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1章「今日も今日とて、大好きです」
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しおりを挟む「勝手にやめたと思ってたのは、俺の方だし」
「あ、わかっちゃいますよ、私。ユイ先輩、今ちょっと怒ってるでしょ」
「怒ってない。たぶん」
「たぶん」
こんなモテ要素を詰め込んだユイ先輩の周りに、驚くほどミーハーな女子たちが集まらないのは、鉄壁のような無表情が標準装備だからだ。
それはただ、不器用ゆえのものだと私は知っているけれど、なんとなく話しかけづらいんだろうな、と思う。銀髪だし。本人は無意識のようだが、いつも冷たい氷を纏っているような雰囲気を醸し出ているから、なおのこと怖がられてしまうらしい。
他ならぬ私だって、最初は大いに戸惑ったものだった。
「ごめんなさい、先輩。ちょっとままならない事情がありまして」
「……芸術とも取れない、その斬新なデザインの前髪と関係ある?」
「あ、そこ聞いちゃいます? みじんも関係ないですけど」
じっ、と。濁りのない澄んだ眼差しを向けられて、私はついたじろいでしまう。露わになった額を両手で抑える振りをして顔を隠しながら、たははと笑ってみせた。
「違うんですよ。こんなに短くするつもりはなかったんです。ただ、ちょーっと手が滑りまして」
私の前髪はいま、右側が極端に短く左側が長い状態だ。流行りのアシメだと誤魔化せないほど急な下り坂状態の前髪を見て、友だちの円香とかえちんはこう言った。
『お、思い切り具合が素敵だね、鈴ちゃん』
『さすが芸術家だよ。その発想はないわ』
私もない。言うまでもなく、思い切ったわけでもない。
いくら筆が乗らなくとも、髪をじぐざぐに切るなんて奇行には走らない自信がある。
長い髪が好きだという先輩の好みに合わせて伸ばしているのに、せっかくの努力が危うく水の泡になってしまう。
「直す暇もなかったんですよ。もう今日一日めちゃくちゃ恥ずかしくて」
「まぁ……いずれ伸びるだろうし、慣れればそのままでいい気もするけど。でも、そんなに気になるなら切ってあげようか」
「えっ」
「……よけいなお世話なら、」
「じゃないっ! なわけない!」
グイッと食い気味に否定すると、先輩はわずかに眦を下げながら苦笑した。
「必死」
「だ、だっていいんですか? 先輩の天才的な手腕を私に施したりなんかして……!」
「大袈裟でしょ。絵と散髪は違うし」
ベンチから立ち上がったユイ先輩は、私が手に持ったままだった鉛筆を抜き取ってキャンバスの横に置いた。まだアタリしか描かれていないモノクロのキャンバスだ。
今さらながら、はて、とささやかな疑問を浮かべる。
「あまり筆が乗らなかった感じです?」
「……まあ、ね」
一瞬の間ののち、ユイ先輩は小さく肩をすくめた。
「ハサミ、教室に行けばあるかな」
「あ、私持ってますよ。筆箱にいつもいれてるから」
「じゃあ、貸して。あといらないプリントがあればそれも」
「はーい」
言われるがまま、スクールバッグからハサミとノートを取り出して先輩へ手渡す。
中指にペンだこが拵えられたユイ先輩の骨ばった指先は、それでも色が白くて綺麗に見えるから不思議だ。私のかさついた手とは比べ物にもならない。
「元がその形じゃ限界があるけど……リクエストは?」
「お任せします。見た感じ、おかしくない程度に直してくれれば充分です」
「了解」
ベンチに座ると、おもむろにプリントを持たされた。
どうやらこの上に切った前髪を落としていくらしい。幸い今日は風もほぼ吹いていないから、飛んでいってしまうこともないだろう。
「……それで。君の休んだ理由、ままならない事情っていうのは言えないことなの」
「え。知りたいですか?」
ちょきん、とハサミの先が額の上で動くのを上目遣いに見ながら聞き返す。
「知りたいわけじゃないけど」
「ふふ、ならいいじゃないですか。たいした理由でもないんですよ」
ハサミの向こう側に見えるユイ先輩の顔は、相変わらず無表情だ。
でも、ほんの少しだけ拗ねているような気もする。ここ一年、毎日のように部活で顔を合わせていたおかげで、だいぶ理解できるようになってきているらしい。
「やめませんよ。ユイ先輩がいるうちは」
「……ふーん」
「ふーんて」
くすくす笑うと、ユイ先輩も無症状の顔にわずかながら微笑を滲ませた。
そんな些細な変化ひとつに心拍数が上がる。
ずるい、と。そう思ってしまう。
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