モノクロに君が咲く

琴織ゆき

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3章「いいよ、言わなくて」

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 人の生死に対面する。そんなときに上手い言葉をかけられる人なんていない。それが身近な人間であればなおさら、現実感はますます遠のいてしまうものだ。
 だからこそ、いつか訪れる別れのときまで、周囲とどう接するのが正解なのか、私はずっとわからずにいる。

「──先輩。定期テストが終わって夏休みに入ったらすぐ、絵を描きに行きませんか」

「……っ、え?」

「どこでもいいんです。ふたりで、課外活動をしませんか」

 しっとりとした夜空の瞳を向けながら、ユイ先輩が唇を引き結んだ。
 見つめ合う静寂が、なんだか初めて先輩と出会った日に似ているような気がした。
 私に『誰?』と言ったときの先輩は、今と同じような顔をしていた。
 困惑。衝撃。戸惑い。
 そんないくつもの感情が綯い交ぜになった、私が描く水彩画のような色。
 ああ描きたい、と。あのとき私は、強く、強く思った。だからなのか、不思議とあの日のことは忘れない。いつだって鮮明に脳裏に浮かんでくる。

「課外活動、ね」

 ほんの数秒が何分、何十分の感覚で。やがてゆっくりとうなずいたユイ先輩は、絵を描いているときと同じ瞳の色をしていた。

「……いいよ。でも、場所は俺が決めていい?」

「はい、ありがとうございます。ふふ、楽しみだなあ」

 ──本当は、ずっと言わずにいたかった。
 苦しみも悲しみもつらさも、現実の非道さも、なにもかも、いつもの笑顔の裏に隠したままでいたかった。
 追いかけ続けてきた私の夢が、儚くも桜のように散っていったように。
 それでも、きっと優しい先輩は、暗れ惑う私に言うのだろう。
 たとえ自分の感情を押し殺しても、大丈夫だ、と。



 そうして翌日、私は退院した。
 しかし、さすがに三日間は自宅療養で様子を見るように指示され、私はしぶしぶ家でテスト勉強に勤しむ羽目になった。
 七月の下旬。
 今年の夏は梅雨が短かったこともあり、湿気が少ない。風が爽やかに感じられるくらいカラリとした暑さで、体力減退中の私には幾分か過ごしやすい気候だった。
 体調は、とりわけよくも悪くもない。
 以前と変わったことといえば、体重は減っているはずなのに、体が重く感じられるようになったこと。それから、眠りがより深くなったくらいだ。
 深く、深く、誰も到達したことがないような海底に沈んでいくように眠る。
 きっとこうして水底に着いたとき、私は死ぬんだろうなと毎朝起きる度に考える。
 眠っている間は夢もいっさい見ることなく熟睡しているから、不快感はない。
 むしろ不思議なくらい心地がよくて、いっそこのまま眠ったままでもいっか、と思ってしまったりもする。
 けれど、いざ目覚めたとき、生きていることを実感するとホッとしてしまうのだ。
 そんな不安定さを、私は誰にも見せないようにしてきた。
 家族にも、もちろん友だちや、ユイ先輩にも。

「やっほー、鈴。意外と元気そうじゃん?」

「よかったぁ。救急車で運ばれたって聞いたときは心臓止まるかと思ったよ」

 自宅療養三日目。
 夕間暮れになって家にやってきたのは、円香とかえちんだった。学校帰りで制服姿のふたりは、もう勝手知ったる様子で私の部屋に入ってくる。

「へへ、ごめんごめん。私も自分でびっくりしたよ」

 部屋の中心に置いているテーブルを囲んで、三人で座った。
 試験前のため、美術部は元より、円香の所属する料理部やかなちんのバレー部も休止期間に入っている。普段はなかなか学校以外で会う時間を作れないから、この機に三人で集まって試験勉強をしようという話になったのだ。

「ここ二日の授業ノートも持ってきたからね。わたしが文系科目、楓ちゃんが理系科目って分担して取っておいたんだ」

「選択授業だけは三人ともバラバラだから、ちょっとわかんないけどね」

「うわ、ふたりともホントありがと。わざわざごめんね」

 ふたりとも高校からの友だちだ。高一のときにたまたま同じクラスになって、席が近かったことから一緒にいるようになった。
 円香は見た目通りの、大人しくてほんわかとした女の子。
 お菓子作りの腕前は一級品で、実家は洋菓子屋を営んでいるらしい。
 かえちんはとにかくスポーツ万能で、バレー部のエースだったりする。
 そんな彼女たちに私の病気のことを打ち明けたのは、去年の秋頃だった。
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