あなたがくれた奇跡

彰野くみか

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第一章

理由

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「ん……」
 目を覚ますと、家のものじゃない、白い天井が広がっていた。
「あれ、私……」
 寝ぼけた頭で、なにが起きたか思い出そうとする。
 確か、健ちゃんが急によそよそしくなって、泉海に心配される事が増えて──。
「あ……」
 そっか、思い出した。私、洗い物をしてる時に倒れて、血をたくさん吐いたんだった。だから、若干、頭がクラクラしてるのか。
 妙に納得してしまった。
 少し冷たい手足。なぜか左手にだけ温もりを感じて、顔を左に向けた。

 ──え?


「健……ちゃん??」
 そこには紛れもなく健ちゃんが居て、私の手を握ったまま、ベッドに突っ伏して眠っていた。
 なんで?? なんで健ちゃんが居るの??
 そりゃ、夫婦なんだから居てもおかしくないんだけど……最近の私たちからすると、健ちゃんが居る事が不思議だった。
 それでも、久しぶりに感じる健ちゃんの温もりに、涙が出て来た。
 その涙がひとしずく、ポタっと健ちゃんの手の甲に落ちた。
「んー……」
 あ、起こしちゃった……??
 健ちゃんは、ゆっくり目を開けると、いきなり抱きついてきた。
「ちょ……ここ、病院!!」
「由香理っ!!」
 戸惑う私をよそに、健ちゃんは私を力いっぱい抱きしめると、あちらこちらにキスを落とした。
 だけど次の瞬間、病室のドアが開き、看護師さんが入ってきたから、私の背筋は凍った。
「ごめんなさい! お邪魔しちゃった??」
 看護師さんに気まずそうに言われて、思わず返す苦笑い……。
「いえ……大丈夫です……」
 本当はめちゃくちゃ恥ずかしくて、大丈夫じゃないけど。

     ***

 看護師さんが病室を後にすると、キッと健ちゃんを睨んだ。
「なにっ!? 今更……!!」
「えっ?」
「言っとくけど、許さないよ??」
 私はかなり強気に出た。だって、一ヶ月近くも放置されて、私が入院した途端に戻ってくるとか!! ありえないし!!
「…………」
 伏し目がちになり、沈黙する健ちゃん。
「大体、あんな夜中になにしてたの!?」
「それは──」
 言いかけて口を噤む健ちゃんに、苛立ちを感じて、私はもう一度訊いた。
「あんな夜中になにしてたの?!」
 すると、健ちゃんはため息を吐き、ベッドサイドの椅子に腰をおろした。そして、この約一ヶ月間、なにをしていたのかをゆっくりと話し出した。

「俺……臨時のバイトしてたんだ」
「臨時のバイト?? なんでそんなものする必要があるの!?」
 私には、意味が全く分からなかった。
 確かに、うちは裕福ではないけど、なんとかやりくりして、普通に生活出来るくらいの収入はあるのに。
「由香理、言っただろ? 今の収入だけじゃもうひとり子ども産むのは無理だ、って」
「言ったけど? それがなに??」
 頭に血が上り過ぎて、冷静に考えられなかった。
「俺……どうしてももうひとり欲しい。だから、バイト探して……」
「……っにそれ!!」
「え?」
「なによ、それ!! だったら、バイトするって、最初に言ってよね!? 私がどんな気持ちでいたか──っ」
 涙が溢れて、その先は言葉にならなかった。
「……ごめん。なんとなく、言いづらくて」
 そう言うと、健ちゃんの大きな手が、私の左頬に触れた。そのまま指で私の涙を拭う健ちゃん……。
「……っバカ」
 私は健ちゃんに抱きついて、思いきり泣いた。

     ***

 検査の結果、私はストレスが原因で、胃潰瘍を起こしていた。
「まさか胃潰瘍起こすほど思い詰めるとは思わなかった」
「自分でもびっくりだよ」
 まだ完全には健ちゃんを許せていない私は、若干、投げやりに言った。
 でも、小学校の先生は副業禁止で、学校側にバレたらクビになる危険性があるのに、深夜にバイトしてまで子どもが欲しいんだよね……。
「あのさ、もし──もしだよ? 私が妊娠して、また女の子だったらどうするの?」
 健ちゃんは男の子が欲しいんだよね。でも、確実に男の子が産まれて来る保証はないのに……無茶して。
「それならそれで良い」
「良くないよ。健ちゃんの事だもん、絶対また、もうひとり欲しいって言い出すよ?? キリがないじゃん」
「大丈夫、絶対男の子が産まれるから!!」
「なに、その自信……」
 私は呆れてしまった。だけど、ドヤ顔の健ちゃんを見ていたら、なぜか笑えて来た。
「分かった。もうちょっと切り詰めてみるから」
「え、それじゃ……」
 健ちゃんは子どもみたいに目をキラキラと輝かせていた。
「ん……頑張るよ。ただし、最後だからね??」
「うん!!」
 私は覚悟を決めた。大変にはなるけど、健ちゃんの望みだもん……。
 やっぱり叶えてあげたい──そう思ってしまった。
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