39 / 76
4章「臆病だね、君は」
39
しおりを挟むさすがにもう伸ばせないか、と息を吐いて、ゆっくりと振り返る。
ユイ先輩はときおり吹きぬける夏の爽やかな風に銀色の髪を揺らしながら、私を見ていた。あまりにも思い詰めた表情で。
「そんな顔、しないでください。話ができません」
「え……ごめん。俺、変な顔してた?」
哀愁漂う眼差しにこちらまで切なさを募らせながら、私はゆるく首を振る。
「……あのね、先輩。私、もうすぐ死ぬんです」
「…………っ」
「枯桜病って、知ってますか?」
息を詰めたユイ先輩は、その長い睫毛を伏せながら、わずかに顎を引く。
「……病院で、少しだけ聞いて。調べた」
「あぁ、やっぱり聞いちゃったんですね」
「救急車で運ばれるときに弟くんが救命士に言ってたのと……病院ついてから処置されるまで飛び交ってたから。ごめん、聞くつもりはなかったんだけど」
「いえいえ。それは致し方ありません。むしろごめんなさいっていうか」
けれど、ならばユイ先輩は。
──私が枯桜病であることを知った上で、さっきの告白をしてくれたのだろうか。
「だけど、君の口から聞くまではって思ってた。これまでずっと隠してきた理由もわからなかったし。そもそも、俺なんかが聞いていい話なのかもわからなくて」
ふう、と重々しく一呼吸置いたユイ先輩は、ゆっくりと私の方へ近づいてくる。
「たくさん考えたよ。俺の気持ちを伝えるべきなのか、伝えず隠しておくべきなのか」
でも、とユイ先輩は私の目の前で立ち止まり、思いのほか強い瞳を向けてきた。
「伝えなかったらきっと後悔する、と思った」
「後悔、ですか?」
「そう。……俺は、これから先のことよりも今を大事にしたい」
私とユイ先輩を包みこむように風が髪を攫っていく。
唐突に、もう夏なのかと思った。あと半年もすれば、今年は終わってしまうのかと。
「半年ですよ」
「え?」
「私に残された時間。半年、あるかないかです」
伊藤先生に、年は越せないかもしれないと言われた。
そうノートに書いてあった。付箋とマーカー付きで。
なんとなく記憶はあるものの、どうにも夢の出来事のような曖昧さで判然としないから、きっと過去の私が忘れないように付けたものなのだろう。
現実はここにあるよ、と毎日忘れず振り返れるように。
「それでも今と同じことを言えますか、ユイ先輩」
私はあえて突き放すように問いかけた。
今日、私は、すべてを打ち明けるつもりで会いに来た。
打ち明けてお別れをして、もう二度と先輩とは会わない覚悟でいた。
だから、好きな人とのふたりきりの時間を、心の底から楽しんで過ごしたかった。
私にとっては、もう二度と、一生訪れないであろう夢の時間を。
だというのに、まさかユイ先輩も私と同じ気持ちを抱いていてくれるなんて。
まして、そのことに先輩自身が気がついて、告白してくれるなんて。
──ああ、嬉しくない。
「別れは必然。はなから運命が定められたお付き合いになるんですよ? そんなのあまりに残酷な話じゃないですか。お互いに、つらいだけです」
私が抱える運命は、現実は、変わらずそこにある。
なのにユイ先輩は、なぜか私の言葉に迷いのひとつも見せなかった。
「それでも。君の命が残り半年だとしても、俺は俺の答えを覆さない」
「……先輩。その意味、ちゃんとわかって言ってますか」
「もちろん。あのね、小鳥遊さん。たとえ俺と君が恋愛関係にならなくても、この答えは変わらないから。俺は今までと変わらず君のそばにいるよ」
あんなに『好き』の気持ちに対して消極的だったユイ先輩。
にもかかわらず、そばにいることだけは異常にこだわっているようだった。執着に似た、並々ならぬ頑固さを感じる。
その確固たる意思を前に、私は二の句を継げなくなってしまった。
どうして、とそれ以上追及できなかったのは、さきほど先輩のお母さんの話を聞いてしまったからだ。だって先輩は、もう『死』がどんなものか知っている。
知っているうえで──否、知ってしまっているからこそ、なのか。
「さっきの君の言葉を借りるけど、たとえどんな病気を患っていようが小鳥遊さんは小鳥遊さんでしょ。変わりようがなく。そして、君は今、生きてる。生きて、俺の前にいる。なのに、どうして離れなきゃいけないの」
「っ、でも、私は……」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
1ヶ月限定の恋人を買ってみた結果
こてこて
ライト文芸
「キレイさっぱり消えて、粉になる。粉は普通ごみで捨てられるから心配いらない」
俺の自慢の彼女、それは“ハニーパウダー”であった。
落ちこぼれ大学生の俺に対し、とことん冷たかった彼女。それでも俺たちは距離を縮めていき、恋心は深まっていく。
しかし、俺たちに待ち受けているものは、1ヶ月というタイムリミットだった。
そして彼女が辿った悲痛な運命を聞かされ、俺は立ち上がる。
これは1ヶ月限定の恋人と向き合う、落ちこぼれ大学生の物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -
設樂理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡
やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡
――――― まただ、胸が締め付けられるような・・
そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ―――――
ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。
絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、
遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、
わたしにだけ意地悪で・・なのに、
気がつけば、一番近くにいたYO。
幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい
◇ ◇ ◇ ◇
💛画像はAI生成画像 自作
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる