217 / 244
風船-balloon-3
しおりを挟む
ニッコリと微笑んだお兄さんは「じゃあね」と手を振って俺から離れていった。
「風船だ……」
手に持った紐に繋がれた先にはふわりふわりと浮かぶゴム製の青い風船。初めて手にした浮かぶ風船に俺の気分は高揚していた。
スーパーへ行くことを辞めて、家に向かって歩く。
横断歩道の手前で信号が赤になり、立ち止まる。空を見上げるように上を向けば、そこに浮かんでいる。俺の手に繋がれている。
握っていた手を開いた。
一瞬だった。
するすると糸が手のひらを伝って上へ昇る。さっきまですぐ近くに見えていた風船は、どんどんどんどん空の中で小さくなっていく。色も空の青と一体化しそうになっている。
眩しい太陽に目を細めながら、風船の行方を必死に追う。
その瞬間、強い風が吹いた。
「あ……」
風のせいで目を瞑ってしまい、次に見上げた時には追っていた風船は居なくなり、視界には空が残った。
「……自由になれたかな」
繋がっていたはずの手を空にかざして、俺は振り向く。
家の道と反対のスーパーへの道を行く。
非日常に感じた一時はあっという間に終わりを告げて、また日常に戻された。その原因は自分自身で、これが俺には合っているんだと言い聞かせる。
何も無かった。
また変わらない日常が始まった。
---
「あ、れ?朱ちゃん」
「おう。おかえりー」
目的を達成して、家に帰ると愛しい人は既に仕事を終えて帰宅していた。なんなら、キッチンに立って夜ご飯を作ってくれていた。
「早かったんだね」
「ん。朝から撮影が順調でさ。巻いて終わったんだよ」
「そっかー。やったね。二人の時間が長くなって嬉しい」
ジューっと音を立てて炒めものをしている朱ちゃんの隙を突いてほんの一瞬のキスをする。
「……ったく。料理中は止めろって何時も言ってるだろ」
なんて、文句を言いながらも嬉しがっているのを俺は知っている。
「じゃ、出来るの待ってるね」
俺はそのままリビングへと向かう。
ソファに背を預けて上を見上げると、家の天井にはふわふわ浮かぶ白色の……。
「ふう、せん……?」
「あぁ、早速バレた?」
作った料理を皿に乗せて運んできた朱ちゃん。どうやら今日の撮影で使った風船らしく、一つだけ持って帰ってきたみたいだ。
「小さくて可愛いだろ?」
腕を伸ばして垂れる紐を掴み、俺へ風船を見せてくれる。
「うん。可愛い。それを持っている朱ちゃんがね」
「なんだそれ」
そう笑って返す朱ちゃんは、俺をベランダへと手招きする。
「風船を空に放つんだ。バルーンリリースって言って、幸せが空に続きますようにって願いが込められてるんだって」
俺の手を掴んでその白くて小さな風船に繋がる紐を朱ちゃんと一緒に持った。「せーの」の合図と共に、その手から風船を放つ。
するりと簡単に浮かんでいった風船は、自身のスピードで空へと上っていった。
「よし、これで俺達の幸せは何処までも続くね」
少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに真っ暗な空に浮かぶ風船を見つめて朱ちゃんは言う。
そんな彼を後ろから抱き締めて、俺はこの幸せを胸いっぱいに感じる。
子供の頃の一つの苦い思い出が報われたような気がして、「ありがとう」という気持ちを込める。
「風船だ……」
手に持った紐に繋がれた先にはふわりふわりと浮かぶゴム製の青い風船。初めて手にした浮かぶ風船に俺の気分は高揚していた。
スーパーへ行くことを辞めて、家に向かって歩く。
横断歩道の手前で信号が赤になり、立ち止まる。空を見上げるように上を向けば、そこに浮かんでいる。俺の手に繋がれている。
握っていた手を開いた。
一瞬だった。
するすると糸が手のひらを伝って上へ昇る。さっきまですぐ近くに見えていた風船は、どんどんどんどん空の中で小さくなっていく。色も空の青と一体化しそうになっている。
眩しい太陽に目を細めながら、風船の行方を必死に追う。
その瞬間、強い風が吹いた。
「あ……」
風のせいで目を瞑ってしまい、次に見上げた時には追っていた風船は居なくなり、視界には空が残った。
「……自由になれたかな」
繋がっていたはずの手を空にかざして、俺は振り向く。
家の道と反対のスーパーへの道を行く。
非日常に感じた一時はあっという間に終わりを告げて、また日常に戻された。その原因は自分自身で、これが俺には合っているんだと言い聞かせる。
何も無かった。
また変わらない日常が始まった。
---
「あ、れ?朱ちゃん」
「おう。おかえりー」
目的を達成して、家に帰ると愛しい人は既に仕事を終えて帰宅していた。なんなら、キッチンに立って夜ご飯を作ってくれていた。
「早かったんだね」
「ん。朝から撮影が順調でさ。巻いて終わったんだよ」
「そっかー。やったね。二人の時間が長くなって嬉しい」
ジューっと音を立てて炒めものをしている朱ちゃんの隙を突いてほんの一瞬のキスをする。
「……ったく。料理中は止めろって何時も言ってるだろ」
なんて、文句を言いながらも嬉しがっているのを俺は知っている。
「じゃ、出来るの待ってるね」
俺はそのままリビングへと向かう。
ソファに背を預けて上を見上げると、家の天井にはふわふわ浮かぶ白色の……。
「ふう、せん……?」
「あぁ、早速バレた?」
作った料理を皿に乗せて運んできた朱ちゃん。どうやら今日の撮影で使った風船らしく、一つだけ持って帰ってきたみたいだ。
「小さくて可愛いだろ?」
腕を伸ばして垂れる紐を掴み、俺へ風船を見せてくれる。
「うん。可愛い。それを持っている朱ちゃんがね」
「なんだそれ」
そう笑って返す朱ちゃんは、俺をベランダへと手招きする。
「風船を空に放つんだ。バルーンリリースって言って、幸せが空に続きますようにって願いが込められてるんだって」
俺の手を掴んでその白くて小さな風船に繋がる紐を朱ちゃんと一緒に持った。「せーの」の合図と共に、その手から風船を放つ。
するりと簡単に浮かんでいった風船は、自身のスピードで空へと上っていった。
「よし、これで俺達の幸せは何処までも続くね」
少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに真っ暗な空に浮かぶ風船を見つめて朱ちゃんは言う。
そんな彼を後ろから抱き締めて、俺はこの幸せを胸いっぱいに感じる。
子供の頃の一つの苦い思い出が報われたような気がして、「ありがとう」という気持ちを込める。
0
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる