あなたがくれた奇跡

彰野くみか

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第一章

すれ違い

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「遅い……」
 いつもなら遅くても夜八時には帰って来る健ちゃんなのに、今日は夜十時を過ぎても帰って来なかった。
 もしかして、交通事故にでも遭ったんじゃないかという嫌な予感がして、私は、もう一度スマートフォンへと目をやる。メッセージアプリを開いて、健ちゃんとのトークを開くと、夜七時に送ったメッセージが未だに未読だった。
「まさか……」
 初めての事に、ドキドキと心臓の鼓動が速まった。
「とっとりあえず落ち着こう……」
 そう言い聞かせ、私は何回か深呼吸をしてから、健ちゃんに電話をかけた。だけど、通話口から聞こえてくるのは、留守電のメッセージ。
「事故なら、警察や病院から連絡が来てるはず……だよね……」
 それでもなにも応答なしって事は──。
 背中に嫌な汗がじわりと滲んだ。
 まさか、今朝の事を音に持って、風俗とか行ってないよね? 健ちゃんに限って、それはないよね……。
 自分で自分の思考が嫌になった。
 でも、家庭を大事にしてる健ちゃんだから、なんの連絡もなく、こんなに遅くなる事が信じられなかった。

     ***

 深夜一時。リビングでうつらうつらしていると、玄関の開く音で意識が戻った。
 私が慌てて玄関の方に駆け寄ると、そこには健ちゃんが居た。
「由香理!? まだ起きて──」
「バカっ!! 今、何時だと思ってるの!? 連絡もなしに……っ」
 言ってやりたい事はたくさんあるのに、健ちゃんが無事に帰って来た安心感と怒りで、思わず嗚咽をもらした。
「別に良いだろ? ガキじゃないんだし……」
「……え」
 そんな私に対する健ちゃんの態度が、ものすごく冷たくて、私はそれ以上なにも言えなくなってしまった。


 ──健ちゃん……?

 その翌日からも健ちゃんの帰りは遅くて、早くても深夜一時、大体が深夜三時とかだった。
 さすがに私も朝が早いし、何時に帰って来るか分からない健ちゃんを待つのは骨が折れるので、一週間経った頃から先に寝るようになった。
 健ちゃんは朝も早くなり、たまに帰って来ない日も出来た。
 そして、私たちふたりの時間は、一切なくなった。

 急に私を避けるようになってしまった健ちゃんに、私はどうしたら良いのか分からなくて、なかなか眠れない日々が続いた。
「ママ、大丈夫?」
 最近、食欲も落ちてきた私に対して、泉海に言われた。
「ん、大丈夫よ」
 本当は張り裂けそうな心を隠して、頑張って笑顔を作り、子どもたちに心配かけないように振る舞った。
 だけど、そんな生活も限界が来た。

     ***

 いつものように洗い物をしている時。今日はカレーだったから、洗うのが大変だな、なんて呑気に思いながら、食器を片付けていた。
 いきなり目眩と吐き気に襲われて、私はその場に倒れ込んだ。その時、ガシャーンと食器の割れる音もして、リビングに居た泉海が駆け寄って来た。
「ママっ!?」
「……ゲホッ」
 これまで見た事ないほどの血を、ものすごい勢いで吐いた。吐いても吐いても止まらないその血に、「ママっ!! ママっ?!」と叫ぶ子どもたちの声すら遠のいていった。
 その先は、気を失ったのか、覚えていない──。
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