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2章「わからなかったんだ」
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しおりを挟むまあたしかに言われてみれば、小鳥遊さんの前では自然と言葉が出るかもしれない。
他の女子やクラスメイトには、基本的に「うん」や「いや」しか返さないのに。
例外なのは、幼なじみの隼と──ああ、榊原さんくらいか。我ながらわかりやすすぎるな、とは思うが、こればっかりは無自覚なのでどうしようもない。
「なんというか……小鳥遊さんは、たぶん、興味深いんだと思う」
「へ?」
「先が読めないから」
人を見ると、大抵その人がどんな色かわかる。描くならこんな色かと、瞬時に変換される。あの色とあの色を混ぜこんだような人だなと、俺の他人に対しての第一印象はすべて『色』で定まっているのだ。
そして頭のなかで変換された色味を、俺はこの六年、鉛筆一本で表現してきた。
だが、小鳥遊さんは、そもそもの『色』がわからない。
初めて会ったときから今日までずっと。
描いてみたいと思うのに、どうにも嵌らない。一向に掴み切れずにいる。力量が足りないのかと疑ったりもしたが、きっとこれはそういう問題でもないのだろう。
「小鳥遊さんは、俺の常識に当てはまらない。それがすごく、面白いよ」
「え~……それ、褒めてます?」
「さあ、どうかな」
きっと小鳥遊さんの色がわからないのは、彼女がモノクロの世界に似合わないからだ。白と黒、そしてその中間色ではとても表現しきれないほど、鮮やかだから。
「……うん。まあ、どっちでもいっか」
「そう。どっちでもいい。そこは重要じゃないからね」
「はい。それで話を戻しますけど……私、ユイ先輩が運動得意じゃないことくらい知ってますよ。知った上で見たいんです。むしろ、そんなユイ先輩が気になる」
「物好きだね」
「どんな過程でも結果でも、先輩は変わらず先輩でかっこいいから。それこそ私にとっては、徒競走のゴールの順番なんてさして重要じゃありません」
なんてことないように言っているが、相当ハイレベルな口説き文句だ。
思わず小鳥遊さんを凝視してしまいながら、俺は鈍った思考をフル回転させる。情けないことに、こういうとき、なんと返すのが正解なのかわからない。
『大好きです! ユイ先輩』
──初めて出会ったときから、小鳥遊さんは躊躇いもせずに好意を伝えてくる。
だが、一方で『付き合ってほしい』とは一度も言われたことがない。まるで挨拶のように『好きだ』と伝えてくるばかりで、結局この一年、なんの発展もなかった。
好きだから、付き合う。
そのイコールが成立していなければ、気軽に付き合ってはならない。
──そう榊原さんで学んだ俺としては、正直この状況は甚だ疑問だった。
残念なことに、彼女が望んでいることを正しく察する能力は俺にはない。
けれど、俺の勘違いでなければ、おそらく小鳥遊さんは日々好きだと伝えてくるわりに、それ以上のことを望んでいるわけではないのだ。
ましてやこちらの気持ちも、彼女はそこまで重要視していない。
なんだったら嫌われてもいいと思っている節もある。こちらがなにか動けば、一歩でも踏み込めば、そのぶんだけ離れていってしまいそうで──。
たぶん、俺は怖いのだろう。
彼女との関係が変わってしまうことが。
彼女と過ごしてきた心地いい時間が終わってしまうことが。
万が一、好きが恋愛的な好きではない可能性も捨てきれないからなおのこと。小鳥遊さんのことを意識しているからこそ、俺は、彼女の言葉から逃げている。
「……あの、さ」
「あ、もうこんな時間! 私、帰らなきゃ」
ふとスマホの時刻を確認した小鳥遊さんは、慌てたように立ち上がった。
問いかけようとした言葉が行き場を失って引っ込んでいくのを感じながら、俺も時間を確認する。
四時五十八分。夏を目前に控えたこの時期、だいぶ日が伸びてきたおかげで、部活の終了時間はだいたいどこも六時過ぎだ。美術部も例に漏れず、平日の放課後は毎日のように日灯し頃まで筆を走らせるのが通例だった。
──いつもは、俺が終わるまでいるのに。
なんて、まったくもって俺らしくもないことを思う。なんとも言いようのない寂しさを募らせながら、俺は後片付けをする小鳥遊さんを目で追った。
「……まだ早くない?」
「今日はちょっと用事があるんです。約束してて」
「約束?」
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