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2章「わからなかったんだ」
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しおりを挟む榊原さんは、一応、俺の元カノに当たる人物だ。
だが、正直、元カノと呼べるほどなにかをしたわけでもない。付き合っていたらしい当時は、俺自身その自覚もなかったくらいだ。
けれど、ゆえにこそ、傷つけてしまったという負い目はある。
だから俺は、榊原さんを無碍にできない。
とはいえ、彼女が小鳥遊さんになにかと突っかかっていたことは、ずっと気にかけていた。そのうえでこの奇妙な反応となれば、後ろ暗いことがあるのではと疑うのも無理はないだろう。しかも、今の小鳥遊さんは具合が悪いのに。
「……なにか、したの?」
すうっと心が冷え切っていくのを感じながら、問いかける。
「はあ?」
「彼女になにか危害を加えたら、許さないよ」
もしも榊原さんが小鳥遊さんにしたことを隠そうとしているのなら、俺は無理にでも彼女を押しのけて小鳥遊さんの元へ行かなければならない。
そんな気迫に圧されたのか、榊原さんは呆気に取られたような顔をした。
けれど、すぐに切なそうに眉をキュッと寄せて顔を俯ける。
「ふうん。結生には、あたしがそんなふうに見えてるのね」
「……なに?」
「べつにいいわよ、あたしのことはどう思ってても。もう終わったことだし。……でもね、これだけは言わせてもらうけど。今のあたしはあの子の手助けこそすれ、危害を加えるなんて馬鹿なことはしないわ」
手助け、とはなんのことか。今度は俺の方が面食らって両目を眇める。
「なんでもいいけど、どいてくんない?」
「寝てるのよ。今はゆっくり寝かせてあげて」
「……べつに起こさないし」
「起きるわよ、あの子は。とにかく、その膝の怪我は救護室で手当してもらって。先生いないし、勝手に保健室の道具使ったら怒られるわ」
膝の怪我なんて、とうに忘れていた。
そんなことより今は、小鳥遊さんの様子を確認しないと気持ちが落ち着かない。
「……本当に、大丈夫なの?」
「ええ。少し体調が悪そうだったから、保健室に連れてきただけよ。ちょっと疲れが出ただけみたいだし、しばらく休めば大丈夫だと思う。一応、先生からお家の方へ連絡はしてもらうけど」
驚いた。
小鳥遊さんを連れて行ったという友だちは、まさかの榊原さんだったのか。
「あ、そう……ごめん、疑って」
「もういいわよ。あたしが前にあの子をいびってたのは事実だし、自業自得って思うことにするわ。断じて今はそんなことしないけど」
ツンとそっぽを向いた榊原さんの口調には、わずかに後悔の色が混ざっているような気がした。どこか思い詰めているようにも見える。
いったいどんな心境の変化なのだろう。やっぱり女子は、よくわからない。
「じゃあ、また後で来るよ。体育祭が終わった頃に」
「そうして。その方があの子も落ち着くでしょうしね。ほら、わかったら戻るわよ」
……こんな子だっただろうか。
さっさと俺の横をすり抜け、すたすたと歩いていく榊原さんを目で追いかけながら、ぼんやりとそんなことを思う。
──他人に興味がない。
この言葉を俺に当て嵌めるなら、そこに『生き様』が付随する。他人の生き様にまったくもって、心底、関心がない。どうでもいい。
なぜ、と訊かれても困る。それに理由なんて大仰なものはないのだ。
たんに、自分以外の人間がこの世でどんな生き方をしていようが、俺にはなんの関係もない。そう思うだけ。むしろ、なぜそんなに他人に興味や関心を得られるのかの方が気になる。他人なんて、しょせん、他人なのに。
義務的なこと以外でクラスメイトと話すこともないし、そのせいで怖がられるのだろうとは薄々気づいてはいるが、それでもなお変わろうとは思えなかった。
──けれど、小鳥遊さんと出逢ってから、ほんの少しだけ。
なんとなく、他人のことが気になるようになってきたような気もするのだ。
「ねえ、榊原さん」
「なによ?」
俺の呼び掛けに振り返る榊原さんの顔は、無表情なようで暗澹としていた。
その向こう側に潜んでいるものの影が、なんとも背筋をぞくりと這いずり怖気を生む。この色が掴めない感じは、小鳥遊さんに関係しているからか。
「俺は、小鳥遊さんのことが好き。……だと、思うんだけど」
「だと思うってなによ。てか、なんでそれをよりにもよってあたしに言うの?」
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