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2章「わからなかったんだ」
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しおりを挟む着信音って変えられるんだっけ、と頭の片隅でぼんやり考えていると、小鳥遊さんは感極まったように涙を滲ませた。
「先輩……っ! ありがとうございます! 大事にしますっ! 」
さすがにぎょっとして、俺は慌てながら首を横に振る。
「い、いや紙は大事にしなくてもいいから、ちゃんとスマホに登録しておいて」
「はい! 今すぐにっ!」
急いでいるのではとは思ったものの、なかなか嬉しそうにスマホへ俺の情報を打ち込んでいるから口が挟めなくなった。
この子はどうも、目の前のことしか見えない性質にあるらしい。
「登録しましたよ、先輩! ほら見て、私のアドレス帳に春永結生って名前が!」
「うん、わかったから落ち着いて。なんでもいいから連絡しておいてよ。俺も君の連絡先登録したいし」
「うう、先輩に連絡していいとか幸せすぎて死んじゃいます……」
「大げさ」
まったく、と呆れながらも、その無邪気さにはくすりと笑みが零れる。
コロコロと毬が転がるように変化する表情も、淀みひとつなく素直で真っ直ぐなところも、本当に見ていて飽きることがない。
好きなんだな、と、そう思う。
……ああ、なんだか無性に恥ずかしくなってきた。
「引き留めてごめん。待ち合わせの時間、大丈夫?」
誤魔化すように促すと、小鳥遊さんは「へ?」となぜかきょとんと目を瞬かせた。
けれど、すぐにハッと自分の手の甲を見て顔色を変える。「ああ愁!」と慌てたように叫んだ彼女は、わたわたとスマホを鞄にしまいながら顔を上げた。
「先輩、すみません! ちゃんと連絡しますからっ」
「あぁ、うん。えっと、なんかごめんね」
「いえいえ、嬉しかったです! それじゃあ、また明日!」
なんとも危うい足取りで駆けていく姿を見送りながら、俺は苦笑した。
「……忘れんぼうで慌てんぼうの小鳥遊さん」
小鳥遊さんのそばにいると、不思議と心が安らぐ。
インスピレーションが湧いてくる。楽しいとか、嬉しいとか、俺が鈍くてなかなか感じられない感情を次から次へと教えてくれるから。
この気持ちはきっと、みなが言う恋というものなのだろう。
そう見当こそついているものの、正直どうしたらいいのかわからない。
なにせ、誰かを好きになったことが初めてだから。接し方も、扱い方も、心の保ち方も、なにもかも未知の領域すぎて、どうにも惑いそうになる。
「……愁、か」
たったひとこと小鳥遊さんがそう呼んだだけで、顔も名前も知らないその名前に嫉妬してしまうくらいには、俺は彼女に惹かれてしまっているのに。
──恋愛とかいうものは、人形の俺にはとても、難しい。
◇
「よーっす、結生」
「………………。あぁ、隼か……」
「いや反応おっそ。大丈夫かよ? もうへたばってんのか?」
体育祭当日。ようやく午前の部が終わり、生徒たちは各自昼休憩に入った。
それはいいが、暑い。とにかく暑い。
一刻も早く校舎のなかに避難したい気持ちはあれど、こうも気温が高いと動くことすら億劫だ。体が今にも溶け落ちてしまうのでは、と本気で心配するほど。
そんなこんなで、俺は待機場所の椅子から一向に立ち上がれずにいた。
「おまえ、俺が迎えに来るってわかってて動かなかったんだろ」
「べつに。まあ、来るとは思ってたけど」
呆れ顔で俺の隣にどかりと腰掛けた隼は、「ほら」とミネラルウォーターを放ってくる。反射的に受け取れば、それは俺がいつも買うメーカーのものだった。
「水分取ってねえんだろ、どうせ」
「……水筒忘れた」
「アホか? やっぱアホなんだな!? いいから早く飲め死ぬぞ!」
渡してきたばかりのペットボトルを引ったくったかと思えば、隼は素早く蓋を開けて乱暴に口へ突っ込んでくる。
突然流れ込んできた水をなんとか飲み下しながら、俺はじりっと奴を睨みつけた。
「もっと優しくできないわけ」
「うるせーよ」
小中高と同じ学校で過ごしてきただけあって、言動にまったく遠慮がない。
いわゆる幼なじみ、腐れ縁というやつなのだろう。だが、俺にとっての隼はどちらかというと世話焼きな兄とでも言うべきか。まあ、それに準じた存在だった。
「あのなぁ、熱中症でいちばん怖いのは水分不足なんだからな。脱水症状は酷くなると死ぬんだぞ。わかってんのか、おまえ」
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