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1章「今日も今日とて、大好きです」
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しおりを挟む沙那先輩と向かい合うように腰を下ろして、私はとりわけ濃く固まった朱色の絵の具を指先で撫でる。ツルリとしているかと思いきや、案外ざらざらした感触だった。
頭の内部で順序を組み立てながら、私は俯きがちに口火を切る。
「ええと。──沙那先輩、『枯桜病』って知ってますか?」
「……え?」
「今から約十年ほど前に突如発現した原因不明の難病です。聞いたことくらいはあります、よね?」
「ええ。その、前に、テレビで……」
私はよかった、と安堵する。そこを超えなければ、話は一向に進まない。
──枯桜病。
それは発現当時、その奇怪さから一時メディアで多く取り上げられていた病だ。
おかげで名前だけが尾ひれをつけて独り歩きし、あることないこと囁かれていたりもする。だからこそ、わりと名前だけなら知っているという人も少なくない。
年に数名しか罹患しない類稀な病ゆえに、詳細を知る人は存外少ないのだが。
「この病気は、いわゆる全身疾患という部類でして。発病から数年の時をかけて、内臓のあらゆる機能が衰退していくんです。年老いるというより、故障に近いかな」
「っ……」
「人によりけりですが、機能が低下すると共に五感、とりわけ痛覚に影響が出ると言われています。つまり、痛みを感じなくなるんですね。だからこの病気の罹患者は、痛みも苦しみもなく、ただ静かに眠るように亡くなるのだとか」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでそんな……」
詳しいの、と言おうとしたんだろう。
けれど、顔を上げた私を見て、沙那先輩は続ける言葉を失ったように茫然とした。
「はい。私、枯桜病なんです」
シン、と痛いくらいの静寂が落ちた。
沙那先輩は拒絶を滲ませながら喉を震わせる。
「う、ウソでしょ。あんな……あんな珍しい病気。冗談も大概にしなさいよ」
「こんなこと冗談で言ったりしませんよ。病気でもないのに病気だと偽ることは、本当にその病を抱えている人に対しての侮辱に当たりますから」
原因不明の難病。いまだ特効薬も発明されておらず、病の原因などもわからないまま。この病気との付き合いが長い私でも、説明できることには限界がある。
「……枯桜病と言われる語源は、発病から死までの期間が、まるで美しい桜が枯れるようだから。身体の機能が徐々に散っていく様を、なかば皮肉的に表現したものですね。実際はそんな美化できるものでもないんですけど」
本当に体が桜の花びらになって散ることができたら、どんなにいいだろう。
もう数え切れないくらいに考えたそれを、自嘲を浮かべながら振り払う。
「余命は人それぞれです。枯桜病は死間際になって急速に症状が進むのが特徴なので、いざ進み始めないと余命すらもはっきりしなくて」
「……それ、は、何年くらいとかも……」
「そうですね。これまでの最長記録は発病から五年九ヶ月らしいですけど、早い人は一年も経たずに亡くなってます。でも、若い人ほど進行は遅いみたい」
夕暮れを逆光に浴びる先輩の顔色は悪い。だから面白くない話だと言ったのにな、とより申し訳なくなりながら、私は場を和ませようと少し声音を上げた。
「私は小学六年生の終わり頃に枯桜病を発症したんです」
「え……小六? えっと、あたしの一つ下だから……」
「今から五年前ですね。残念ながら、まだ最長記録には届いてませんけど」
見た目からはわかりにくい、かもしれない。
痩せてはいても平均身長より背が低いおかげであまり目立たないし、そもそも表面上に現れるものではないのだ。あくまで内側のみが徐々に衰退していくだけ。
「なので今回一ヶ月休んだのは、検査のためです」
「……検査? その、病気の?」
「はい。体の内側が現時点でどのくらい衰退しているのか、衰退速度はどの程度なのかを定期的に検査するんです。一日二日ではわからないので、一ヶ月ほどかけて行う必要があって。だから、学校を休んで入院していました」
新学期開始と被ってしまったのは、私的にも相当な痛手だった。
だが、こればっかりは致し方がない。
なにせもう五年目だ。私の体は、いつなにがあってもおかしくない状態にある。
「……結果は」
「え?」
「結果は、どうだったの。まだ……」
生きられるの、と声にならなかった言葉が聞こえた気がして、私はくすりと笑う。
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