30 / 76
3章「いいよ、言わなくて」
30
しおりを挟む「なんか思い出すよねぇ。ふたりの前で倒れて救急車で運ばれたときのこと」
「笑いごとじゃないよ! あのときは、ほんっとにびっくりしたんだから!」
「んねー。まあでも、あれがあったから、あたしたちは鈴の病気を知ることができたわけだし。今となってはよかったなって思うよ。その場に居合わせてて」
かえちんの飾らない素直な言葉に、私は思わずくすりと笑った。
見た目も中身もボーイッシュな性格のかえちんは、一見冷たい印象を覚えられがちだけれど、意外と優しさの塊だったりする。
そんなツンデレなところが私と円香のつぼに入り、ここまで仲良くなった。
なんというか、バランスがいいのだ。私たちは。
「……私も、ふたりに話せてよかったって思ってるよ」
発病してから高校に入学するまで、私は病気のことをひた隠しにし続けてきた。
もちろん学校の先生は知っていたし、相応の配慮はしてもらっていたけれど、中学の頃はそれを知られるのがひどく怖かった記憶がある。
多感な時期だから、というのもあるだろう。
なんとなく、自分が異質な存在として扱われるのが我慢ならなかった。
知られてしまったら、友だちがいなくなるんじゃないか。腫れ物のように扱われるんじゃないか。そんな恐怖が、いつも心のどこかを巣食っていた。
でも、実際にこうして打ち明けてしまえば、なんとも気楽なものだった。
もちろん相手がふたりだから、というのもある。このふたりなら話しても大丈夫だと思うことができたから、私は病気のことを包み隠さず打ち明けた。
きっと傷になってしまうだろうと、そういう躊躇は、いまだにあるけれど。
一方で、今は変に隠してしまう方がふたりを傷つけるとわかっている。
だから、ちゃんと話さなければならない。今の状態も、これからのことも。
ふたりはきっと、気にしているだろうから。
「──あのね、円香、かえちん」
私は広げていたノートの上にシャーペンを置いて、ゆっくりと切り出した。
試験勉強の準備をしていたふたりも、その神妙な空気を察したのか、手を止めて聞く体勢を取ってくれる。
ほんの少し顔が強張っているものの、聞かないという選択肢はないようだった。
「私、八月からまた入院するんだけど」
「検査のだよね? 前に言ってた……」
「うん、そう。でもたぶん、もう戻ってこられないと思うんだ」
ふたりがひゅっと息を詰めた。
心なしか青褪めながら、円香が胸の前で手を組んで俯く。
「退院できないってこと?」
「うん。先生に言われたんだ。……このまま病状が進行すれば、年は越せないかもしれないって。きっとそうだろうなって私も思ってたし、覚悟はしてたんだけどね」
「っ……!」
円香が瞬く間に眦に涙を溜めて、両手で口を覆った。
かえちんも聞いていられないといわんばかりに顔を背ける。
そんなふたりに曖昧な笑みを向けながら、私はそっと睫毛を伏せた。
「それに、さすがにもう私のわがままは終わりにしなきゃなとも思ったの」
「……わがまま?」
「ぎりぎりまで入院はせずに、学校に通わせてほしいっていうわがまま」
本当なら、高校も行かないはずだった。枯桜病を抱えた体で、他のみんなと同じように学校生活を送るのは、絶対的にリスクが高すぎるから。
それでも、先生や家族の反対を押し切ってまで、私が進学を決意したのは。
「──私ね。どうしても、ユイ先輩に会いたかったの」
──二年前。
中学三年生のときの絵画コンクールで、私は一度だけ金賞を獲ったことがある。
けれどもそれは、いつも私の上に太陽のごとく咲いていたユイ先輩が、中学を卒業して高校部門へ移ったからという明確な理由があってのことだった。
高校部門でも変わらず金賞を受賞したユイ先輩の作品を見て、私は心の底から敵わないと思ってしまった。もしも例年通り同じ部門に応募されていたら、自分は間違いなく銀賞だと確信できるほど、私とユイ先輩の間には形容しがたい差があった。
……目標だった金賞を得ても満足できなかったのは、私が金賞を目指していたわけではなく、ユイ先輩を越えることを念頭に置いていたからで。
とても、わがままだなあ、とは思う。
贅沢な望みだと。
それでも私は、先輩が見ているあの世界を見てみたかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
1ヶ月限定の恋人を買ってみた結果
こてこて
ライト文芸
「キレイさっぱり消えて、粉になる。粉は普通ごみで捨てられるから心配いらない」
俺の自慢の彼女、それは“ハニーパウダー”であった。
落ちこぼれ大学生の俺に対し、とことん冷たかった彼女。それでも俺たちは距離を縮めていき、恋心は深まっていく。
しかし、俺たちに待ち受けているものは、1ヶ月というタイムリミットだった。
そして彼女が辿った悲痛な運命を聞かされ、俺は立ち上がる。
これは1ヶ月限定の恋人と向き合う、落ちこぼれ大学生の物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる