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第一章

パパの気持ち

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「ごちそうさまでした!!」


 由海は手をパンっと当てて言うと、そのままソファのところまで走って行こうとした。


「由海。これからは自分の食器は自分で持って行こうか」


 私が提案すると、「えー、なんでぇ??」とふくれっ面になる由海。


「由海はママが好きだよね?」


 食器とは関係のない私の問いに対して、由海は満面の笑みで、「うん! ゆみ、ママ大好きだよ!!」のひと言。


「だったら、ママが働きやすくなるように、食器は自分で片付けよう?」


 私の言葉の意図を由海は理解出来ていないようだけど、キョトンとした表情を浮かべた後に、「分からないけど、ママのため?」と訊いてきた。だから、私は、由海の頭を撫でながら、「そう。ママのためだよ」と答えた。

 ママとパパが離婚したら、経済面で苦労するのは小学生の私でも分かる。

 ママは口にはしないけど、由海が産まれてから休みがちだった声楽家のお仕事に復帰するみたいで、家事との両立が大変になると思う。


「なんで母さんが働くと思うんだ?」


 そう口を開いたのは、意外にもパパだった。


「えっと……さっき、ママの部屋に行った時に見ちゃったの……音楽事務所との契約書、とか、音楽教室の求人とか色々あって……」


 言いながら私はふと、思った。今までママの気持ちしか考えてなかったけど、パパはどうなんだろう……? 不倫してたくらいだから、ママに対する気持ちは、もうないのかな……?

 パパは、「そっか」と言って、夕食に出されたポテトサラダに手を伸ばした。


「……ねぇ、パパは?」

「ん?」

「ママは、健ちゃんと再婚するんでしょ? パパは……離婚した後、どうするの?」


 なんとなくパパの目を見られず、俯いて尋ねた。

 パパは、劇団の団長の他に、モデルのお仕事も続けていて、かなり忙しい人だ。多分、そこら辺の芸能人より忙しい生活を送っているんじゃないかな……。

 そんなパパも再婚、するのかな?


「……俺は別にどうもしないけど」

「え……」


 パパは、顔色ひとつ変えずに言った。私は、パパも再婚するものだと思っていたから、そのセリフに、ちょっと衝撃を受けて、ショックでもあった。

 ママは再婚して幸せになるけど、パパは違うの?? そもそも、パパはなんで不倫なんてしてたの??

 色々な疑問が溢れ出て来て、なにから訊けば良いのか分からないや……。


「……パパは、さ。再婚……とか考えてないの?」


 私の疑問にもパパは、顔色を変えずに答えた。


「考えてないけど……泉海、どうした? 急に」


 私には、パパの気持ちが分からない……。そりゃあ、血の繋がった親子でも、違う人間だから、分からなくて当然だけど、十年間一緒に暮らして来て、パパの気持ちが全く分からなかった。

 そんな私の気持ちを汲んでか、今まで黙って聞いていた拓海が、助け舟を出してくれた。


「俺は隠し事とか嫌いだから、単刀直入に訊くけど、母さんは先生と再婚するんだろ? 父さんは、不倫相手とは再婚しないの?」


 拓海のストレート過ぎる質問に、さすがのパパも動揺している様子だった。

 眉がピクピク動いて、私たちが不倫の事実を知っていた事にも驚いていた。


「再婚する気はない」


 パパはひとつ、咳払いをしてからキッパリと断言した。


「俺はお前たちの母さんを愛してる。多分、それは一生変わらない。だから再婚はしない」


 パパの真っ直ぐなその瞳に、私たちは、見入ってしまった。


「じゃあ、なんで不倫したの?」


 容赦なく訊く拓海に、パパも隠せないと思ったのか、ため息を吐いてから口を開いた。


「……由香理の気を引きたかったからだよ」


 ママの気を……?? よく分からないでいると、パパは言葉を続けた。


「由香理はな、俺と居ても他の男を想ってた。俺は、いつかは俺の事だけ見てくれる……って思ってたけど、それは無理だった」


 悲しげに言うパパに、言葉が出て来なかった。

 パパ……パパは本気でママの事を想ってたんだ……。その事実を知ると、さっきまでママの事しか考えてなかった自分に、胸がチクリと痛んだ。


「パパは、本当に離婚したいって、思ってるの……?」


 ママの事を想ってるなら、違う……よね? 離婚なんかしたくないはずだよね……??


「俺は今まで押し付けるだけの愛情しかあげられなかった……だけど、気づいたんだ。本気で由香理を想うなら、彼女の真の幸せを願うものなんじゃないか……って」


 淡々と口にするパパ。パパの想いにショックを受けたのは事実だけど、パパがこんなに自分の気持ちを話すなんて事が初めてで、不覚にも少し嬉しさもあった。


「だから、俺は自分から離婚する事を申し出たんだよ」

「そう……なんだ」

「由香理たちの関係も気づいてたし、コソコソされるのも嫌だったからな」


 切なそうに笑うパパ。そんなパパに、私は思わず抱きついていた。


「パパも……辛かったんだね」

「…………」


 涙目で言う私を抱きしめ返すと、パパは「これで良いんだ」と呟いた。

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