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6章「先輩は、私がいないと寂しいですか」
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しおりを挟む「うん、年の離れた兄がふたり。とくに次男の方が最近なにかと過干渉で、やれ大学はどこに行くだの、彼女はどうだの──」
そこまで言って、ユイ先輩はハッとしたように口を押さえた。
またもや気まずい空気に支配される空間。
ブリキ人形のようにぎこちない動きで振り返った先輩と、ばちり、視線が交わる。
「彼女……?」
「口が滑った。忘れて」
「いや、さすがにそんなすぐは忘れませんて。……お兄さん、私のこと知ってるんですね」
ユイ先輩はしゅんと眉尻を下げた。なんだか怒られてしょげこんでいる子犬のようで、こんなときなのに小さく吹きだしてしまう。
「こっち来てください、ユイ先輩」
「っ……」
躊躇いがちに寄ってきたユイ先輩は、ポスンと私の肩に額を乗せてくる。
その頭をよしよしと撫でながら、ふと、こうして触れ合うことが当たり前になってきていることに気づいた。すべての触れ合いを覚えているわけではないけれど、私の身体はちゃんとユイ先輩の体温を覚えている。
嬉しいような、恥ずかしいような、なんとも複雑な気持ちだ。
こんなふうに先輩と密に近づけるなんて、一年前は思ってもみなかったのに。
「病気のことも知ってるんですか?」
「……つい、言っちゃったんだよ。今となっては激しく後悔してるけど」
「そりゃあそうでしょう。お兄さんの気持ちはわかりすぎるほどわかります」
病気の子が彼女、なんて。
ましてやも余命幾ばくの彼女なんて、大事な弟を思えば心配して当然のことだ。
他ならぬ私だって、愁が余命宣告をされた子と付き合ってしまったら、口を出さずにはいられないだろう。傷ついてほしくない。傷つかずに済むのなら、と。
とりわけユイ先輩は、お母さんを亡くしている。
その傷を知っているお兄さんからすれば、いっそ青天の霹靂だったはずだ。このユイ先輩が彼女を作るだけでも驚きなのに、まさか、と私なら絶句してしまう。
「それから、さっきの沙那先輩の気持ちも」
「っ……なんで。鈴は俺じゃなくて、榊原さんの味方するの?」
「味方とかじゃないですよ。単に気持ちがわかるだけです。あそこまで直球に切り込んでくるとは思いませんでしたけど……」
まあ、沙那先輩らしい。普通の人なら踏み込めないところまで、土足で踏み込んでゆける。そんな強かなところは、いっそ見習いたいとすら思えるほど。
相手を思いやる気持ちが強いがあまりエスカレートしてしまいがちだけれど、きっとそれは沙那先輩の短所であり、また長所でもあるのだろう。
ただ、奇しくも本人に自覚がないから、なおのこと踏み込まれた側は唐突なパーソナルスペースの侵害に困惑してしまう。
けれど、それは得てして、なにかを変えるきっかけにも繋がるのだ。
意図された悪でも、偽善じみた優しさでもない。なんの殻も被らない?き出しの彼女の心が訴えてくるからこそ、心に届くものがある。
「……私もね、気づいてたんです。先輩が未来のことを考えていないことは」
「そんなの考える必要ないでしょ」
「いいえ。それは現実逃避って言うんですよ、ユイ先輩」
とはいえ、先輩の場合は『考えたくない』という逃避とは異なるのだろうけど。
「さっきも、言ったじゃん。俺の未来に鈴がいないなんてこと、有り得ないんだよ」
「でも、私がいる未来のことも、先輩は考えてないでしょう?」
「っ……」
「そもそも先輩は、私が死んだ後のことをまったく見据えていないんです。自分の人生もそこで終わると思ってる。違いますか、先輩」
ユイ先輩が動揺したように顔を上げて、なんでと言わんばかりに私を見つめた。
否定も肯定もない。しかしそれこそが答えなのだろう。
「だからこの間、生きてって言ったのに」
「……あれ、そういう意味だったの。というかなんで気づくの」
「先輩はもともと『生』に執着がないから」
私がこの世界から消えると共に、先輩も共に消えようとするのではないか。
最初にそう危惧したのは、ユイ先輩が私を彼女だと言った、あの瞬間だ。
「生きること、だけじゃないですね。先輩は基本的に『絵』以外のことに関しての執着が少なすぎる傾向にありますから」
「……鈴も俺を人形だって言うの?」
「言いませんよ。人形は人を好きになんかなりません」
だけどね、と私は一呼吸置いてから続ける。
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