モノクロに君が咲く

琴織ゆき

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9章「贈り物、受け取ってくれました?」

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 俺がネットで合格発表を見て病院に駆けつけたときには、すでに鈴は危篤の状態だった。けれど俺が到着した途端、鈴はまるで奇跡のように目を覚まして──。

「……っ」

 そんな鈴が、俺に残してくれた手紙。
 持つ手が震えて止まらない。読みたいという気持ちよりも、その現実を受け止めなければならないことが、ひどく怖かった。
 自信がなかった。折れそうな気がした。

「まぁ……無理しなくても、また」

「だめよ。ちゃんと読んであげなさい」

 空気を割るように飛んできた声に、俺たちは揃って振り返る。屋上を吹き抜ける風にスカートを揺らしながら仁王立ちしていたのは、榊原さんだった。

「あの子が、わざわざ今日って指定して託したものなんだから。小鳥遊さんのことを想うなら、それくらいの誠意は見せるべきだと思うけど」

 突然の榊原さんの登場に、岩倉さんたちは面食らっているようだった。
 隼は隼で「げっ」という顔をしている。
 悪い子ではないのに性格がきついから嫌われがちで、いちおう元カレである俺も、いまだに彼女の気迫にはなかなか押されてしまう。
 それでも、榊原さんの言葉はいつも正しい。
 俺を絶対に逃がしてはくれない。そんな榊原さんはきっと俺と同じように不器用で、鈴と同じように真っ直ぐな性格なのだろうなと、最近は思えるようになった。
 この子は誤解されがちだが、基本的に誰かを想っての発言しかしないから。

「……うん、読むよ」

 俺は覚悟を決める。
 鈴の死後、目に見える形で彼女のことに触れるのは初めてだ。俺は封筒を開けながらハサミがほしいな、なんて思って、芋づる式に鈴の前髪を思い出してしまう。
 あのときの奇抜な前髪をしていた鈴は、純粋にちょっとだけ面白かった。
 本人が気にしていたから整えてあげたけれど、いっそあのままでもよかったかな、なんて──そうして懐かしい思い出に浸ることも、今はまだ胸が苦しい。
 ぐっと気持ちを入れ替えて、俺は開けた封筒のなかを覗き込む。
 入っていたのは一枚。おそるおそる手紙を開いて、俺は言葉通り、ぽかんとした。

「……なんて?」

「……卒業おめでとうございますって」

「あとは?」

「……それだけ」

「えっ」

「へっ?」

「は?」

「ちょっ、と見せて!」

 信じられないと言わんばかりに、榊原さんがやや乱暴に俺の手紙を横取りする。あ、と思う間に奪われた。そして榊原さんもまた、手紙を見て、同様に絶句した。

「……ほんとにそれだけじゃない……」

 そうだ。手紙の中心部に、たった一行それが書いてあるだけだった。
 もちろん嬉しくないわけではないけれど、ついつい拍子抜けしてしまう。

「あ、でも……」

 ふと榊原さんはなにかを見つけたように手紙を裏返した。まさかそんなところになにか書いてあるのかと驚愕し、俺にしては機敏な動きで素早く手紙を奪い返す。

「えっと──『贈り物、受け取ってくれました?』」

 そのまま読み上げると、シン、と静寂が落ちる。

「なんか受け取ったのか? 結生」

「いや……なにも受け取ってないと思うけど」

「じゃあどういう意味だ、これ」

 俺と隼が神妙に顔を見合わせたと同時、目の前で綾野さんと岩倉さんも顔を見合わせた。けれど、ふたりの表情はどちらかというと思案気なもので。

「そういえば鈴ちゃん……あれ、どうしたんだろう」

「もうとっくに完成してたよね?」

 なにか知っているのだろうか。知っているのなら早く教えてほしい、と俺が促そうとした矢先、今度は榊原さんが「そうだわ」と真面目な顔で声を上げた。

「え、なに?」

「あたし、結生に伝えることがあって探してたのよ」

「伝えること?」

 榊原さんがなぜか神妙な面持ちで浅く顎を引く。

「ここへ来る途中で、美術部の顧問の先生から呼び止められたの。あなたに会ったら伝えてほしいって。……その、絵画コンクールの結果」

「絵画、コンクール」

 ああ、そうか。そういえば、もうそんな時期だ。
 絵画コンクールは三月の上旬に結果が発表され、下旬には入賞作品の展示会が行われるのが通例である。今年も例年通りなら、そろそろ結果発表がある。 
 俺の場合は学校を通して出しているから、まず最初に学校へ通達が来るのだ。

「それはともかくとして、なんで今なんだよ。後でいいだろ。どうせ結生のことだし金賞に決まって──」
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