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3章「いいよ、言わなくて」
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しおりを挟む「だいじょーぶ! 元気元気」
深海にずぶずぶと沈みかけた思考を勢いよく引き戻して、私は笑みを取り繕う。
「……カラ元気っていうんじゃないの? それ」
「うわあ。なんか愁、ユイ先輩に似てきたね。もともと似てるとこあるけど」
「は?」
虚を衝かれたように、愁が男子にしては丸みを帯びた目をひん剥いた。
「やめてよ。おれ、その先輩ってやつ嫌いなんだから」
「会ったことないでしょ、愁」
「ないけど嫌い。姉ちゃんが先輩先輩ってうるさいから」
ふん、と不機嫌に顔を背けて愁が立ち上がったそのとき、扉が開く音がした。
先生が帰ってきたのかな、と愁と目配せしあう。しかし、こちらへ向かってくる足音に聞き覚えがあった私は、思わず「えっ」と戸惑いの声をあげた。
「……小鳥遊さん、起きてる?」
「ユイ、先輩?」
やっぱりそうだ。カーテンの向こうでユイ先輩がホッと息を吐いた気配がした。
「入ってもいい?」
「も、もちろんです」
愁があからさまに嫌そうな顔をしたけれど、まさか断るわけにもいかない。
ゆっくりとカーテンを引き開けた先輩は、私を見てわかりやすく目元を和らげた。
かと思ったら、隣にいる愁へまじまじと視線を移し、
「……中、学生?」
ユイ先輩にしては非常に珍しく、動転した表情で尋ねる。
「っ、中学生で悪かったな!」
「あっこら! 出会い頭に噛みつかないの、愁!」
「……愁?」
私と愁を交互に見比べて、先輩はさらに混乱したような顔をする。
無理もない。高校に中学生がいるだけでも目立つのに、いきなりこんな嫌悪感まるだしな態度を取られたら、誰だって面食らう。
「あの、すみません先輩。この子、私の弟なんです」
「おとうと」
「はい。三つ下の中学二年生で……。今日は私のことを迎えに来てくれたんですよ」
へえ、そう、弟……とぼそりとつぶやき、ユイ先輩は愁を頭の先から足の先まで食い入るように見た。
まるで珍妙な生き物でも見つけたような反応に、私の方が困ってしまう。
というか、ユイ先輩がこんなに他人を意識するのを初めて見たかもしれない。
それから安堵したように胸を撫でおろして「なるほど」とうなずいた。
今の視線でいったいなにに納得したのか気になったが、次の瞬間にはもうユイ先輩の興味はこちらに移っていた。
「体調、どう?」
「あ、え、大丈夫です! なんかぐっすり寝てたみたいで」
「そっか。ならよかった」
先輩がいつになくわかりやすく微笑んだのを見て、私はつい感動を覚える。
「せ、先輩が成長してる……」
そんな私を見て、愁が早くもしびれを切らしたように渋面を向けてきた。
「もういいから帰るよ、姉ちゃん」
「あ、うん。そうだね」
しかしベッドから降りようとすると、なぜかがっくりと体から力が抜けた。
あやうく顔面から倒れこみそうになったところを、過去一で素早い動きをしたユイ先輩が受け止めてくれる。ひゅっ、と息が詰まり、私は思わず先輩の腕に縋った。
「あっぶな……」
「っ、姉ちゃん!」
そのままぺたりと地面に座り込んだ私の隣に、愁が慌ててしゃがみこんだ。その顔はいつになく焦燥感が滲み、その目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。
一方のユイ先輩も、私の肩を支えながら「小鳥遊さん?」と床に膝をつく。
「……どうしたの? やっぱり具合悪い?」
「い、いえ……なんか、力が、入らなくて」
あはは、と曖昧に笑ってみる。
けれど、自分が笑えていないことなんて明白だった。さすがの私も、突然のことに少なからず動揺してしまっているらしい。
ぎゅっと眉根を寄せた愁は、なにを思ったか私に向かって背中を向けてくる。
「乗って」
「え」
「背負って帰るから」
愁は中二にしてすでに私より背が高い。
とはいえ、さすがにここから家まではきついだろう。歩いて通うことが可能な距離ではあるが、それでも軽く二十分ほどは歩くことになる。
「……弟くん。それより、タクシーの方がいいよ」
そう告げるや否や、ユイ先輩は私をひょいっと抱き上げた。突然ふわりと体が宙に浮いて驚いている間に、ふたたびベッドの上におろされる。
内心、大パニックだ。
ユイ先輩に私を持ちあげられるほどの筋力があるなんて聞いていない。
「あ、あの、えっ、えっ?」
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