モノクロに君が咲く

琴織ゆき

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2章「わからなかったんだ」

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 はぁぁぁあと深く嘆息して、榊原さんがげっそりしながら頭を抱える。

「……君が、前に俺のことを好きって言ってくれたから」

「っ……」

「すごく遅くなったけど、ちゃんと返事はしないといけないのかも、と思って」

 俺はこれまで、他人からの好意を受け流していた。その好意を肯定することも否定することもなかった。結局は関係のないことだったから。
 でも、この『好き』という言葉は、一方的か否かで大きく形が変わるものらしい。
 つい最近、それを知った。
 自分自身で経験して、ようやく理解した。
 そうして、思い至ったのだ。どちらとも取らず泳がせておくことは、自分にとっても相手にとっても、あまりに残酷なことなのではないかと。

「ごめんね、榊原さん。俺はずっと、君にひどいことをしてたね」

 ただただ気持ちだけを宙に彷徨わせたままでは、いずれ、迷子になる。
 たぶん俺は、そんな終わりのない苦行を、延々と迷い彷徨わせるようなことを、榊原さんにしてしまっていたのだろう。
 今さら謝ったところで、困らせるだけかもしれないけれど。

「わからなかったんだ、ずっと。人を……誰かを想っているときの、心っていうか。そういう繊細な部分が、理解できなかった」

「…………」

「正直、今も、わからないことの方が多いけど。俺には難しいなって、いつも思ってるけど。でも、なんとなくね。この好きって気持ちは……君が俺に向けていてくれた想いは、もっと丁寧に扱わなくちゃいけないものだったのかなって、そう思うよ」
 俺にしては多弁に、ゆっくりと時間をかけながら言葉を紡ぐ。

「遅くなったけど、俺のこと好きになってくれて、ありがとう」

 ──それから、

「ごめんなさい。君に、好きを返せなくて」

 その瞬間、俺のなかで、はっきりとなにかが変わったような気がした。
 俺は、小鳥遊さんが好き。
 そう確信した、とでも言うべきか。

「……なにそれ」

 榊原さんはじっと俺を見つめて、一瞬だけ瞳を左右に揺らした。

「本当、今になって言うことじゃない。あまりにも遅すぎるでしょ……」

「うん。ごめん」

「……でも、ありがと。今さらでも……これできっと、前に進めるわ」

 その瞳にはうっすらと涙の膜が張っている。初めて真正面から向き合って、ハッキリと榊原さんの瞳の色を見た気がした。熟して地面に落ちた栗の色だ。

「ねえ、結生。あなたはたしかに変わった。本当に人間らしくなったと思う」

「……ん、やっぱり人間らしくなかった? 俺」

「まったくもってね。けど、そんなあなたを、あたしは変えられなかった。それが答えなのよ。どんなに好きでも、心に手が届かなければ意味がないんだから」

 そう告げながら、榊原さんはツカツカと俺のもとに歩み寄ってきた。
 かと思ったら、いきなりぐいっと胸ぐらを掴まれる。

「っ、え」

 体が勢いよく前方に傾いた。
 突然のことに反応できず、ただされるがままになる俺を間近で覗きこんでくる榊原さん。目前に迫ったのは、見たことがないくらい真剣な表情だった。

「よく聞いて、結生。──もしもあの子のことが本気で好きで、大切で、これからも変わらず関わっていくというのなら……ちゃんと覚悟を決めなさい」

「……か、覚悟って、なんの」

「人を想う覚悟よ。あなたが、ひとりの人間として、自分ではない誰かを心の底から想って生きていく覚悟。あのね、人を想うってそんなに簡単なことじゃないの。幸せなことばかりじゃない。あたしを見れば、わかるわよね?」

 こくり、と俺は曖昧に顎を引く。

「出逢いはたしかに変わるきっかけになる。けれどね、自分が変わりたいと思わなければ変わることはないの。人の本質は確固たるものだから。そのうえでどう変化していくか、どう受け入れて馴染んでいくかは、自分次第よ」

 榊原さんの言葉は難しくて、俺にはその真意をすべて読み取ることは困難だった。
 されど、今、彼女がとても大事なことを伝えようとしてくれているのはわかる。
 ひとつとして取り零してはならない、俺に必要な『なにか』がそこにあるのだろう。

「だから、ちゃんと自分と向き合って、ちゃんと変わって。結生」

 ──けれども、はたしてそれは、人形の俺に理解できることなのか。

「俺は……変わらないといけないの」
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