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第二章

乙女心

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 ママとパパの離婚から8ヶ月後——。ママは健ちゃんと再婚した。

 そんなわけで、わたしの苗字も今日から藤本になります。


「……中身は変わりませんが、これからもよろしくお願いします!」

 ママたちが婚姻届を提出した今日。苗字が変わったからと、一応、教室で簡単な挨拶をさせられた。

 だからといってわたしはわたしだし、なにも変わらないんだけど。


 新しい生活や環境にもようやく慣れてきた。

 そして、わたしは小学校最終学年である、六年生へと進級していた。


「今日の学級会議は、修学旅行の班決めをします!」

 クラス委員であるわたしと、同じく男子のクラス委員の鈴木は、出際よく議題を展開していく。

 「立花! このプリント……、あ、わりぃ‼︎」


 長年わたしのことを「立花」って呼んでいた鈴木にとって、今更「藤本」に直すのは結構至難の業らしい。

 「えと、ふっ藤本!」


 特に小四の時の自分の担任の名前でもある健ちゃんの苗字を呼び捨てにするのは、尚更抵抗がある様子……。

「藤本藤本藤本藤本! んー、なんか調子狂うなぁ」

「別に立花のまんまでいいよ」

 見兼ねたわたしは、鈴木にそう伝えた。苗字で呼ばれるなら、立花だろうと藤本だろうとどっちでもよかった。

 本音を言えば、鈴木とカレカノになって、名前で呼び合いたい。


 それだけだ。

 そして、波乱が待っているなんて知る由もない修学旅行の班は、わたしと親友の名波紗絵。

 鈴木とその親友の中田くんになった。


✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

「泉海ちゃんやったじゃん‼︎ 鈴木くんと同じ班だよ‼︎」

「ちょっ! 紗絵……! 声がおっきい‼︎」

 大好きな鈴木と同じ班になれて嬉しいはずなのに、わたしは素直に喜べないでいた。それは——わたしには最大の欠点があるから……。なんだけど。

「立花! 名波!」

「すっ鈴木……‼︎——……と中田くん」

「うわっ! ひでぇ‼︎ 俺は鈴木のおまけかよ、立花‼︎」

「えっあ、そういうつもりじゃ——」


 鈴木に気を取られて、中田くんの存在を忘れかけていたわたしにとっては、かなり的を得た中田くんの言葉。だけど、目の前の鈴木のにこにことした可愛らしい笑顔に、わたしの心は奪われて、中田くんどころではなかった。

「修学旅行は熊本と福岡と長崎だろ! 楽しみだな‼︎」

 真っ白に輝く歯をにかっと見せながら笑い言う鈴木……。


——きゅうんって心臓がなるのを感じた。

 私立塔歌学園小学校の修学旅行は、熊本県にある三井グリーンランドと福岡県にある太宰府天満宮、そして、長崎県にあるハウステンボスに行くのが恒例で、遊園地に二箇所も行くので、カップル誕生率が高いことで有名だった。


 鈴木の見た目は148センチと、161センチあるわたしより13センチも下だけど、笑った顔が超絶可愛くて、性格もまっすぐでかっこいい男の子。

 先天性の学習障害とてんかんっていう病気を抱えているらしいけど、詳しいことは分からない。

 算数の計算が苦手だっていうのは、去年、偶然に知ってしまった。去年——わたしが体操服を忘れて帰りそうになった時。午後四時半なのに、まだ教室の明かりがついていて、少し怖くなったのを覚えている。

 だけど、教室に着いてびっくりした。


「鈴木……?」

「立花……‼︎」

「どうしたの? もう下校時間とっくに過ぎてるよ?」

「や、その……」


 バツが悪そうに下をむく鈴木。よく見ると算数の二年生のドリルを広げていた。

 まだ小学生のわたしには、病気とか言われてもピンと来なかった。

 だけど、鈴木は生まれつき計算が出来ない。それは、その時に知った。

 正直、驚いたけど、だからって気持ちが変わるわけじゃない。わたしは鈴木が好きだし。

 それは変わらないんだ——。


✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

「ねぇ泉海ちゃん‼︎」

「ん? どうしたの、紗絵」

 修学旅行の班決めが終わった帰り道。紗絵が単刀直入な質問を投げてきた。

「修学旅行で鈴木くんに告るの⁇」

「ぶっ‼︎」

 あまりにも単刀直入すぎて、思わずふきだしてしまうわたし。

「なっなんで‼︎」

「だって! 塔歌の修学旅行はカレカノ誕生率ダントツだよ‼︎ だから、泉海ちゃんもチャンスじゃん‼︎」

「そっそんなこと……。言われても……」


 十秒ほどの沈黙が訪れた。遠くで時計塔の音楽が鳴っているから、今が三時なのを告げている。


「紗絵も知ってるでしょ⁇ 鈴木に対するわたしの態度……」


 わたしは、どんなによく言っても素直という言葉とは程遠い。鈴木の前だと可愛げのカケラもない態度を取ってしまう……。


 だから、告白……なんて。出来るわけがない。

 わたしが告白するなんて、夢のまた夢の話で、鈴木と両思いになるなんて、そのまた夢の話だ。

「でも、鈴木くんも絶対に泉海ちゃんのこと好きだと思うんだけどなぁ」

「ないって‼︎ もし——もしよ? 一万歩譲って鈴木がわたしのこと好きだとしたら、鈴木の女子を見る目を疑っちゃうよ……」

「一万歩って……」

 苦笑いを浮かべる紗絵だけど、わたしにとってはそれくらいあり得ないこと。

 だから、来週からの修学旅行が楽しみであり、億劫でもあった。


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