派みたいな人達が徒党を組んで襲ってきたり、恨みを持った一般市民が暴徒と化して群衆で襲ってくることだろう。
「この前みたいに、私が料理を持って行ったり作りに行ったりするのはダメなんですか?」
あんまりやりたくないけど、土曜日の夜なら次の日が休みだから多少遅くなっても平気だし。
「イルーノ様も同じようなことを考えたようで、ジョージ様に了承を得た上で提案しようとしていたみたいなのですが、どうやらシジル様は美味なる料理を召し上がりたいだけではなく、こちらのお店に伺いたいようなのです」
「イルーノ様を始めとして、皆様がいいのであれば私どもは別段拒むわけでも迷惑でもないんですけど、やっぱり現実的ではないのですよね?」
「仰るとおりです。過去には、教会の者が訪問治療をしている際に訪問先の家ごと燃やされたという事件もあったみたいで、過激派の人に見つかったら何が起こるかわかりません」
「こわっ!」
「ですので、イルーノ様は教会とジョージ様が懇意にしていることを隠したいのです。しかし美味なる食事に心を奪われたシジル様は、えっと、その……」
「盲目になってらっしゃると」
「はい……」
言いにくそうだったので代弁してあげた。
「イルーノ様が必死に止めてらっしゃるので、しばらくは大丈夫だと思われます。しかしシジル様がいつどんな突飛な行動にでるかもわかりませんので、近いうちにシジル様とお話だけでもしていただけないでしょうか?」
盲目になっているとはいえ、シジル様のことだし「迷惑だからやめてください!」って俺が突っぱねればやめてはくれるだろう。けどそれはそれでかわいそうなんだよなぁ。
「わかりました。どう転ぶかわかりませんけど、できるだけ早めに教会にお伺いしようと思います」
「「「ありがとうございます!」」」
声をそろえてお礼を言う教会関係者の皆さんだったが、どこか憑き物が落ちたような顔をしていたのが妙に複雑に、妙に恨めしく思えてしまうのだった。
0
お気に入りに追加
1,140
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~
名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。


転生しても山あり谷あり!
tukisirokou
ファンタジー
「転生前も山あり谷ありの人生だったのに転生しても山あり谷ありの人生なんて!!」
兎にも角にも今世は
“おばあちゃんになったら縁側で日向ぼっこしながら猫とたわむる!”
を最終目標に主人公が行く先々の困難を負けずに頑張る物語・・・?

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

社畜生活の果て、最後に師匠に会いたいと願った。
黒鴉宙ニ
ファンタジー
仕事、仕事、仕事。果てのない仕事に追われる魔法使いのモニカ。栗色の艶のあった髪は手入れができずにしなびたまま。師匠は北東のダンジョンへ行っており、その親友であるリカルドさんが上司となり魔物討伐を行う魔法部隊で働いている。
優しかったリカルドさんは冷たくなり、同僚たちとは仲良くなれない。そんな中、ようやく師匠帰還のめどがついた。そして最後に師匠へ良い知らせを送ろうと水竜の討伐へと向かった──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる