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8章「答え合わせをしましょうか」
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しおりを挟むユイ先輩は私の頭に口づけながら、満足気に告げる。
一ヶ月離れていたのが嘘のように、心が幸せに満たされていく。
当初はユイ先輩を傷つけないために、私の想いを伝えるつもりはなかった。
けれど、今になって思う。
こうしてそばにいる選択をしたのは、間違いではなかったのだと。あのとき、多少強引なユイ先輩に押し切られてでも想いを繋げあったのは、正解だったのだと。
でなければ、今この瞬間は存在しなかった。
こんなに穏やかな人生の最期を迎えることはなかっただろう。
「ユイ先輩。私ね、すごく楽しかったです。高校に入学してから、本当に毎日充実してました。明日が来るのが楽しみで、夜寝るときも朝起きるときも、いつも未来のことを考えてたんですよ。明るい朝のことを」
「うん」
分かち合う温もりが、いずれどんな思い出としてユイ先輩のなかに残るのかはわからないけれど。それでも今だけは、世界中の誰よりも幸せに包まれている。
私は、そう確信していた。
「……本当のことを言えばね、まだまだ足りないんです。もっと、ずっと、これから先もずっと、こうやって先輩と過ごしていたかった。生きていたかった」
「……俺も、鈴には、ずっと生きていてほしいよ」
「うん。でも、ユイ先輩の心に私が棲んでいるなら、そんな私の叶わない願いも叶うような気がしますね。散ることなく、永遠と先輩のなかで咲き続けられるかも」
すごくつらい。涙が止まらない。けれど、これほどまでに強く死にたくないと思うことができるほど、私はこの世界がとにかく大好きだったのだ。
ユイ先輩がいるこの世界が。
ユイ先輩と過ごした時間のすべてが。
大好きな人がいる。その小さな真実が、私の世界を鮮やかに彩ってくれていた。
「──私、頑張りますから。生きられるだけ生きて、強くユイ先輩の心に棲みつきます。枯れた桜なんて言わせません。私は絶対に、枯れてなんかやりませんから」
「……ん。鈴は、枯れないよ。鈴はいつだって誰より綺麗に咲き誇ってる」
ほんのわずかに、ユイ先輩の声に涙が混じったような気がした。
けれど顔を上げて見てみると、少し切なげな表情のなかには思いのほか真剣な色が灯っている。向けられる視線があまりにも熱くて、かすかに呼吸が乱れる。
「……鈴が頑張ってるのは知ってるからさ。俺も頑張らなきゃいけないよね」
「頑張る……」
「美大、受けるよ。スカウトされてるって言っても筆記も実技も試験はあるし、今さら遅いような気はするけど」
「っ……!」
ああ、よかった。そう心の底から自分が安堵したのがわかった。ユイ先輩がちゃんと生きていくことを決めてくれた。それは、なによりの私の望みだった。
ともすれば、生きたいという思いよりもずっと、願っていた。
「……先輩なら、大丈夫ですよ。頭いいですし、実技は間違いなく一位通過です」
「いや、そんな世のなか上手くいかないって」
「上手くいかせちゃうのが先輩じゃないですか。私、知ってるんですから」
大丈夫。確信を持って、そう言える。
だってユイ先輩は、歩む道を見つけさえすれば、この世の誰よりも強い人だ。
これほどまでに才に溢れ、世界に好かれた人を、私はほかに見たことがない。モノクロの世界でもそうなのだから、色づいた世界に生きるユイ先輩はもう無敵だ。
「先輩。──春永結生先輩」
先輩のなかだけの永遠に続く春で、私は、きっと生きていく。
そうして、枯れずに咲き続ける桜のように、道行を示す羅針盤となろう。
「私の、大切な人」
だからどうか、ユイ先輩が迷わずに歩んでいけますように。
どうか、ユイ先輩の世界がもっともっともっと、色づきますように。
「こんな私を世界一の幸せ者にしてくれて、ありがとうございます」
「ううん、こちらこそ。俺と出逢ってくれて、ありがとう」
「はい、先輩」
想いはありったけ、すべて伝えた。あとは懸命に生きるだけだ。
生きて、生きて、生き抜いて、この世界に私の色を刻みつける。
そして最後まで。
最後の最期まで、世界でいちばん、ユイ先輩を愛していこう。
「──今日も今日とて。そしてこれからも、永遠に。大好きですよ、ユイ先輩」
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