異世界でホワイトな飲食店経営を

視世陽木

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第4章 いろいろ巻き込まれていく流れ

90話 ワガママと笑顔と涙と①

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 7月も折り返しの15日のことだった。
料理の提供数を増やしての営業もすっかり安定し、特に月曜日は全員が出勤なので俺は楽をさせてもらっている。具体的に言うと、奥の住居スペースで事務処理の作業に没頭することができるのだ。

 先週の分の売上をまとめたり帳簿の記入をしたりしていると、不意に部屋の扉がノックされた。

「どうぞー」

 失礼します、という声と共に扉を開けたのはニャジーだった。

「事務作業中にすみません。今来られたお客様が店長を呼んでほしいと言っておられまして」

「わかった、すぐ行くよ」

 ニャジーは店1番のしっかり者なので、彼女が名前を言わないということはスタッフ達が知らない誰かが訪ねてきたんだろう。
でもそんな人いたかな?

 ホールに出てすぐに、盛況な店内の奥の席にその姿を見つけた。
なんだろう、とても失礼なことだとは思うけど、嫌な予感がする。

「ご無沙汰してます、マリアさん」

 修道服を纏ってないから一瞬わからなかったけど、楽し気に食事をしていたのはマリアさんだった。

「お呼び立てして申し訳ございません」

 マリアさんは立ち上がりペコリと頭を下げる。
教会で受付をこなしているシスターで、これまで何度か話す機会があった。同じ席のお連れ様も見覚えがあるので、もしかしたらカヌウ丼を振る舞った時にいた教会関係者だろう。

「私達今日は夜からの勤務なので、ジョージ様のお店で食事をして英気を養おうという話になったのです」

「そうなんですね。皆様わざわざのご来店、誠にありがとうございます」

 ペコリと頭を下げると、「いやいや、この前のカヌウ丼が美味しかったから他の料理も気になってさ!」と明るく接してくれる。

「けど大丈夫ですか? こんなことを言ってはなんですが、シジル様にバレたりしたら……」

「えっと、実はそのことでお話もあったので本日お伺いしたのです……」

 急に引き攣った笑顔になり、声のトーンが落ちるマリアさん。
待って待って、これ、絶対面倒ごとになりそうなやつだよね?

「あの、その話って聞かなきゃダメですかね? 私の本能が全力で拒否してるんですけど……」

「無理して聞いていただかなくても大丈夫なのですが、聞いていた方が心の準備ができると思います」

 あー、これ絶対あれだわ、オイ氏が立てたフラグを回収するやつだわぁ……。
絶対そうだよ、だって同席してる人も苦笑いしたり目を逸らしたりしてるもん!

「……心の準備を万端にしておきたいので、聞かせていただいていいですか?」

「単刀直入に申し上げます。シジル様がお忍びでこの店に来ようと画策しておられます」

「ほら見ろ!」

 思ったとおりだよ!
しかもお忍びで来ようと画策してるのに、めっちゃバレてんじゃん!

「シジル様のお世話係から密告がありました。イルーノ様の目を盗むよう、市居の方が普段着ているような服を揃えているようです」

「変装して来る気なんですね……」

「服装だけ取り繕ってもオーラでバレるんですけどね……」

 教会の方々もホントに苦労しているようだ。

「貴族の中には教会を良く思ってない方もいらっしゃいますし、治療費の高額さ故に治療を受けれなかった人やその身内から恨まれていたりもしますので、教会の特に上層部の方は外出を控えるのが暗黙のルールとなってるのです」

 暗殺とかがあるってことなのかな?
治療費が払えずに泣く泣く治療を諦めた人がいたとしたら、本人や身内の人は恨みとか抱えそうだもんな。

「俺は門番をしてるのだが、たまに恨みを持つ者から石を投げられたりもするからな。門番でさえこれだから、シジル様やイルーノ様だとどんな仕打ちを受けるかわからないんだよ」

「そりゃ用心しますよね。ちなみにシジル様は何て言ってるんですか?」

「シジル様は『私は1人でも大丈夫ですよ』と笑っておられるだけです。治療や解毒魔法の他にも神聖魔法も使えますので、ある程度対処できるのは事実なのですが……」

 さすがは元冒険者だ。
でもマリアさん達が危惧しているのは、貴族の反教会派みたいな人達が徒党を組んで襲ってきたり、恨みを持った一般市民が暴徒と化して群衆で襲ってくることだろう。

「この前みたいに、私が料理を持って行ったり作りに行ったりするのはダメなんですか?」

 あんまりやりたくないけど、土曜日の夜なら次の日が休みだから多少遅くなっても平気だし。

「イルーノ様も同じようなことを考えたようで、ジョージ様に了承を得た上で提案しようとしていたみたいなのですが、どうやらシジル様は美味なる料理を召し上がりたいだけではなく、こちらのお店に伺いたいようなのです」

「イルーノ様を始めとして、皆様がいいのであれば私どもは別段拒むわけでも迷惑でもないんですけど、やっぱり現実的ではないのですよね?」

「仰るとおりです。過去には、教会の者が訪問治療をしている際に訪問先の家ごと燃やされたという事件もあったみたいで、過激派の人に見つかったら何が起こるかわかりません」

「こわっ!」

「ですので、イルーノ様は教会とジョージ様が懇意にしていることを隠したいのです。しかし美味なる食事に心を奪われたシジル様は、えっと、その……」

「盲目になってらっしゃると」

「はい……」

 言いにくそうだったので代弁してあげた。

「イルーノ様が必死に止めてらっしゃるので、しばらくは大丈夫だと思われます。しかしシジル様がいつどんな突飛な行動にでるかもわかりませんので、近いうちにシジル様とお話だけでもしていただけないでしょうか?」

 盲目になっているとはいえ、シジル様のことだし「迷惑だからやめてください!」って俺が突っぱねればやめてはくれるだろう。けどそれはそれでかわいそうなんだよなぁ。

「わかりました。どう転ぶかわかりませんけど、できるだけ早めに教会にお伺いしようと思います」

「「「ありがとうございます!」」」

 声をそろえてお礼を言う教会関係者の皆さんだったが、どこか憑き物が落ちたような顔をしていたのが妙に複雑に、妙に恨めしく思えてしまうのだった。
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