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プロローグ

ママの好きな人と、私の好きな人

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 朝の健ちゃんとの会話に悶々としながら、理科の問題に向き合うこと二十分。理科は比較的得意な方で、普段なら難なく解ける、てこの問題も、今日は集中出来ずに、まだ三分の一しか解けていなかった。

 そのまま時間だけが過ぎ、結局、てこのミニテストは、酷い出来だった。半分の五十点取れれば良い方だろう。


「はあ……」


 授業終了のチャイムとともに、零れるため息。

 ミニテストが酷い出来なのもショックだけど、やっぱりママとパパが離婚することの方がショックが大きい。当たり前だけど。

 私が机に突っ伏していると、聞き慣れた声がした。


「立花、どうかしたのか?」


 心配そうにかけられたその声に、心臓が跳ね上がった。


「鈴木……!!」


 私の顔を覗き込むように向けられた黒い瞳、くしゃくしゃっとした茶色の髪の毛の彼は、小三の頃から片想いしている、鈴木陽路ひろ


「悩みあるなら、俺、聞くけど?」


 そんな鈴木の優しい言葉に、胸がきゅう……っとなるのを感じた。だけど、私は──。


「べっ別に鈴木には関係ないし。そもそも、悩んでないから!!」


 うぅ……またやってしまった。いつもこうなってしまう。鈴木はいつだって優しい言葉をかけてくれるのに、彼を前にすると、ドキドキして頭が真っ白になり、口から出るのは素直じゃない言葉ばかり……。私の最大の欠点だ。


「そうか? でも、辛くなったら、いつでも話聞くからな!」


 鈴木はそう言うと、自分の席へと戻って行った。


「…………」


 なんでだろう……。なんで私は、こんなにも素直じゃなくて、可愛げがないんだろう。本当は鈴木のこと、大好きなのに……。

 ママだったら? きっとママだったら、素直に甘えるんだろうな……。

 そんな自分の思考回路に、嫌気がさした。


「なんで離婚するのさ……」


 そう呟いた私の声は、クラスメイトたちのザワついた声で掻き消された。


***

 放課後。帰り支度をしていると、拓海と健ちゃんが私の教室までやって来た。その珍しい組み合わせに、私は目を丸くし、早めに準備を済ませ、ふたりの元に駆け寄った。


「どうしたの?」

「少し、話良いか?」


 そう言ったのは、健ちゃんだった。クラスメイトの──特に鈴木の視線を浴びつつ、「大丈夫だけど……」と伝えると、三人で屋上に移動した。

 七月の屋上はとても暑いはずなのに、温度さえ感じないくらい、なぜかドキドキしていた。それは、いつもは柔らかい健ちゃんの表情が、今日は強ばっていたから。

 屋上の柵に寄りかかりながら座ると、横に拓海が座り、向かい合うように健ちゃんが座った。

 少しの間、沈黙が流れた後、真剣な表情の健ちゃんが口を開いた。


「俺な、由香理──お前たちのママにプロポーズした」


 え……? なんて言った……??

 健ちゃんがママにプロポーズした……?

 いきなり告げられた衝撃的なその言葉に、いまいち状況が把握出来ず、私は言葉を失った。そんな私とは対照的に、拓海は「はぁ……」とため息をひとつ吐いた。


「大体、そんなもんだと思った」


 頭を掻きながら言う拓海。今朝、言っていた拓海の「大体、予想はつくけど」というセリフは、この事を指してしたらしい。


「拓海は鋭いな」


 健ちゃんは苦笑いを浮かべた。そんなふたりに付いていけていない私は、訊きたい事が溢れ出て来て、言葉がまとまらなかった。


「泉海、大丈夫か?」


 健ちゃんに訊かれたけど、大丈夫なわけがない。


「どういうこと……?」

「ん、今からちゃんと説明する」


 健ちゃんは切なそうに微笑んだ。それから、順を追って、話してくれた。ママとパパと……健ちゃんの複雑な関係について──。


***

 その話は、三人が幼稚園生だった頃まで遡る。

 当時から仲の良かったパパとママは、いつも一緒に居たらしい。それを子ども心に面白くないと思っていたのが健ちゃんで、よくママの事をからかっていた。

 そういえば、ママに小さい頃は健ちゃんと仲が悪かったって、聞いた事がある。そういう事か……。


「健ちゃんは、その頃からママが好きだったの……?」


 私の問いに対して、「ん? 多分な。当時は自覚してなかったけど」と、少し照れたように健ちゃんは答えた。

 でも、ママは、ずっとパパが好きだったんだよね……? やっぱりしっくり来ない。健ちゃんは、子どもの頃からママが好きで、でも、ママにはパパが居て。

 じゃあ、なんで健ちゃんはママにプロポーズしたの? その後に離婚の話が出たなら、ママはプロポーズに応えたってこと……??

 疑問が尽きる事はなく、なにから問いかければ良いのか迷っていると、健ちゃんが説明してくれた。


「お前たちのママとパパはな、小学生の時に離れたんだ」

「え……」


 初耳だった。ママたちからは、「ずっと仲が良かったのよ!」って聞いていたから、信じ難いけど……。


「ふたりが離れてる間に、俺とママは付き合うようになった」


 どんどん信じられない事実が出て来て、私の頭は混乱していた。

 ふと、横の拓海を見ると、あの冷静な拓海ですら驚いている様子だ。


「……健ちゃんとママが付き合ってたなら、なんでママはパパと結婚したの……?」


 今日、一番の謎を口にした。真実を知るのが怖い気もしたけど、訊かずにはいられなかった。


「それは──」


 言いかけた健ちゃんの口が止まる。


「それは……?」


 健ちゃんは、深いため息を落とすと、私と拓海の目を交互に見て、口を開いた。


「……由香理が妊娠したから」


 そう言った健ちゃんの表情は、とても辛そうだった。

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