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第3章 いわゆるアナザーストーリーってやつ
69話 とあるギルドマスターの高揚③
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「オイさん、これ……」
「ぬぬぬぬぬ……。ジョージめ、おもしろいことを考えよる!」
4月13日、フェーレースのプレオープンとかいう予行練習の日。
店の前の説明書きがされた案内板を読んだワシらは、早速うならされることとなった。
共に来た4人の職員も、驚愕やら感心やらの目をしておる。
この4人、おそらく選抜の地獄を見てきた者達じゃ。面構えが違う。
商売をやる上で、家賃や消耗品といった出費は余程のことがない限り変動はない。
じゃからこそ、良いか悪いかは別として、店側が経費を切り詰めるとしたらまずは『人件費』となってしまう。
経営が順調でない店や資金に余裕がない店は、人員を削れるだけ削り、それでも足りない時はさらに従業員の給金まで削る。
ギルド掲示板に掲示される求人募集は、給金の明確な額が記載されてることは少ない。
銀貨1枚と書いてしまうと「給金が安い!」と判断されてしまうから、「給金は面接の上で」と銀貨1枚~5枚程度に幅を持たせて記載して掲示し、いざ応募者が面接に来たら「年齢が~」じゃったり「経験が~」などとマイナス要素を挙げて、結局は銀貨1枚だったり2枚の当初の予定どおりの給金に持っていくことが多いと聞いておる。
(確かに年齢や経験が求められることもあるじゃろうが、極端に低い給金を設定したら理由をつけてすぐ辞められる、噂が広がって人が集まりにくくなるってことに気づかんのじゃろうかのぅ……)
そんな中で、ジョージの店 "フェーレース" は大胆な方針を取りよったのじゃ。
「客に料理の受け取りをさせるのであれば、確かに必要な人員は少なくなりますね」
店が広ければ広いほど、客席が多ければ多いほど、客が多ければ多いほど、給仕を勤める人員が多く必要になる。
しかし、客に受け取りや下膳をさせるのであれば、その人員は可能な限り減らすことができる。
「料理担当の者は料理に専念できますし、レジとやらの精算担当の者は精算に専念できるってことですね」
つまり1人の従業員がバタバタと走り回らなくてよくなるということじゃ。
不要になる給仕の仕事を、別の必要な役割に回すことができる、画期的なシステムじゃった。
(ううむ……。画期的なやり方じゃが、仕組み自体は至って簡単なものじゃ。商売に携わるワシらが考えつかんかったのが悔しいわい!)
心の中で悔やんでおると、さらに別の職員が言った。
「料金が一律銀貨1枚ってのもいいですな。銀貨1枚の後ろに『銅貨なら10枚』という注意書きもあるので、計算違いすることがありません 」
これも確かに利点じゃった。
街には計算ができない者や、計算が苦手な者がたくさんおる。
しかも心無い商売人は、そういった計算が不得手な者から釣り銭をごまかしたりすることもあるからタチが悪いんじゃ。
しかし料理が銀貨1枚という、ちと高いがわかりやすい料金設定にすることで、銀貨を1枚出すか銅貨を10枚出すだけで済む。
定食屋で金貨を使う者はおらんじゃろうから、お釣りなどの心配もほとんどせんでよいじゃろう。
「さてさて、話の続きは中でしようかの」
感心しっきりでいつまでも立ち尽くしておるのももったいない。
「「「いらっしゃいませ!」」」
店の扉を開くとすぐに元気で明るい声が響いて、何だか落ち着くような心地よさがあった。
「お言葉に甘えて来させてもらったぞい。今さらじゃが、こんなに連れてきてよかったかの?」
「もちろん大歓迎ですよ。こちらこそ本日のご来店、誠にありがとうございます。本番の営業に向けての予行練習の意味合いが強いので、思ったことや感じたことは何でも遠慮なく言ってくださいね」
「相分かった」
「「「ご馳走になります!」」」
職員達も挨拶を済ませ、レジと呼ばれる場所におった猫人族の可愛いお嬢ちゃんに招待状を渡すと、代わりに数字が書かれた小さな木の札を渡された。
「これは木札といいます。料理ができたら木札の番号でお呼びしますので、札を持ってあちらの受取口にて料理をお受け取りください」
「ほうほう、なるほどの」
「料理の受け取りの時に、ご飯の料理を少なめ・普通・大盛りから選べますが、少なめにしても同じ値段なので予めご了承ください」
入店前に案内板で内容はしっかり確認したが、猫人族のお嬢ちゃんの丁寧な説明のおかげでしっかり理解することができた。
「いやはや、これはやられたぞい!」
席への案内をしてくれるジョージに素直に伝えたところ、満足気な顔で「オイさんのお眼鏡に叶ってよかったです」と応じた。
しかし入店前から抱いていた懸念も伝えねばなるまい。
「ここより狭い店や金銭的に余裕がない店なんかはこぞって真似しそうなのが心配じゃな」
小首を傾げるジョージにもう少し詳しく説明してやった。
「画期的な魔道具や武器、日常生活品みたいな物質的な『物』に関してはの、開発した者や生産する者が工業ギルドに届ければ、優先権や独占権が認められるんじゃ。しかし、新しい魔法や店のサービスのような、形のない『もの』に関しては、いつ・どこで・誰がといったことが証明できないため、権利が発生しないんじゃよ」
「つまりは誰がどのように真似しても、咎められることはないということなんです」
最後に職員がわかりやすくまとめたが、それでもジョージは笑みを絶やすことなく言ったんじゃ。
「別に真似されても大丈夫ですよ。うちの店の本当の自慢は料理ですから」
この男は、本当に料理にすべてをかけておるんじゃと痛感させられた言葉と笑顔じゃった。
これ以上外野が口出しするのは無粋じゃろうて。
「ほほう、楽しみじゃろう!」
ちょうど会話の端が見えたところで、警備隊のガードスが部下を引き連れて来店してきた。
どうやらワシのアドバイスどおり、ジョージは警備隊にも話を通したようじゃった。
ガードスがワシの身分をバラシよったが、まぁ隠し続ける必要もないため、「今までどおりオイさんでよいぞ!」と気を遣わないように申し付けておいた。
席に着くとさほど待たされることはなく番号が呼ばれた。
木札さえ回収できれば誰が取りに行ってもよいとのことじゃったので、ご飯は普通盛りで職員の1人に合わせて持ってきてもらうことにした。
その日のメニューは焼肉じゃった。
焼いたカヌウの肉と炒めた玉ねぎにソースをまぶしたシンプルな料理じゃったが、暴力的なまでに甘辛い香りが、「早く食え!」と急かしてくるようじゃった。
「ほっほっほ、こんなに美味いもんは久しぶりに食べたのう」
最初の一口を咀嚼し終えた瞬間、思わず笑みと共に言葉が漏れてしもうた。
肉は薄切りにされておったが、そのおかげか硬すぎることも筋が歯に障ることもなく、少々歯が衰え始めてきたワシでも苦なく食べれるほどじゃった!
しかも薄切りにしている分を補うかのように、そこそこの量の肉が使われておったため、ボリューム的にも大満足じゃった。
若い頃じゃったら間違いなく大盛りで頼んでおったし、それでも足りなかったろうて。
「そうですね。最初は少し高いかと思いましたが、料理の内容的にむしろ安すぎるのではないかと」
商業ギルド1の美食家を自称しておるイーディッシュが冷静な判断を下す。
イーディッシュは食べ歩きの趣味が高じて料理や味への知識は広いが、特に味に厳しかったり料理が上手かったりするわけではない。本人にこのことを言うと拗ねるため、誰も口には出さんがの。
「惜しむらくは商業ギルドから遠いことですね」
「確かに! お昼の休憩時間を考えると、混雑時には時間が足りないかも……」
「お昼は限定30食って言ってたから、スタートダッシュが遅れたら食べれないかもな」
他の職員達も、オープンしたらどうやって食べに来るかの算段を考え始めておった。
警備隊の面々もガードスを筆頭に盛り上がっており、この店の繁盛する様がありありと見えるようじゃった。
今日の招待のお礼を述べるためにガードスと連れ立ってジョージのところへ赴くと、「いかがでしたか?」と、どこかしたり顔にも見える笑顔で先手を打たれた。
「俺も部下も大満足だったよ。改めて今日の招待に感謝する」
ガードスが素直な感想を述べたのを参考に、ワシも感じたことをそのまま言わせてもろうた。
「ワシも大満足じゃ。この歳になる硬さが気になるから普段は肉食を控えておるんじゃが、安いカヌウの肉じゃというのに柔らかく美味しく食べれたぞ」
歯は少し弱っておるが胃腸はまだまだ元気じゃから、年甲斐もなくガッツリ肉を食べたくなることがあるんじゃ。
そういう時はこの店を利用させてもらおうかの。
しかしまぁ、今後が楽しみであり心配でもある店じゃったのは確かじゃ。
人件費をかけておる割には日々の料理の提供数が少ないようじゃから、薄利多売の営業になるじゃろう。
普通の定食屋ならそれでよいじゃろうが、いかんせんフェーレースの飯は美味すぎるから、飯を食えんかった人間からの言いがかりのようなクレームも多いじゃろうしな。
「さっきもしつこく入ってこようとする輩がおったからのぉ」
老婆心というものかのぉ、ジョージではなくガードスに聞こえるように呟いてやった。
「かといってこの店だけ特別扱いして重点的に警護するわけにもいかんからなぁ」
なのにガードスは通り一辺倒にも聞こえる返事をしおったわい!
王都のことをよく知らんジョージはともかく、警備隊の隊長をしておるガードスまでもが実りのない話を続けよったので、ワシは呆れながら答えを示した。
「何を悩んでおるんじゃ、ガードスよ。警備隊に寄付してもらえば重点警護の名目ができるじゃろうが」
「あっ!」
言われるまで気づかんとは情けないわい。
しかしワシのアドバイスが功を奏し、ジョージは後日警備隊へ寄付しに行くと言っておった。
「ワシらも楽しませてもらったぞ。商業ギルドからはちと遠いが、職員達と話し合って休憩時間を調整するなどして、贔屓にさせてもらうぞ」
「今日は本当にありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
ジョージに見送られ、警備隊の馬車に揺られながら今後のことを考えた。
(今日のことはこやつらが同僚に話すじゃろうから、ジョージの店は忙しくなるじゃろうな)
現に職員達は料理の味や接客方法の斬新さでいまだ盛り上がっておるからのう。
(勤務時間や休憩時間の調整を上手くやらんと、血を見る騒ぎになるかもしれんな……)
ワシなんかは比較的時間に融通が利く立場じゃが、あまりに頻繁にあの店を訪れておったら公私混同じゃと思われるじゃろうし、不平不満が出るのは間違いない。
(あんなに美味い飯を食べれるのに、自制せんといかんのはツラいのう……)
そんなワシの悩みなど知らぬ職員達は、ついには警備隊の面々までも巻き込んで盛り上がっておる。
「ガードスよ」
「はっ! 何でしょうか?」
「公平な立場におらんといかんワシが言うのも憚られるが、あの店のことを頼んだぞ」
「了解しました!」
ガードスも何か思うところがあったのじゃろう、何も聞かずに頷いてくれた。
商業ギルドに到着するまで楽し気な会話が止むことはなく、適度に会話に参加したワシはフェーレースが王都に新しい波をもたらすのではないかと、1人ひそかに高揚しておった。
「ぬぬぬぬぬ……。ジョージめ、おもしろいことを考えよる!」
4月13日、フェーレースのプレオープンとかいう予行練習の日。
店の前の説明書きがされた案内板を読んだワシらは、早速うならされることとなった。
共に来た4人の職員も、驚愕やら感心やらの目をしておる。
この4人、おそらく選抜の地獄を見てきた者達じゃ。面構えが違う。
商売をやる上で、家賃や消耗品といった出費は余程のことがない限り変動はない。
じゃからこそ、良いか悪いかは別として、店側が経費を切り詰めるとしたらまずは『人件費』となってしまう。
経営が順調でない店や資金に余裕がない店は、人員を削れるだけ削り、それでも足りない時はさらに従業員の給金まで削る。
ギルド掲示板に掲示される求人募集は、給金の明確な額が記載されてることは少ない。
銀貨1枚と書いてしまうと「給金が安い!」と判断されてしまうから、「給金は面接の上で」と銀貨1枚~5枚程度に幅を持たせて記載して掲示し、いざ応募者が面接に来たら「年齢が~」じゃったり「経験が~」などとマイナス要素を挙げて、結局は銀貨1枚だったり2枚の当初の予定どおりの給金に持っていくことが多いと聞いておる。
(確かに年齢や経験が求められることもあるじゃろうが、極端に低い給金を設定したら理由をつけてすぐ辞められる、噂が広がって人が集まりにくくなるってことに気づかんのじゃろうかのぅ……)
そんな中で、ジョージの店 "フェーレース" は大胆な方針を取りよったのじゃ。
「客に料理の受け取りをさせるのであれば、確かに必要な人員は少なくなりますね」
店が広ければ広いほど、客席が多ければ多いほど、客が多ければ多いほど、給仕を勤める人員が多く必要になる。
しかし、客に受け取りや下膳をさせるのであれば、その人員は可能な限り減らすことができる。
「料理担当の者は料理に専念できますし、レジとやらの精算担当の者は精算に専念できるってことですね」
つまり1人の従業員がバタバタと走り回らなくてよくなるということじゃ。
不要になる給仕の仕事を、別の必要な役割に回すことができる、画期的なシステムじゃった。
(ううむ……。画期的なやり方じゃが、仕組み自体は至って簡単なものじゃ。商売に携わるワシらが考えつかんかったのが悔しいわい!)
心の中で悔やんでおると、さらに別の職員が言った。
「料金が一律銀貨1枚ってのもいいですな。銀貨1枚の後ろに『銅貨なら10枚』という注意書きもあるので、計算違いすることがありません 」
これも確かに利点じゃった。
街には計算ができない者や、計算が苦手な者がたくさんおる。
しかも心無い商売人は、そういった計算が不得手な者から釣り銭をごまかしたりすることもあるからタチが悪いんじゃ。
しかし料理が銀貨1枚という、ちと高いがわかりやすい料金設定にすることで、銀貨を1枚出すか銅貨を10枚出すだけで済む。
定食屋で金貨を使う者はおらんじゃろうから、お釣りなどの心配もほとんどせんでよいじゃろう。
「さてさて、話の続きは中でしようかの」
感心しっきりでいつまでも立ち尽くしておるのももったいない。
「「「いらっしゃいませ!」」」
店の扉を開くとすぐに元気で明るい声が響いて、何だか落ち着くような心地よさがあった。
「お言葉に甘えて来させてもらったぞい。今さらじゃが、こんなに連れてきてよかったかの?」
「もちろん大歓迎ですよ。こちらこそ本日のご来店、誠にありがとうございます。本番の営業に向けての予行練習の意味合いが強いので、思ったことや感じたことは何でも遠慮なく言ってくださいね」
「相分かった」
「「「ご馳走になります!」」」
職員達も挨拶を済ませ、レジと呼ばれる場所におった猫人族の可愛いお嬢ちゃんに招待状を渡すと、代わりに数字が書かれた小さな木の札を渡された。
「これは木札といいます。料理ができたら木札の番号でお呼びしますので、札を持ってあちらの受取口にて料理をお受け取りください」
「ほうほう、なるほどの」
「料理の受け取りの時に、ご飯の料理を少なめ・普通・大盛りから選べますが、少なめにしても同じ値段なので予めご了承ください」
入店前に案内板で内容はしっかり確認したが、猫人族のお嬢ちゃんの丁寧な説明のおかげでしっかり理解することができた。
「いやはや、これはやられたぞい!」
席への案内をしてくれるジョージに素直に伝えたところ、満足気な顔で「オイさんのお眼鏡に叶ってよかったです」と応じた。
しかし入店前から抱いていた懸念も伝えねばなるまい。
「ここより狭い店や金銭的に余裕がない店なんかはこぞって真似しそうなのが心配じゃな」
小首を傾げるジョージにもう少し詳しく説明してやった。
「画期的な魔道具や武器、日常生活品みたいな物質的な『物』に関してはの、開発した者や生産する者が工業ギルドに届ければ、優先権や独占権が認められるんじゃ。しかし、新しい魔法や店のサービスのような、形のない『もの』に関しては、いつ・どこで・誰がといったことが証明できないため、権利が発生しないんじゃよ」
「つまりは誰がどのように真似しても、咎められることはないということなんです」
最後に職員がわかりやすくまとめたが、それでもジョージは笑みを絶やすことなく言ったんじゃ。
「別に真似されても大丈夫ですよ。うちの店の本当の自慢は料理ですから」
この男は、本当に料理にすべてをかけておるんじゃと痛感させられた言葉と笑顔じゃった。
これ以上外野が口出しするのは無粋じゃろうて。
「ほほう、楽しみじゃろう!」
ちょうど会話の端が見えたところで、警備隊のガードスが部下を引き連れて来店してきた。
どうやらワシのアドバイスどおり、ジョージは警備隊にも話を通したようじゃった。
ガードスがワシの身分をバラシよったが、まぁ隠し続ける必要もないため、「今までどおりオイさんでよいぞ!」と気を遣わないように申し付けておいた。
席に着くとさほど待たされることはなく番号が呼ばれた。
木札さえ回収できれば誰が取りに行ってもよいとのことじゃったので、ご飯は普通盛りで職員の1人に合わせて持ってきてもらうことにした。
その日のメニューは焼肉じゃった。
焼いたカヌウの肉と炒めた玉ねぎにソースをまぶしたシンプルな料理じゃったが、暴力的なまでに甘辛い香りが、「早く食え!」と急かしてくるようじゃった。
「ほっほっほ、こんなに美味いもんは久しぶりに食べたのう」
最初の一口を咀嚼し終えた瞬間、思わず笑みと共に言葉が漏れてしもうた。
肉は薄切りにされておったが、そのおかげか硬すぎることも筋が歯に障ることもなく、少々歯が衰え始めてきたワシでも苦なく食べれるほどじゃった!
しかも薄切りにしている分を補うかのように、そこそこの量の肉が使われておったため、ボリューム的にも大満足じゃった。
若い頃じゃったら間違いなく大盛りで頼んでおったし、それでも足りなかったろうて。
「そうですね。最初は少し高いかと思いましたが、料理の内容的にむしろ安すぎるのではないかと」
商業ギルド1の美食家を自称しておるイーディッシュが冷静な判断を下す。
イーディッシュは食べ歩きの趣味が高じて料理や味への知識は広いが、特に味に厳しかったり料理が上手かったりするわけではない。本人にこのことを言うと拗ねるため、誰も口には出さんがの。
「惜しむらくは商業ギルドから遠いことですね」
「確かに! お昼の休憩時間を考えると、混雑時には時間が足りないかも……」
「お昼は限定30食って言ってたから、スタートダッシュが遅れたら食べれないかもな」
他の職員達も、オープンしたらどうやって食べに来るかの算段を考え始めておった。
警備隊の面々もガードスを筆頭に盛り上がっており、この店の繁盛する様がありありと見えるようじゃった。
今日の招待のお礼を述べるためにガードスと連れ立ってジョージのところへ赴くと、「いかがでしたか?」と、どこかしたり顔にも見える笑顔で先手を打たれた。
「俺も部下も大満足だったよ。改めて今日の招待に感謝する」
ガードスが素直な感想を述べたのを参考に、ワシも感じたことをそのまま言わせてもろうた。
「ワシも大満足じゃ。この歳になる硬さが気になるから普段は肉食を控えておるんじゃが、安いカヌウの肉じゃというのに柔らかく美味しく食べれたぞ」
歯は少し弱っておるが胃腸はまだまだ元気じゃから、年甲斐もなくガッツリ肉を食べたくなることがあるんじゃ。
そういう時はこの店を利用させてもらおうかの。
しかしまぁ、今後が楽しみであり心配でもある店じゃったのは確かじゃ。
人件費をかけておる割には日々の料理の提供数が少ないようじゃから、薄利多売の営業になるじゃろう。
普通の定食屋ならそれでよいじゃろうが、いかんせんフェーレースの飯は美味すぎるから、飯を食えんかった人間からの言いがかりのようなクレームも多いじゃろうしな。
「さっきもしつこく入ってこようとする輩がおったからのぉ」
老婆心というものかのぉ、ジョージではなくガードスに聞こえるように呟いてやった。
「かといってこの店だけ特別扱いして重点的に警護するわけにもいかんからなぁ」
なのにガードスは通り一辺倒にも聞こえる返事をしおったわい!
王都のことをよく知らんジョージはともかく、警備隊の隊長をしておるガードスまでもが実りのない話を続けよったので、ワシは呆れながら答えを示した。
「何を悩んでおるんじゃ、ガードスよ。警備隊に寄付してもらえば重点警護の名目ができるじゃろうが」
「あっ!」
言われるまで気づかんとは情けないわい。
しかしワシのアドバイスが功を奏し、ジョージは後日警備隊へ寄付しに行くと言っておった。
「ワシらも楽しませてもらったぞ。商業ギルドからはちと遠いが、職員達と話し合って休憩時間を調整するなどして、贔屓にさせてもらうぞ」
「今日は本当にありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
ジョージに見送られ、警備隊の馬車に揺られながら今後のことを考えた。
(今日のことはこやつらが同僚に話すじゃろうから、ジョージの店は忙しくなるじゃろうな)
現に職員達は料理の味や接客方法の斬新さでいまだ盛り上がっておるからのう。
(勤務時間や休憩時間の調整を上手くやらんと、血を見る騒ぎになるかもしれんな……)
ワシなんかは比較的時間に融通が利く立場じゃが、あまりに頻繁にあの店を訪れておったら公私混同じゃと思われるじゃろうし、不平不満が出るのは間違いない。
(あんなに美味い飯を食べれるのに、自制せんといかんのはツラいのう……)
そんなワシの悩みなど知らぬ職員達は、ついには警備隊の面々までも巻き込んで盛り上がっておる。
「ガードスよ」
「はっ! 何でしょうか?」
「公平な立場におらんといかんワシが言うのも憚られるが、あの店のことを頼んだぞ」
「了解しました!」
ガードスも何か思うところがあったのじゃろう、何も聞かずに頷いてくれた。
商業ギルドに到着するまで楽し気な会話が止むことはなく、適度に会話に参加したワシはフェーレースが王都に新しい波をもたらすのではないかと、1人ひそかに高揚しておった。
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