モノクロに君が咲く

琴織ゆき

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9章「贈り物、受け取ってくれました?」

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 この期に及んで、どういう意味だ。
 言葉の真意が汲み取れずにその場に立ち尽くす俺を見て、先生は朗らかに笑う。
 そして確信を告げることもなく、そのまま「じゃあな」と俺の横を抜けて職員室を出ていってしまった。
 呼び止めるほどの気力も残っておらず、眩暈を覚えながらそのうしろ姿を見送る。
 握りしめてしまったせいで寄れた手紙を、俺はゆらゆらと見下ろした。

「……鈴」

 彼女がいなくなっても色づいたままの世界は、なんとも皮肉でしかない。
 でも、それこそが鈴が生きた証なのだと俺は自分に言い聞かせる。
 もしも、もう一度。もう一度、彼女に会えるのならば。
 ──そのとき俺は、同じ選択をできるのだろうか。



 展示会は隣県で行われた。開催期間は四月末まで。その展示会が終了し一ヶ月後、ふたたび都内にて、全国の金賞から銅賞までの作品が展示されることになる。
 だが、都内展示まで待っている余裕はない。
 俺は初日に隼と、なぜか女子三人と共に隣県の展示会場へと向かっていた。

「……なんで、君たちがいるのかな」

 榊原さん、岩倉さん、綾野さん。鈴と親しくしていた三人だ。たしかに行きたい気持ちはわかるが、わざわざ一緒に行く必要はなかったのではないかと思う。

「いいじゃない。どうせなら一緒に行った方が楽しいわよ」

「そうですよ、春永先輩。あたしたちだって親友が金賞取ったかもしれないのに、呑気に春休みなんか送ってられませんて」

「お、お邪魔になってたらすみません……」

 強かだなと隣で笑う隼は、毎年のことだけあって、なんの緊張感もない。
 俺も毎年行っているはずなのに、今年は無性に心がざわついて仕方がなかった。昨晩もよく眠れなかったせいで、思考がやたらと散在して落ち着かない。

「……はあ」

 窓枠に肩肘をついて、俺は気休めに肺からため息を逃がした。
 ──鈴はもう、この世界にいない。
 その事実は変わらない。変わらないのに、こうして日々は変わらず過ぎていく。
 心にぽっかりと空いた大きな穴は──おそらく生涯拭いきれない深い裂傷は、それでもなお俺に生きろと訴えかけて逃がしてはくれないのだ。
 わかっている。
 どんなにつらくても、どんなに寂しくても、生きていかなければならない。
 俺はそう鈴と約束したから。鈴が安心して眠れるように、ちゃんと約束は守らなければ。そうでなければ、俺が下した決断がすべて否定されてしまう。

 でも、やっぱり、会いたい。
 鈴に、会いたい。
 俺はもうずっと、彼女に会いたくて、たまらない。



 いざ展示会場に着くと、なぜか隼が入口でみんなを引き止めた。

「俺はさ、気の遣える男だから言わせてもらうけど。別行動しようぜ」

「別行動?」

「俺たちはまず、入り口近くに展示されてる佳作や優秀賞の作品たちから見ていく。ゆっくりな。だけど、結生。おまえはひとりで先に金賞を見に行けよ」

 え、と喉の奥からかすれた声がこぼれる。

「仮に金賞が小鳥遊さんの作品だったとしたら、それはおまえへの贈り物だ。このなかの誰よりも先におまえが見る権利があるだろ」

 語気強めに言い募る隼の言葉に、女子たちが顔を見合わせてうなずきあう。

「……そうね。そうしましょうか」

「いいんじゃないですか? あたし、他の作品も色々見たいし」

「うんうん。わたしも!」

 でも、という声は、隼に背中を押されたことで遮られた。
 面食らいながら振り返ると、隼は面倒見のいい兄のような顔をして「ほら」と顎で行けよと促してくる。ぶっきらぼうながら、そこには諭すような強い思いがあった。

「気になってんだろ、結生」

「っ……うん。ありがとう」

 俺はひとこと言い残し、タッと走り出した。
 例年、展示会の構造はほぼ変わらない。入口近くから始まり、順序通り奥に進むにつれて賞の格がだんだんと上がっていく。つまり、最も優秀たる金賞は最奥だ。
 俺は途中の作品にはいっさい目もくれず、真っ直ぐに毎年自分の絵が飾られているエリアへと向かう。朝一だからか、まだ観覧客はまばらだ。館内では走るなと注意されそうだが、運よく警備員と遭遇することなく、目的の場所まで辿りつく。
 そして、俺の足は止まった。
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