モノクロに君が咲く

琴織ゆき

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4章「臆病だね、君は」

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 さすがにもう伸ばせないか、と息を吐いて、ゆっくりと振り返る。
 ユイ先輩はときおり吹きぬける夏の爽やかな風に銀色の髪を揺らしながら、私を見ていた。あまりにも思い詰めた表情で。

「そんな顔、しないでください。話ができません」

「え……ごめん。俺、変な顔してた?」

 哀愁漂う眼差しにこちらまで切なさを募らせながら、私はゆるく首を振る。

「……あのね、先輩。私、もうすぐ死ぬんです」

「…………っ」

「枯桜病って、知ってますか?」

 息を詰めたユイ先輩は、その長い睫毛を伏せながら、わずかに顎を引く。

「……病院で、少しだけ聞いて。調べた」

「あぁ、やっぱり聞いちゃったんですね」

「救急車で運ばれるときに弟くんが救命士に言ってたのと……病院ついてから処置されるまで飛び交ってたから。ごめん、聞くつもりはなかったんだけど」

「いえいえ。それは致し方ありません。むしろごめんなさいっていうか」

 けれど、ならばユイ先輩は。
 ──私が枯桜病であることを知った上で、さっきの告白をしてくれたのだろうか。

「だけど、君の口から聞くまではって思ってた。これまでずっと隠してきた理由もわからなかったし。そもそも、俺なんかが聞いていい話なのかもわからなくて」

 ふう、と重々しく一呼吸置いたユイ先輩は、ゆっくりと私の方へ近づいてくる。

「たくさん考えたよ。俺の気持ちを伝えるべきなのか、伝えず隠しておくべきなのか」

 でも、とユイ先輩は私の目の前で立ち止まり、思いのほか強い瞳を向けてきた。

「伝えなかったらきっと後悔する、と思った」

「後悔、ですか?」

「そう。……俺は、これから先のことよりも今を大事にしたい」

 私とユイ先輩を包みこむように風が髪を攫っていく。
 唐突に、もう夏なのかと思った。あと半年もすれば、今年は終わってしまうのかと。

「半年ですよ」

「え?」

「私に残された時間。半年、あるかないかです」

 伊藤先生に、年は越せないかもしれないと言われた。
 そうノートに書いてあった。付箋とマーカー付きで。
 なんとなく記憶はあるものの、どうにも夢の出来事のような曖昧さで判然としないから、きっと過去の私が忘れないように付けたものなのだろう。
 現実はここにあるよ、と毎日忘れず振り返れるように。

「それでも今と同じことを言えますか、ユイ先輩」

 私はあえて突き放すように問いかけた。
 今日、私は、すべてを打ち明けるつもりで会いに来た。
 打ち明けてお別れをして、もう二度と先輩とは会わない覚悟でいた。
 だから、好きな人とのふたりきりの時間を、心の底から楽しんで過ごしたかった。
 私にとっては、もう二度と、一生訪れないであろう夢の時間を。
 だというのに、まさかユイ先輩も私と同じ気持ちを抱いていてくれるなんて。
 まして、そのことに先輩自身が気がついて、告白してくれるなんて。
 ──ああ、嬉しくない。

「別れは必然。はなから運命が定められたお付き合いになるんですよ? そんなのあまりに残酷な話じゃないですか。お互いに、つらいだけです」

 私が抱える運命は、現実は、変わらずそこにある。
 なのにユイ先輩は、なぜか私の言葉に迷いのひとつも見せなかった。

「それでも。君の命が残り半年だとしても、俺は俺の答えを覆さない」

「……先輩。その意味、ちゃんとわかって言ってますか」

「もちろん。あのね、小鳥遊さん。たとえ俺と君が恋愛関係にならなくても、この答えは変わらないから。俺は今までと変わらず君のそばにいるよ」

 あんなに『好き』の気持ちに対して消極的だったユイ先輩。
 にもかかわらず、そばにいることだけは異常にこだわっているようだった。執着に似た、並々ならぬ頑固さを感じる。
 その確固たる意思を前に、私は二の句を継げなくなってしまった。
 どうして、とそれ以上追及できなかったのは、さきほど先輩のお母さんの話を聞いてしまったからだ。だって先輩は、もう『死』がどんなものか知っている。
 知っているうえで──否、知ってしまっているからこそ、なのか。

「さっきの君の言葉を借りるけど、たとえどんな病気を患っていようが小鳥遊さんは小鳥遊さんでしょ。変わりようがなく。そして、君は今、生きてる。生きて、俺の前にいる。なのに、どうして離れなきゃいけないの」

「っ、でも、私は……」
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