モノクロに君が咲く

琴織ゆき

文字の大きさ
上 下
9 / 76
1章「今日も今日とて、大好きです」

9

しおりを挟む

「つまり、あたしがいるから自分はいなくなっても結生は大丈夫だ、とか、そんな傲慢極まりない馬鹿げたことを言いたいんでしょ!?」

 いやそれは、と否定しようとして言葉が詰まる。
 そう、なのかもしれない。
 だって沙那先輩のようにユイ先輩を想ってくれる人がいれば、きっと彼はひとりぼっちになることはないから。私は、なによりあの人を孤独にはしたくない。

「ふざけんじゃないわ」

「さ、沙那先輩?」

「あのね、結生はあなたに出逢うまで本当に人形そのものだったのよ。感情どこに忘れてきたのってくらいなにかが欠落してた。だから、ようやく人間らしくなってきた今……そう、今がいちばん大事だったのに……っ」

 沙那先輩は震える手で掴んでいた私の肩を離して、グッと唇をかみ締めた。

「あいつは、心の行き場を見失ってるのよ」

「……沙那先輩?」

「どんな感情も捉えられない生きた人形。それがあたしが出会った結生だったわ。恋愛なんてとんでもない……そんなの、最初からわかってたことだった」 

 つぶやきを落としながら、沙那先輩は私に背を向ける。
 震えた肩。震えた声。泣いているのかと思ったけれど、聞けないのがもどかしい。

「わかってたのに、どうして……?」

「そんなところに惹かれちゃったのよ。危うい、ほっとけない、あたしが守らなきゃって。けど、あたしには無理だった。たったの一ミリも掴めなかった。結生の心を」

 沙那先輩の言わんとしていることは、なんとなく理解できる。
 けれど、それはほんの少し、私のなかのユイ先輩とズレていた。
 たしかにユイ先輩は感情の起伏が少ないし、表情に出ないから思考回路も読み取りづらい。その点では『人形』という喩えは、至極、的を射ているのだろう。
 でも、決して心がないわけではないのだ。むしろ人一倍、繊細だと思う。
 ──だって心がない人に、あんな絵を描けるわけがないから。

「……あなたは違うのよ。小鳥遊さん」

「私、ですか?」

「あなたはもう掴んでる。きっとあたしにはわからない世界を見てるんでしょうね。皮肉なことに、自分が外側にいるとそれが嫌というくらい感じられるわ」

 顔を拭うような仕草をしてから、沙那先輩がおずおずと振り返る。
 深みのある栗色の瞳は、淡く濡れそぼって頼りなく左右に揺れていた。

「あいつは今、変わろうとしてるの」

 いくつもの感情が複雑に入り交じる、名前のない色。これを表現できるのはきっとユイ先輩くらいだろうななんて、頭の隅っこでぼんやりと考える。

「それはきっとあなたのおかげで、あなたの存在ありきのものなのよ。正直、悔しいし羨ましいけど。でも、あいつは放っておいたらいつまでも……それこそ延々と底なし沼にいるから。だから、あなたが必要なの」

「……私、ユイ先輩にとってそんなに重要な存在なんですか」

「そうよ、ちゃんと自覚しなさい。結生を沼から引き上げて陽の光を浴びさせてあげられるのは、きっとあなたしかいないんだから」

 これはこうだと言い切る。沙那先輩の強いところだ。
 私とは、違う。私はこんなにも強くなれない。……なりきれない。

「あなたが病気だってことはわかった。けど、それとこれとは話がべつ。あなたが結生とどんな展開を望んでいたとしても、他人の気持ちだけは変えられないのよ」

 そこまで言うと、沙那先輩は今日初めて、小さな笑みを口許に滲ませた。

「結生はああ見えて頑固だから、きっと苦労するでしょうね。早いところ相応の覚悟を決めておかないと、そのうち痛い目にあって泣く羽目になるかも」

 突き放し、切り捨てるような物言いは相変わらず。
 けれど、そこにはどうしたって隠しきれない優しさが潜んでいた。

「それから。ちゃんと約束は守るから安心してちょうだい」

「約束……あ、病気のこと」

「誰にも言わないわ。ちなみに、他に知ってる人はいるの?」

「友だちの円香とかえちんは知ってます。隠してたけど、普通にバレました」

 沙那先輩は、なぜか可哀想なものを見るような眼差しを向けてきた。

「あなた、隠し事とか向いてなさそうだものね。まぁ、同級生に知ってる人がいるなら安心だけど。……なにかあたしにできることがあれば、頼ってくれてもいいわよ」

「はあ……えっ!?」

「なによ」

「せ、先輩が優しいことに驚いてます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

演じる家族

ことは
ライト文芸
永野未来(ながのみらい)、14歳。 大好きだったおばあちゃんが突然、いや、徐々に消えていった。 だが、彼女は甦った。 未来の双子の姉、春子として。 未来には、おばあちゃんがいない。 それが永野家の、ルールだ。 【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -   

設樂理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

処理中です...