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7章「描けるような気がした」
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しおりを挟む持っていたビニール袋のなかから俺好みの緑茶を取り出し、おもむろに投げて寄越しながら、「去年のあれな」と唸る。
ちゃっかりと隣に座ってくるあたりが隼らしい。
「めちゃくちゃすごかったよな、あの空。圧巻だったわ」
秋のやや冷え込む風をもろともせず、隼は相変わらず半袖だった。この男はどこか狂っていて、なぜか気温が十度を下回らないと長袖を着ようとしないのだ。
「結生はまったく他の絵に興味持たねえけど、やっぱ入賞する作品って素人目で見てもスゲーのばっかなんだよね。優劣つけ難いしさ。でも、おまえと小鳥遊さんは、やっぱ毎年抜きん出て上手いよ。全地方見てもそう思う」
隼はなぜか毎年、わざわざ展示会場までコンクールの絵を観覧に行くのだ。地方会場と都内会場のどちらも欠かさず。そして俺は半ば無理やり、それに付き合わされる。
まあ大抵は隼が見て回っている間、おれはぼんやりと待っているだけで、まともに展示を見て回ったことはないのだけど。
「……ん、毎年? ってなに?」
「毎年おまえたちの絵が上手いってこと」
「鈴も?」
「あ? なにおまえ、まさかとは思うけど知らないの? 小鳥遊さんも毎年絵画コンクール出してんじゃん。べつに去年に限ったことじゃなくて、ここ数年ずっとさ」
──鈴が……毎年、絵画コンクールに。
「おまえが金賞、小鳥遊さんが銀賞。もう定番だろ」
図らずも思考が停止した。
つまり、鈴が銀賞を取ったのは去年だけではないと。そういうことか?
「それこそ、五年連続銀賞取ってるんじゃね? ……いや待てよ、違うな。たしか一昨年は部門違いだったか。おまえが中学部門から高校部門に移った年に、一回だけ小鳥遊さん金賞取ったことあるんだよ。あれ、めちゃくちゃよかった」
「……ちょっと、待って」
俺は呆然としながらスマホを取り出して絵画コンクールで検索する。飛んだばかりのサイトにアクセスして、これまでの入賞作品のページを呼び出した。
一昨年。中学部門の入賞作品を表示すれば、トップページに表示されたのは。
「……小鳥遊、鈴……」
緑豊かな森林のなかで、ひとりの少女が幻想的に踊っている絵だった。
多くの色を用いる使い方こそ鈴のものだとよくわかるが、描かれているもの、描かれ方はあまり鈴の印象と直結しない。
俺はひとつ前のページに戻り、今度はその前の年のページを開く。トップに表示されたのは自分の絵だ。下にスクロールして、ふたたび言葉を失った。
「……嘘、でしょ」
銀賞。中学二年生、小鳥遊鈴。
今度は一転して、大嵐で荒れ狂う海を俯瞰的に描いたものだった。
激しい波飛沫を上げる海の中央には、沈没しかけている海賊船。暗黒の雲に覆われた空には稲光が主張し、見事な明暗のコントラストが表現されている。全体的に温度が低く、暗度が高い色合いにもかかわらず、細部にはやはり数多く色を用いていた。
表現技術としては、この頃からすでに目を瞠るものがある。
けれど、やはり今の鈴と直結しない。その前の年の絵も同様だった。まったくテーマの異なる絵が、鈴らしい色味で描かれていた。
こんなにも多種多様なものを描ける子だったのか、という驚きと、毎年鈴が銀賞を取っていたという事実の衝撃が交錯して気持ちが追いつかない。
「おまえ、本当に知らなかったのかよ……」
「………………知らなかった……」
「マジでアホじゃん。小鳥遊さんもこんなやつがずっと自分よりもいい評価を取ってたなんて知って、さぞかし落胆しただろうな。可哀想だわ」
同情の籠った隼の言葉に、鈴と初めて会ったときのことを思い出した。
誰、と不躾に聞いた俺に、鈴はなんて答えていただろう。たしか『ですよね』とか、そんな意味深な返しをしてこなかったか。──してきた気がする。
「……そんなことって……」
俺は頭痛がしてきた額を押さえて、ぐったりと項垂れた。
そもそも、なぜ思い至らなかったのだろう。
鈴ほどの才能に恵まれた子が、これまでの絵画コンクールに作品を出してこなかったわけがない。おそらく彼女も学生画家界では、期待の星だったはずだ。
もう一年半の付き合いになるにもかかわらず、今さらこんな事実を知るなんて。
「おまえの絵はさ、いつも安定してんじゃん?」
「っ、え?」
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