モノクロに君が咲く

琴織ゆき

文字の大きさ
上 下
18 / 76
2章「わからなかったんだ」

18

しおりを挟む
 ただ、小鳥遊さんが同性の友だちと仲良くしているところを見慣れないせいだろうか。少し背中がむずむずして、もどかしいような心地もする。
 俺に向けられる笑顔とは、また違った素の一面に触れたからかもしれない。

「隼もいいよね」

「聞く気ないだろ。べつにいいけどさ」

 隼はジトッと俺を見て、口をへの字にした。
 なんだかんだ俺に甘い隼が断るはずもない、という勝手な算段だが、実際男ふたりで食べるよりは女子も一緒の方が華やかになるだろう。
 まあ、これが小鳥遊さんじゃなければ、誘っていなかったけど。
 さっさと屋上へと繋がる扉を開けて、五人そろって庭園へと降り立つ。
 中心にそびえる桜の大木の麓は、やはり木陰になっていた。
 全員もれなくジャージ姿だし、多少は汚れても構わないからと、アスファルトの地面に直接座ることにする。ベンチもあることにはあるが、あちらは日光に近くて暑い。

「思ってたより涼しいね。影なだけでこんなに体感温度違うんだ」

「そうそう、根元はまったくお日様当たらないから。夕方はもっと涼しくなるよ」

「というか屋上庭園ってこんな感じだったんだね。あたし何気に初めて来たわ」

 きゃいきゃいと楽しそうに話す女子たち。なんとも無邪気に相好を崩している小鳥遊さんを眺めていると、つい俺まで笑みを誘われそうになる。
 実際少し笑っていたのか、隣に座る隼が実にげんなりとした顔で俺を見てきた。

「視線がクッソ甘え。なんかおまえが笑ってると鳥肌が立つんだけど」

「ひどい言い草。俺だってたまには笑うよ」

 隼いわく、俺は元来『表情筋が死んだ男』らしい。
 そんな俺がこんなふうに他人の会話に和んでいる時点で、幼なじみとしては気味が悪いんだろう。心底、余計なお世話だが。
 でもたしかに、以前は有り得なかったことだなとも思う。
 人は不思議だ。胸に抱く気持ちひとつで、こんなにも変わってしまうのだから。 

「あれ、小鳥遊さん昼飯それだけなの?」

 不意に、隼が尋ねた。
 その視線を追うように小鳥遊さんを見る。彼女の手に握られていたのは、飲むタイプの簡易ゼリー食。栄養補助食品、という言葉が脳裏をよぎる。

「私のお昼はいつもこれですよ。今日はね、りんご味なんです。お気に入りで」

 むふふ、と満足気に見せびらかす小鳥遊さん。
 隼は「こらこら」と苦笑いを零す。

「育ち盛りなんだから、ちゃんと食わねえとだめだろ。とくに体育祭なんてエネルギー必要とする日にそんなんだけじゃ、フツーに倒れるぞ?」

「大丈夫ですよ~。私、あまり体を動かさないですし」

「んなこと言ってもなあ。ただでさえ小鳥遊さん細いのにさ」

「あっ、ピピーッ! 相良先輩アウトー今のセクハラ発言でーす」

 ビシ、と警官の真似事をしながら指を突きつけたのは、かえちんと呼ばれた彼女だ。
 レッドカードを出された隼は、やや強張った顔で眉尻を下げる。

「セクハラ……て、そういやふたりの名前知らねえな。円香さんとかえちんさん?」

「あっ、わたしは綾野です。綾野円香」

「あたしは岩倉楓。かえちん呼びは鈴の専売特許なのでやめてくださーい」

「綾野さんに岩倉さんね。つか岩倉さんキャラ濃いな。大変だろ、綾野さん」

 大人しそうな綾野さんへ、あからさまな同情を向ける隼。天真爛漫な小鳥遊さんと自由気ままな岩倉さんに挟まれれば、たしかに落ち着く暇はなさそうだ。
 けれど、彼女は「いえいえ」と朗らかに顔の前で軽く手を振った。

「鈴ちゃんも楓ちゃんも、すごくいい子ですから。毎日楽しいですよ」

「ふぅん? そんなもんか。いいねえ、JKは」

「……さっきから、なんか発言がおっさんくさいよ。隼」

「はあ? 先輩らしいの間違いだろ」

 若干的はずれな先輩像をため息で流して、俺はおかかのおにぎりに喰いついた。

「あ、ユイ先輩いいですねえ。おにぎりですか」

「……食べる?」

「ふふ、いえいえ。先輩こそちゃんと食べなきゃだめです。もっと体力つけなきゃ!」

 それを指摘されるとつらい。わりと、結構深く、胸がえぐられる。
 しかしすぐに、小鳥遊さんが笑ってくれるならなんでもいいか、と思い直した。
 こうして他でもない自分へ向けられるささやかな笑顔に、逐一、明確な理由を求めたくはない。

 ──けれどいつか、俺がその笑顔を引き出してみたい、なんて。

 そんなことを真面目に考えてしまうくらいには、俺は小鳥遊さんに溺れているのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

演じる家族

ことは
ライト文芸
永野未来(ながのみらい)、14歳。 大好きだったおばあちゃんが突然、いや、徐々に消えていった。 だが、彼女は甦った。 未来の双子の姉、春子として。 未来には、おばあちゃんがいない。 それが永野家の、ルールだ。 【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -   

設樂理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

処理中です...