2 / 9
プロローグ
ママの好きな人と、私の好きな人
しおりを挟む朝の健ちゃんとの会話に悶々としながら、理科の問題に向き合うこと二十分。理科は比較的得意な方で、普段なら難なく解ける、てこの問題も、今日は集中出来ずに、まだ三分の一しか解けていなかった。
そのまま時間だけが過ぎ、結局、てこのミニテストは、酷い出来だった。半分の五十点取れれば良い方だろう。
「はあ……」
授業終了のチャイムとともに、零れるため息。
ミニテストが酷い出来なのもショックだけど、やっぱりママとパパが離婚することの方がショックが大きい。当たり前だけど。
私が机に突っ伏していると、聞き慣れた声がした。
「立花、どうかしたのか?」
心配そうにかけられたその声に、心臓が跳ね上がった。
「鈴木……!!」
私の顔を覗き込むように向けられた黒い瞳、くしゃくしゃっとした茶色の髪の毛の彼は、小三の頃から片想いしている、鈴木陽路。
「悩みあるなら、俺、聞くけど?」
そんな鈴木の優しい言葉に、胸がきゅう……っとなるのを感じた。だけど、私は──。
「べっ別に鈴木には関係ないし。そもそも、悩んでないから!!」
うぅ……またやってしまった。いつもこうなってしまう。鈴木はいつだって優しい言葉をかけてくれるのに、彼を前にすると、ドキドキして頭が真っ白になり、口から出るのは素直じゃない言葉ばかり……。私の最大の欠点だ。
「そうか? でも、辛くなったら、いつでも話聞くからな!」
鈴木はそう言うと、自分の席へと戻って行った。
「…………」
なんでだろう……。なんで私は、こんなにも素直じゃなくて、可愛げがないんだろう。本当は鈴木のこと、大好きなのに……。
ママだったら? きっとママだったら、素直に甘えるんだろうな……。
そんな自分の思考回路に、嫌気がさした。
「なんで離婚するのさ……」
そう呟いた私の声は、クラスメイトたちのザワついた声で掻き消された。
***
放課後。帰り支度をしていると、拓海と健ちゃんが私の教室までやって来た。その珍しい組み合わせに、私は目を丸くし、早めに準備を済ませ、ふたりの元に駆け寄った。
「どうしたの?」
「少し、話良いか?」
そう言ったのは、健ちゃんだった。クラスメイトの──特に鈴木の視線を浴びつつ、「大丈夫だけど……」と伝えると、三人で屋上に移動した。
七月の屋上はとても暑いはずなのに、温度さえ感じないくらい、なぜかドキドキしていた。それは、いつもは柔らかい健ちゃんの表情が、今日は強ばっていたから。
屋上の柵に寄りかかりながら座ると、横に拓海が座り、向かい合うように健ちゃんが座った。
少しの間、沈黙が流れた後、真剣な表情の健ちゃんが口を開いた。
「俺な、由香理──お前たちのママにプロポーズした」
え……? なんて言った……??
健ちゃんがママにプロポーズした……?
いきなり告げられた衝撃的なその言葉に、いまいち状況が把握出来ず、私は言葉を失った。そんな私とは対照的に、拓海は「はぁ……」とため息をひとつ吐いた。
「大体、そんなもんだと思った」
頭を掻きながら言う拓海。今朝、言っていた拓海の「大体、予想はつくけど」というセリフは、この事を指してしたらしい。
「拓海は鋭いな」
健ちゃんは苦笑いを浮かべた。そんなふたりに付いていけていない私は、訊きたい事が溢れ出て来て、言葉がまとまらなかった。
「泉海、大丈夫か?」
健ちゃんに訊かれたけど、大丈夫なわけがない。
「どういうこと……?」
「ん、今からちゃんと説明する」
健ちゃんは切なそうに微笑んだ。それから、順を追って、話してくれた。ママとパパと……健ちゃんの複雑な関係について──。
***
その話は、三人が幼稚園生だった頃まで遡る。
当時から仲の良かったパパとママは、いつも一緒に居たらしい。それを子ども心に面白くないと思っていたのが健ちゃんで、よくママの事をからかっていた。
そういえば、ママに小さい頃は健ちゃんと仲が悪かったって、聞いた事がある。そういう事か……。
「健ちゃんは、その頃からママが好きだったの……?」
私の問いに対して、「ん? 多分な。当時は自覚してなかったけど」と、少し照れたように健ちゃんは答えた。
でも、ママは、ずっとパパが好きだったんだよね……? やっぱりしっくり来ない。健ちゃんは、子どもの頃からママが好きで、でも、ママにはパパが居て。
じゃあ、なんで健ちゃんはママにプロポーズしたの? その後に離婚の話が出たなら、ママはプロポーズに応えたってこと……??
疑問が尽きる事はなく、なにから問いかければ良いのか迷っていると、健ちゃんが説明してくれた。
「お前たちのママとパパはな、小学生の時に離れたんだ」
「え……」
初耳だった。ママたちからは、「ずっと仲が良かったのよ!」って聞いていたから、信じ難いけど……。
「ふたりが離れてる間に、俺とママは付き合うようになった」
どんどん信じられない事実が出て来て、私の頭は混乱していた。
ふと、横の拓海を見ると、あの冷静な拓海ですら驚いている様子だ。
「……健ちゃんとママが付き合ってたなら、なんでママはパパと結婚したの……?」
今日、一番の謎を口にした。真実を知るのが怖い気もしたけど、訊かずにはいられなかった。
「それは──」
言いかけた健ちゃんの口が止まる。
「それは……?」
健ちゃんは、深いため息を落とすと、私と拓海の目を交互に見て、口を開いた。
「……由香理が妊娠したから」
そう言った健ちゃんの表情は、とても辛そうだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
神様のボートの上で
shiori
ライト文芸
”私の身体をあなたに託しました。あなたの思うように好きに生きてください”
(紹介文)
男子生徒から女生徒に入れ替わった男と、女生徒から猫に入れ替わった二人が中心に繰り広げるちょっと刺激的なサスペンス&ラブロマンス!
(あらすじ)
ごく平凡な男子学生である新島俊貴はとある昼休みに女子生徒とぶつかって身体が入れ替わってしまう
ぶつかった女子生徒、進藤ちづるに入れ替わってしまった新島俊貴は夢にまで見た女性の身体になり替わりつつも、次々と事件に巻き込まれていく
進藤ちづるの親友である”佐伯裕子”
クラス委員長の”山口未明”
クラスメイトであり新聞部に所属する”秋葉士郎”
自分の正体を隠しながら進藤ちづるに成り代わって彼らと慌ただしい日々を過ごしていく新島俊貴は本当の自分の机に進藤ちづるからと思われるメッセージを発見する。
そこには”私の身体をあなたに託しました。どうかあなたの思うように好きに生きてください”と書かれていた
”この入れ替わりは彼女が自発的に行ったこと?”
”だとすればその目的とは一体何なのか?”
多くの謎に頭を悩ませる新島俊貴の元に一匹の猫がやってくる、言葉をしゃべる摩訶不思議な猫、その正体はなんと自分と入れ替わったはずの進藤ちづるだった
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる