70 / 76
9章「贈り物、受け取ってくれました?」
70
しおりを挟む◇
「──なあ、結生。今、なに考えてる?」
「べつになにも」
「ふうん」
とくに大きな事件が起こることもなく、滞りなく無事に卒業式を終えたあと、俺は屋上庭園へとやってきていた。三月上旬にしては温かい気候の恩恵か、例年よりも桜の開花が早い。この屋上庭園に飢えられた桜の大樹も、半分ほど蕾を開かせていた。
ちなみに隼は勝手についてきただけだ。
「春永先輩。相良先輩も。よかった、ここにいて」
そんな俺たちを追うようにやってきたのは、鈴の友人たちだった。
「おー、久しぶりだな。ふたりとも」
馴れ馴れしく手を振る隼を横目に、どこかほっとしている彼女たちを見る。
「綾野さんと岩倉さん……だよね。俺たちになにか用?」
「相変わらず冷たいなー先輩。あたしたち、鈴の代わりにお祝いに来たんですよ」
「鈴の」
「お、食いついた」
岩倉さんはけらけらとからかい交じりに笑う。
けれど、やはりふたりともどこか元気がない。それも当然か、と俺は心のなかで鈴の名前を紡いだ。君がこのふたりの隣にいないのはすごく寂しいよ、と。
「時間が経つのは、早いね。ついこの間、君たちとここでごはん食べたばかりなのに」
「ほんとですねえ」
「はは、懐かしいこと言いますね、春永先輩。鈴のことばっか見てたくせに」
「マジでこいつはいつだって小鳥遊さんしか見てなかったよ。呆れるほどな」
「うるさい、隼。……安心しなよ、そんな学校生活も、もう終わりなんだから」
あと一週間ほどすれば、この桜の大樹も満開になるだろう。
ここだけでなく、多くの桜が。そうして散りゆく桜に触れるたびに、俺は否が応でも鈴を思い出すのだ。彼女と過ごした日々を、花弁のひとつひとつに重ねて。
「──卒業、おめでとうございます。おふたりとも」
「おめでとうございます、先輩たち」
後輩たちの温かな祝福に、俺と隼は苦笑しつつ顔を見合わせる。
「おう、ありがとうな。なんか俺、めちゃくちゃついでな気がするけど」
「そんなことないですって。春永先輩への用事がメインですけど、ちゃーんとお祝いはしようと思ってきましたよ」
「そ、そうですよ。聞きました、おふたりとも大学に進まれるんですよね」
綾野さんの言葉に、隼が肩をすくめながらうなずく。
「まぁな。俺は地元の大学だけど、こいつは東京の某美大だよ。ったくサラッと合格しちまうあたり、ホント結生だよな。あーあ、天才ってのは嫌だねえ」
「なにそれ」
「悪口だよ。もうマジでおまえがひとりでやって行けるとは思えねえんだわ、俺。定期的に生存確認しに突撃するからな。覚悟しとけよ、バカ結生」
……寂しい、のだろう。きっと。そういうことにしておいている。
俺が美大に合格したことを報告したときはあんなに喜んでいたくせに、それからだんだん卒業が近づくにつれて、面倒くさい絡みをしてくるようになったのだ。
小中高となんだかんだ一緒に過ごしてきた腐れ縁ゆえに、いざ離れるとなると心許ない気持ちはわかる。隼は世話焼きだから、なおのこと世話を焼く相手がいなくなることに戸惑いを覚えているのかもしれない。
それでも、時は進む。俺たちは、子どもから大人にならなければならない。
まあなんだかんだ、長い付き合いにはなりそうだが。
「それで、俺への用事って?」
「あ、そうだった。これ、春永先輩へ」
岩倉さんが思い出したように手渡してきたのは、一通の手紙の封筒だった。
不思議に思いつつ受け取って、差出人を確認するために裏面を見る。
──一瞬、時間が止まった。
春永結生先輩へ。
小鳥遊鈴より。
「……鈴から……?」
「はい。卒業式の日に渡してほしいって前々から頼まれてて」
小ぶりで丸っこい字体で記されたそれに、俺はしばし立ち尽くした。うしろから覗き込んできた隼が「へえ」と寂し気な響きを孕んだ音を落としながら尋ねてくる。
「開けねえのか、結生」
「…………」
開ける、勇気がない。
──鈴が亡くなってから、もう約一ヶ月が経った。
以前から年を越せないだろうと言われていた鈴が、約二ヶ月も長生きして息を引き取ったのは、ちょうど、俺の合格発表の日だった。
俺の合格を知ってから、鈴は眠った。最後の一ヶ月はほぼ眠ったままの状態だったのに、その日だけは朝から起きていて、俺の合格発表を心待ちにしていたらしい。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
1ヶ月限定の恋人を買ってみた結果
こてこて
ライト文芸
「キレイさっぱり消えて、粉になる。粉は普通ごみで捨てられるから心配いらない」
俺の自慢の彼女、それは“ハニーパウダー”であった。
落ちこぼれ大学生の俺に対し、とことん冷たかった彼女。それでも俺たちは距離を縮めていき、恋心は深まっていく。
しかし、俺たちに待ち受けているものは、1ヶ月というタイムリミットだった。
そして彼女が辿った悲痛な運命を聞かされ、俺は立ち上がる。
これは1ヶ月限定の恋人と向き合う、落ちこぼれ大学生の物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる