モノクロに君が咲く

琴織ゆき

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4章「臆病だね、君は」

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 そう遠くない未来で、この世界からいなくなってしまうのに。

「──……臆病だね、君は」

 仕方なさそうな、それでいて困ったような声音だった。
 けれどユイ先輩は、まるで駄々をこねる子どもを宥めるように私を優しく撫でて、ふわりと花笑む。皮肉にも、これまで見せた表情でいちばん穏やかな笑顔で。

「どうしてそんなに怖がるの?」

「い、いなくなるからに決まってるじゃないですか……っ」

「そうだね。でも、今じゃない」

「せ、先輩のそばにいれるのは、本当にあと少しだけなんですよ。そんな未来が決まってるのに……傷つけるってわかってるのに、そばになんかいられません!!」

 好きならば、なおのこと。
 一緒にいればいるほど、その時間が長引けば長引くほど、残されるユイ先輩の傷はより深いものになってしまう。
 もちろん私だってつらいけれど、これから先、何年何十年の時をこの世界で生きていかなければならないのは先輩の方なのだ。
 だから、先輩とはお別れしようと決めた。先輩がくれた思い出に浸りながら、ゆっくりと死を待つつもりでいた。それだけで充分、私は幸せに死ぬことができるから。
 ……できる、はずだったから。

「なるほど。俺を傷つけないために、言わなかったんだ」

「っ……それもあるけど、私が病気だって知ったら、優しい先輩は絶対に気にしてくれるでしょう? そういうのはいっさいなしでユイ先輩と話していたかったんです」

 私は、先輩に……ユイ先輩に会うために、月ヶ丘高校に入学した。
 もう自分が長くないとわかったうえで──否、だからこそ、死ぬ前に好きになってしまった人へ少しでも近づきたくて、わがままを言った。
 ただ、会いたかった。会って、彼の世界に触れたかった。
 でも、それだけ。
 付き合いたいとか、卒業したいとか、そんな大それた望みは抱いていない。
 ただユイ先輩の隣で、先輩と一緒に絵を描けるのなら、それでよかったのだ。

「小鳥遊さん。いや、──……ねえ、鈴」

 ドクン、と心臓が強く胸を打つ。
 初めて呼ばれた名前。
 ユイ先輩が私の名前を覚えていたことに驚いて、先輩のその口が私の名前を紡いだことに驚いて、ずるい、と喉の奥から震え切った声が漏れる。

「それでも俺は、鈴が好きだよ」

「ユイ、せんぱ……」

「知ってしまった以上は、今まで通りとはいかないけど。俺はきっと自然と鈴を甘やかしちゃうし。そばにいるからには、より大事にしたいと思うから」

 でもね、と。
 いつもよりワントーン低い声を落としたユイ先輩は、私をそっと抱き寄せた。

「……怖がらないでいい。傷つけるとか、そんなことを君が考える必要ないから。好きな子と一緒にいられるなら、未来のことなんて今はどうでもいいんだよ」

「な、んで……そんな……」

 残酷だと言ったのに、聞いていなかったのか。
 別れる未来が決まっている。傷つく運命が定められている。
 そんな双方ともに逃げ場のない状態で、それでもなお一緒にいる道を選ぶ?
 そんな綺麗事、私は望んでいない。
 残していく側も残される側も、きっと、いちばんつらく痛い思いをする道だ。
 だけど、もしかしたら。もしかしたら『幸せ』はあるのかもしれない。はかりしれない痛みを引き換えにして、かけがえのない思い出は作れるのかもしれない。
 贈り物か、呪いか。
 さきほどのユイ先輩の言葉が、不意に頭をよぎる。

「そこまでして私と一緒にいたいなんて、先輩やっぱり変ですよ……っ」

「知ってる。でも、いいんだよ。俺の世界を変えてくれた鈴に、俺は自分のでき得る限りのことをしてあげたいだけだから。それが、俺の望みで願いだから」

 ユイ先輩はゆっくりと体を引いて私を見下ろし、切なげな目元を和らげる。
 そして、こてん、と首を傾げた。

「鈴。──鈴は、俺が好き?」

「……好き、です。……これまでもずっと、これからもずっと、好きです」

「そっか。なら、今から鈴は俺の彼女ね」

 突拍子もなく宣言された言葉に、私は「えっ!?」と大いに狼狽える。
 かと思ったら、次の瞬間、先輩は私の額に掠めるような口付けを落としてきた。

「ひ、えっ……へぁっ……!?」

「うん。俺が切った前髪、いいデザインだよね。キスしやすくて」

「そっ、ういう目的だったんですか!?」
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