モノクロに君が咲く

琴織ゆき

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9章「贈り物、受け取ってくれました?」

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「──なあ、結生。今、なに考えてる?」

「べつになにも」

「ふうん」

 とくに大きな事件が起こることもなく、滞りなく無事に卒業式を終えたあと、俺は屋上庭園へとやってきていた。三月上旬にしては温かい気候の恩恵か、例年よりも桜の開花が早い。この屋上庭園に飢えられた桜の大樹も、半分ほど蕾を開かせていた。
 ちなみに隼は勝手についてきただけだ。

「春永先輩。相良先輩も。よかった、ここにいて」

 そんな俺たちを追うようにやってきたのは、鈴の友人たちだった。

「おー、久しぶりだな。ふたりとも」

 馴れ馴れしく手を振る隼を横目に、どこかほっとしている彼女たちを見る。

「綾野さんと岩倉さん……だよね。俺たちになにか用?」

「相変わらず冷たいなー先輩。あたしたち、鈴の代わりにお祝いに来たんですよ」

「鈴の」

「お、食いついた」

 岩倉さんはけらけらとからかい交じりに笑う。
 けれど、やはりふたりともどこか元気がない。それも当然か、と俺は心のなかで鈴の名前を紡いだ。君がこのふたりの隣にいないのはすごく寂しいよ、と。

「時間が経つのは、早いね。ついこの間、君たちとここでごはん食べたばかりなのに」

「ほんとですねえ」

「はは、懐かしいこと言いますね、春永先輩。鈴のことばっか見てたくせに」

「マジでこいつはいつだって小鳥遊さんしか見てなかったよ。呆れるほどな」

「うるさい、隼。……安心しなよ、そんな学校生活も、もう終わりなんだから」

 あと一週間ほどすれば、この桜の大樹も満開になるだろう。
 ここだけでなく、多くの桜が。そうして散りゆく桜に触れるたびに、俺は否が応でも鈴を思い出すのだ。彼女と過ごした日々を、花弁のひとつひとつに重ねて。

「──卒業、おめでとうございます。おふたりとも」

「おめでとうございます、先輩たち」

 後輩たちの温かな祝福に、俺と隼は苦笑しつつ顔を見合わせる。

「おう、ありがとうな。なんか俺、めちゃくちゃついでな気がするけど」

「そんなことないですって。春永先輩への用事がメインですけど、ちゃーんとお祝いはしようと思ってきましたよ」

「そ、そうですよ。聞きました、おふたりとも大学に進まれるんですよね」

 綾野さんの言葉に、隼が肩をすくめながらうなずく。

「まぁな。俺は地元の大学だけど、こいつは東京の某美大だよ。ったくサラッと合格しちまうあたり、ホント結生だよな。あーあ、天才ってのは嫌だねえ」

「なにそれ」

「悪口だよ。もうマジでおまえがひとりでやって行けるとは思えねえんだわ、俺。定期的に生存確認しに突撃するからな。覚悟しとけよ、バカ結生」

 ……寂しい、のだろう。きっと。そういうことにしておいている。
 俺が美大に合格したことを報告したときはあんなに喜んでいたくせに、それからだんだん卒業が近づくにつれて、面倒くさい絡みをしてくるようになったのだ。
 小中高となんだかんだ一緒に過ごしてきた腐れ縁ゆえに、いざ離れるとなると心許ない気持ちはわかる。隼は世話焼きだから、なおのこと世話を焼く相手がいなくなることに戸惑いを覚えているのかもしれない。
 それでも、時は進む。俺たちは、子どもから大人にならなければならない。
 まあなんだかんだ、長い付き合いにはなりそうだが。

「それで、俺への用事って?」

「あ、そうだった。これ、春永先輩へ」

 岩倉さんが思い出したように手渡してきたのは、一通の手紙の封筒だった。
 不思議に思いつつ受け取って、差出人を確認するために裏面を見る。

 ──一瞬、時間が止まった。

 春永結生先輩へ。
 小鳥遊鈴より。

「……鈴から……?」

「はい。卒業式の日に渡してほしいって前々から頼まれてて」

 小ぶりで丸っこい字体で記されたそれに、俺はしばし立ち尽くした。うしろから覗き込んできた隼が「へえ」と寂し気な響きを孕んだ音を落としながら尋ねてくる。

「開けねえのか、結生」

「…………」

 開ける、勇気がない。
 ──鈴が亡くなってから、もう約一ヶ月が経った。
 以前から年を越せないだろうと言われていた鈴が、約二ヶ月も長生きして息を引き取ったのは、ちょうど、俺の合格発表の日だった。
 俺の合格を知ってから、鈴は眠った。最後の一ヶ月はほぼ眠ったままの状態だったのに、その日だけは朝から起きていて、俺の合格発表を心待ちにしていたらしい。
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