あんたは俺のだから。

そらいろ

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「お願いします。朱斗さん」

 前に立つ樹矢が俺に向かって言葉を掛ける。
 カメラ越しじゃなく肉眼でしっかりと目と目が合う。

「こちらこそ、お願いします」

 衣装が変わり、雰囲気も変わる。
 この瞬間が俺はいつも好きだったりする。新しい樹矢をどう引き出そうか、頭で考える構図やイメージが実体を前にどんどん膨らんでいく瞬間。

 笑うその表情は、モデル・瀬羅樹矢のものだった。

---

 カシャ……カシャ……

 シャッターを切る音がスタジオに響く。ボタンを押した回数は今日いくつ重ねたのかなんて分からない。
 ただ納得が行くまで撮影をする。それまで、この切り取る仕草を止めることは無い。

「あっ……」

 撮影を進めていると、樹矢の手に持っていたハットが滑り落ちた。その時、俺はレンズから目を離して樹矢を思わず見た。足元にあるハットを樹矢は拾い上げて、「やっちゃった」と、ニッコリ微笑んだ。
 そのまま、俺は無意識にシャッターを切る。

 メイクさんが髪の毛を直しにやって来て、されるがままの樹矢と視線を合わせる。カメラマンとモデルの関係。俺達はそれ以上でもそれ以下にもならないのが表向きなんだ。
 心は隣り合わせで寄り添っている。確かなその繋がりが不安なんて無くしてくれる。一方、樹矢は過去のことが尾を引いているからか、稀に驚くほど不安定になる時があるけれど……。

「オッケーです」

 メイクさんからの合図で撮影が再開する。
 今日の撮影はこのパターンでおしまい。樹矢はこの後インタビューが残っていて、帰りのタイミングを被らすのは難しい為、俺は撤収作業を終えたら一人で帰宅する。

「お疲れ様でしたー」

 早々に挨拶を終えて、スタジオを出て近くの大通りでタクシーを捕まえる。

(夜ご飯はすき焼きにするかなー)

 先日、樹矢が差し入れで良いお肉を貰ってきて、今度二人で食べようと話していたのを思い出す。

(準備してたら帰ってくるだろう)

 これから過ごせる二人の時間を考えるだけで嬉しくなる。本人の前ではこんなこと言えないけれど、「好き」なんだなと思わされる。

---

 ガチャ……

 材料を切り終えて、リビングテーブルに鍋のセットも終えた頃に玄関の扉が開いた。

「たーだいまぁー」

 マスクに帽子を深く被った彼は、何時もの見慣れた格好。疲れた様子で手に持っていた紙袋をソファに置き、俺の元へとやってくる。

「朱ちゃん……」

 優しく抱きしてられ、マスクを下げて樹矢の口元が見えた瞬間、それは俺の唇と重なる。
 同じ現場になった時、家に帰ってくると何時もこうだ。きっと、すぐ近くにいるのに全く触れない、まともに話せないことにモヤモヤが溜まるんだろう。
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