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第1章 小説の第1章は大体説明みたいな感じだよね

26話 本当は少しチビってました

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 話は猫人族が押しかけてきた2日後、研修開始日の4月8日に遡る。

「こんにちは! 冒険者登録をご希望ですか?」

 夕暮れに染まる冒険者ギルドを訪れていた。
冒険者に絡まれるという異世界テンプレイベントがなかったのは本当によかったけど、特に前衛タイプの冒険者さんはガチムチで顔も厳つい人が多くてかなり怖かった。チビりそうだった。

「あっ、違います。冒険者登録してない人でも素材の購入ができないかと思いまして」

「購入希望者ですね。もちろん大丈夫ですけど、ギルドでは安い素材しか販売してませんよ?」

 冒険者や武器工房、防具工房が欲しがるような良い素材はすぐに買い手が決まるので、ギルド内の販売所に並ぶことはないらしい。そりゃそうだよな。

「というわけで必然的にギルド内の販売所で取り扱うのは、新米の冒険者でも狩れるモンスターの安価な素材が多いんです」

 珍しいものを求めてギルド内の販売所を訪れる者はほとんどいないらしいが、俺にとってはむしろ好都合だ。

「ご説明ありがとうございます。ちなみにボア、ランバード、カヌウの肉の取り扱いってありますか?」

「その3種でしたら初心者向けの常設クエストですので、毎日大量に入ってきます。商業区のお店に卸しても余るくらいの量なので、常に販売所でも扱ってますよ」

「やった!」

 これが恐怖を押さえつけてまで冒険者ギルドを訪問した理由だ。

 大手の商会には猟師や冒険者を専属で雇って肉類を調達している所もあるらしいけど、ほとんどの商会やお店は冒険者ギルドから肉類を買い付けして販売している。

 先に挙げた3種の肉は、肉が硬かったり匂いにクセがあったりするため、格安だけど不人気な肉だ。
貧しくとも肉が食べたいという人向けに販売されているだけで、金銭的に余裕がある人はもう少しランクが高い肉を購入するんだと。

 そのためボア、ランバード、カヌウの肉を販売していない店も多く、販売していたとしても大量購入は望めそうになかった。

「近々飲食店を開業する予定なんですけど、さっきの3種の肉を安定して仕入れたいのでご相談に来たんです」

 こちらの事情を包み隠さずに話すと、受付嬢が「信じられない!」といった表情を見せた。

「飲食店でボアやランバードやカヌウの肉を使うんですか!?」

「はい。詳しくは企業秘密ですけど、これでも料理の腕には自信があるので美味しい料理を作りますよ」

 精一杯の笑顔で答えてみたけど、受付嬢の不審がる表情は消えなかった。

 しかし誰がどう商売しようと自分に関係ないと思ったのか、イチ案件として処理すべくテーブルとイスしかない簡素な応接室へ案内してくれた。

「管理担当者を呼んできますので、こちらで少々お待ちください」

 キョロキョロと見回すような物もない部屋だったので大人しく待っていると、すぐに応接室のドアが開いた。

「あんたかい、飲食店をやるのにボアやランバードやカヌウの肉を使おうって変わり者は?」

 ヒェッヒェッヒェと笑いながら入室してきたのは、少し腰が曲がっていて、杖をついたおばあちゃんだった。
ローブ姿じゃなかったけど、仕立てが良さそうなゆったりした黒い服を着てるから魔女に見えてしまった。

 そんな失礼なことを考えてしまったけど、立ち上がってしっかり挨拶をする。礼儀って大事だよね。

「初めまして。ジョージと申します」

「じっくり話を聞かせてもらおうじゃないかい」

 促されて着席するとご老婦も名乗った。

「あたいはビービーっていうただのババアだよ。販売所の管理もあたいの仕事さね」

「ビービーさんですね、よろしくお願いします」

「で、何だってあんたは安いとはいえ硬くてクセのある肉を料理に使おうってんだい? あんなもんは貧乏人でもしょうがなく食べるって代物だよ。知らないわけじゃあるまいさ?」

「もちろんです。だからこそ安いんですよね」

「そうさね。ボアもランバードもカヌウも繁殖力が異常に高いんで、新米冒険者がバンバン狩ってくるんだよ。一昔前から完全に需要と供給のバランスが崩れちまって、売れるんであれば冒険者ギルドも大助かりなんだけどねぇ」

「ちなみに、私の店で取り扱わせてくれるなら1日6㎏買わせてもらいますよ。月曜と木曜はボアを、火曜と金曜はランバードを、水曜と土曜はカヌウを買わせていただきたいと思っています」

「日曜日は休みかい?」

「えぇ。私もちゃんと休みたいですし、スタッフにもちゃんとお休みをあげたいので」

「ということは月に24日の営業で、それぞれの肉を48㎏ずつ、合計144㎏も買ってくれるのかい?」

 計算速いな!
こっちは電卓もないから必死こいて紙に書いて計算したきたのに!

「そうなりますね。お店が流行ればもっと大量に買わせていただくことになるかと」

「確かにそんだけの量を扱ってる店はないから、うちと直接契約するしかないだろうねぇ」

「だからこそ本日ご挨拶に来させていただきました。いきなりで申し訳ないとは思いましたが」

 軽く頭を下げると、急にビービーさんの目が鋭くなった。

「勝算はあるのかい?」

「えっ?」

「一度買ったもんをどう使おうが勝手だけどね、特にあたいら冒険者ギルドの人間は魔物の素材に生かされてるんだ。肉や皮や骨、角だったり内臓だったり、魔物の素材の売買や討伐依頼などで生計を立ててるギルドだからね」

「それはそうでしょうね。けどそれは冒険者ギルドの方だけじゃなく、それらの製品を使ったり素材を食べたりしている私達も同じだと思います」

「わかってるじゃないか。だからこそ『客が来なかったから肉がムダになりました』『食べ残しが多くて廃棄になりました』ってところに卸すのは遠慮したいんだよ。例えそれがどんなに安くてマズい肉だろうと、それなら畑の肥やしにでもした方が幾分マシだからね」

 なるほど、この人には冒険者ギルドの職員としての矜持があるということか。

(だけどそれは俺だって同じなんだよ)

 俺には俺の、半人前なりに育んできた料理人としての矜持がある。

「4月13日の土曜日、少しお時間をいただけないでしょうか?」

「何だい急に?」

「その日は俺の店のプレオープンの日で、予行練習として店を開けるんです。ビービーさんを招待させていただきますのでぜひお越しください。その日までの食材はいろんな店を駆け回って集めますので、俺の店の料理を食べてみて、ビービーさんが『いける!』と思ったら俺に肉を卸してもらえないでしょうか?」

 深々と頭を下げて頼み込む。

 この日の研修は各ポジションの説明と適性検査だけだったけど、明日からの研修は実際に料理を作ることになる。
残り4日の研修期間だけなら何とか食材の準備はできるけど、実際の営業が始まってなお毎日食材集めに奔走しているようじゃ絶対にやっていけない。

 だから何としてでも冒険者ギルドに肉を卸してもらわないといけないんだ!

「……わかったよ。お言葉に甘えてご相伴に預かろうじゃないかい。お昼頃に行かせてもらうよ」

 こうして店の仕入れと今後の存亡を賭けた、超重要人物のプレオープン来店が決まった。
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