モノクロに君が咲く

琴織ゆき

文字の大きさ
上 下
28 / 76
3章「いいよ、言わなくて」

28

しおりを挟む

「小学生のときから熱く聞かされてきた鈴ちゃん憧れの彼と、まさか会えるなんて思ってなかったわ。予想以上にイケメンでびっくりしちゃった」

 さきほどの神妙さはどこへやら、隅に置けないわね、と私をくいくい小突く先生。
 五年もの付き合いにもなれば、主治医とはいえ友だちのような親しさだ。
 私が属しているのが小児科だというのもあるだろうけど、こういう話題は伊藤先生に限らず看護師さんたちも大好きだった。
 聞かされてきた、ではなく、聞き出されてきたの方が正しい。

「せ、先輩のことはいいですから……!」

「ふふっ初心ねえ、鈴ちゃん。じゃあ先生、さっきのことも含めてもう少しご両親とお話してくるから。なにかあったらナースコール押してね」

「は、はあい」

 伊藤先生が出ていった後、入れ違いにユイ先輩が戻ってくる。

「あ、先輩……」

「話、終わったみたいだから。……でもまだ、入ってこない方がよかったね」

 どうやら気を遣って外にいてくれたらしい。
 ユイ先輩は相変わらず泣き続けている愁を見て、しゅんと眉尻を垂らした。どう接するべきか悩んでいるようだけれど、そんな様子を見せる先輩もまた珍しい。

「ごめ……ごめん、姉ちゃん……っ」

「え?」

 突然謝り始めた弟に狼狽えて、私はおろおろと愁へ手を伸ばす。
 それに応えるようにしゃがみこんだ愁は、そのままベッドに顔を埋める。その肩は、いっそ気の毒なくらいに震えていた。小さい頃と変わらない、とまたも思う。
 私と同じ色の髪を梳くと、愁はなおのこと強い嗚咽を漏らした。

「お、おれが、おれが姉ちゃんのこと、興奮させたりしたからっ」

「ち、違うよ、愁。なに言ってるの。愁のせいなわけないでしょ」

 なんとなくだけれど、覚えている。
 私が意識を失う前、頭に血が上った愁が、ユイ先輩へ堪えきれない鬱憤をぶつけていたこと。
 たしかに愁は、前々からユイ先輩のことを嫌っていた節があった。
 しかしそれはあくまで私との会話上で毒づくくらいだったし、そもそも愁と先輩が知り合いなわけでもなかったから、大して気にはしていなくて。
 けれど、愁は──取られた、と言っていた。
 ユイ先輩が、私を取ったのだと。
 その言葉の真意は定かではない。ただ、なんとなく、私の意識がいつも先輩へ向かっていたことに対する不満から来るものなのではないかと、そう思った。

「……ねえ、愁。愁は小さい頃から優しくていい子だから、私のこといつも心配してくれるけど。もっと、わがまま言っていいんだからね」

「っ、え……?」

「たしかに、私にとってユイ先輩は大切な人だよ。生きる指針で、道標で、理由だから。でも、だからって、他のことをどうでもいいなんて思ってないの。とくに家族に関しては、ないがしろにするつもりはないよ」

 なんと言葉を紡いだら、この気持ちが嘘偽りなく伝わるのだろう。
 言いようのないやるせなさに苛まれながら、私は小さく息を吐いた。

「……きっと私にできることなんて、限られてるんだろうけどね」

 私がいなくなった後も、愁やお父さん、お母さんはこの世界で生きていく。
 そんな家族に、今の私が残せるものなんて、そう多くはない。
 それでも、ばらばらにならないように──ちゃんと家族のまま、みんながこれからも生きていけるように、私はその根っこの部分をしっかり作っておきたいと思う。
 どうしたらいいかなんてわからなくても、そう願ってしまう。

「愁は、私になにをしてほしい?」

「っ……おれ、は」

「なんでも聞くし、なんでもするよ。我慢しないでちゃんと言っていいんだよ、愁」

 ちがう、ちがう、と愁は幼い子どもがイヤイヤするように首を振る。

「なにかしてほしいわけじゃない。おれは、姉ちゃんがいなくなるのが嫌なんだ」

「……うん」

「おれの姉ちゃんは、姉ちゃんだけなのにっ……勝手に、いなくなるとか、ふざけんなよぉ……っ」

 ベッドに顔を押しつけながら、押し殺すように啜り泣く愁の頭を撫でる。

「ごめんね」

 痛覚はなくなっても心の痛みだけはなくならないのだな、と。
 謝ることしかできなくて、私は軋む胸を押さえながら、ユイ先輩を見た。
 うしろで戸惑ったように立ち尽くし、瞳を揺らす先輩。いくら先輩だって、こんな状況に遭遇したことはないだろう。本来はここにいるはずのない人なのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

演じる家族

ことは
ライト文芸
永野未来(ながのみらい)、14歳。 大好きだったおばあちゃんが突然、いや、徐々に消えていった。 だが、彼女は甦った。 未来の双子の姉、春子として。 未来には、おばあちゃんがいない。 それが永野家の、ルールだ。 【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -   

設樂理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...